訃報:加瀬和俊 帝京大学教授・前東京大学教授
本年1月13日、加瀬和俊・帝京大学経済学部教授・前東京大学社会科学研究所教授が逝去されました。加瀬先生は一貫して漁業者の立場に立たれ、漁業法の改悪に反対の立場で国会でも意見陳述をされました。
まだまだ教えていただかなければならないことが沢山ありました。大変残念です。ご冥福をお祈りいたします。
当事務所取材によるインタビュー記事(赤旗2019年7月掲載)を再掲します。
財界シンクタンクが「漁業権廃止」提言
漁業法をさらに改悪
「漁協は資源管理に不適格」「漁業権は廃止」―。財界のシンクタンク、日本経済調査協議会(日経調)が3日に公表した「最終報告」の提言に、波紋が広がっています。昨年の臨時国会で漁業法が大改悪されて半年、水産庁が全国の漁協に対して行っている「これまでと変わらない」という説明に反する重大な内容です。加瀬和俊 帝京大学教授に話を聞きました。
■■■■
安倍政権は昨年、漁業権を地元漁業者に優先的に付与するこれまでの仕組みを廃止し、地元の意向を無視して企業が参入できる漁業法の改悪を行いました。この出発点となったのが、2007年に日経調の水産専門部会(通称・高木委員会)が行った提言でした。
2度目となる今回の提言でまず重大なのは、「漁業権の廃止」(提言(③)を唱えたことです。漁協を中心とした自主的な漁場の管理を「旧明治漁業法の残滓(残りかす)」「時代にそぐわない」と決めつけ、養殖を行う区画漁業権や、定置漁業権、共同漁業権を「小規模経営を許容するような漁業権制度」だと強く非難しています。
提言①では、「海洋と水産資源は国民共有の財産であることを明示する」とあります。これは「水産資源が無主物とされてきたために、早獲り合戦を招き、資源が枯渇している」という考えが背景にあります。
しかし実際には、これが原因で漁獲競争を制限できないわけではありません。「漁業権の廃止」と抱き合わせて水産資源を「国民の共有財産」とするということは、むしろ地域社会から漁業権を取り上げ、政治家の意向次第で企業の好き勝手にさせることも可能になるということです。
漁業権はしばしば、ムダな公共事業や乱開発に対する壁となってきました。諫早湾干拓事業による有明海の環境破壊に対し、地元の漁業権は重要な対抗手段となっています。なんとかしてこれを否定したいという願望も透けて見えます。
また「科学的根拠に基づく資源管理」(②)で重要なのは、資源枯渇の少なくない原因が、大規模漁業による無秩序な乱獲にあるという点ですが、報告はまったく触れていません。
④では船ごとに個別の漁獲枠(IQ)を割り当て、それを譲渡可能とする制度(ITQ)を導入せよと主張しています。IQは、それが妥当する魚種とそうでない魚種があり、しかも単純に割り当てを強制するだけのやり方では、定置、はえ縄、釣りなど沿岸漁業の操業実態に合わず、資源の保全に役立ちません。
またIQを譲渡可能にしてしまえば、IQの集中を招き、小規模漁業が排除されます。一方、沿岸漁業者を管理方法・IQの決定に参加させて欲しいという要求は全く無視しています。
加瀬和俊先生 略歴
経済学者、歴史学者。帝京大学経済学部地域経済学科教授。前東京大学社会科学研究所教授。専門は近代日本経済史(雇用・失業問題、農業史)、水産経済学。農学博士(東京大学、1988年)。
学歴
1968年3月:千葉県立千葉高等学校卒業
1972年3月:東京大学経済学部卒業
1972年4月:東京大学大学院経済学研究科修士課程入学
1974年3月:同上修了
1974年4月:東京大学大学院経済学研究科博士課程進学
1975年6月:同上中途退学
職歴
1975年7月:東京水産大学水産学部助手
1979年10月:同上講師
1987年2月:同上助教授
1991年4月:東京大学社会科学研究所助教授
1994年4月:同上教授
2015年4月:帝京大学経済学部地域経済学科教授
著書
単著
『沿岸漁業の担い手と後継者 就業構造の現状と展望』(成山堂書店、1988年)
『集団就職の時代 高度成長のにない手たち』(青木書店、1997年)
『戦前日本の失業対策 救済型公共土木事業の史的分析』(日本経済評論社、1998年)
『「漁港法」の誕生 漁港法制定過程の実証的研究』(全国漁港協会、2000年)
『失業と救済の近代史』(吉川弘文館、2011年)
編著
『日本漁業の再編過程 第10次漁業センサス分析』(農林統計協会、2001年)
『長期不況下の地方経済と地方行財政』(東京大学社会科学研究所、2004年)
『わが国水産業の再編と新たな役割 2003年(第11次)漁業センサス分析』(農林統計協会、2006年)
『戦前日本の食品産業 1920~30年代を中心に』(東京大学社会科学研究所、2009年)
『沿岸漁業における漁家世帯の就業動向に関する実証的研究』(東京水産振興会、2009年)
共編
(広吉勝治)『漁業管理研究 限られた資源を生かす道』(成山堂書店、1991年)
(広吉勝治・馬場治)『アジア漁業の発展と日本 漁業大国から国際連帯へ』(農山漁村文化協会、1995年)
(杉田くるみ)『国際比較の中の失業者と失業問題 日本・フランス・ブラジル』(東京大学社会科学研究所、2006年)
共編著
(西田美昭)『高度経済成長期の農業問題 戦後自作農体制への挑戦と帰結』(日本経済評論社、2000年)
(田端博邦)『失業問題の政治と経済』(日本経済評論社、2000年)
刊行史料
『戦前期失業統計集成』全7巻(本の友社、1997年)
農林省統計調査部編『世界農業センサス市町村別統計表(一九五〇年)』全15巻・別巻1(ゆまに書房、2009年)
『労働事情1 調査史資料』全18巻・別冊1<東京大学社会科学研究所蔵「糸井文庫」シリーズ 文書・図書資料編1>(近現代資料刊行会、2010年)