「農産物・食品輸出1兆円」を農家は喜んでいいか――まやかしの輸出実績
政策の目的と効果を検証する必要がある
2021年、日本の農林水産物・食品の輸出額がついに1兆円を超えたとのニュースが大きく報道されました。なんと、前年比25.6%増の1兆2,385億円におよび、2006年に政府が1兆円という目標を設定してから、初めて突破したことになります。
NHKで紹介されているような個々の農家さんや漁師さんたちが世界にアピールして、さまざまな品目の輸出を伸ばしてきたこと自体は、大いに評価されるべきことだと思います。
しかし、1兆円越えを本当に手放しで喜んでいいのか。全体を見渡したうえで政策を立てなければならい政府、あるいは国会としては、冷静かつ正確に、事実を評価しなければなりません。
特に、岸田首相が1月17日に行った施政方針演説で、農林水産業について第一に語ったのは「輸出の促進」です。これを受けて政府は今年度も非常に多額の予算を輸出促進策に充てており、2021年度末の補正予算と2022年度当初の予算を合わせると、541億円に及びます。
そこで、これだけの予算を投じる目的は何かを明確にしたうえで、その目的との関係でちゃんと効果があったのかを検証する必要があります。
【ヘッダー写真は北米向けブリの養殖いけすを視察する田村貴昭議員】
じゃあまず、輸出促進政策の目的は?
これはハッキリ明文で書かれています。それは、日本政府の農業政策の基本的方針を定めた「食料・農業・農村基本計画」です。
しかも、この「基本計画」には、このような文章もあります。
輸出はみるみる増えて10年前と比べ倍増しているのに、農林漁業者の所得は増えるどころか、むしろ2017、2018、2019年と減少しています。おかしい。この理由を合理的根拠に基づいて解明しなければなりません。
つまり、①農林漁業者の所得向上、②食料自給率の向上、という二つの目的について、輸出1兆円超が本当に効果があったのか、エビデンスに基づいて評価しなければならない、ということです。
輸出1兆円の内訳はどうなっているか
ことし4月農林水産省が公表した「2020年農林水産物・食品の輸出実績 (品目別)」という資料を見ると、2020年当時の輸出金額9217億円のうち、農産物が6560億円で71.2%、水産物が2276億円で24.7%、林産物が381億円で4.1%となっています。
【2020 年農林水産産物・食品の輸出実績 (品目別)】
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/e_info/attach/pdf/zisseki-12.pdf
農産物の6560億円のうち、3740億円を加工食品が占めています。これは全体の4割を占めており、輸出品目のうち最大となっています。
加工食品の内訳は、「その他(後述、1714億円)」を除いて最大のものがウイスキー、清酒、ビールなどのアルコール飲料で710億円。ソース混合調味料や醤油、味噌などの調味料が505億円、ジュースなどの清涼飲料水が342億円、チョコやキャンディー、ビスケットなどのお菓子が188億円と続いています。
これらを「農産物」に分類するのは一体どういう了見なのか……
と思いましたが、まあでも国内産の農産物を原料として使っているならありうるかな、と思い聞いてみました。
……。ズラズラ並べていますが、国内向けも含めた加工食品全般をいくら調べたって、輸出品目の国産率と関係ないわけで。少なくとも、輸出されている品目に着目して調べないと全く意味がありません。
例えば、伸長著しいウイスキーの原料はトウモロコシ(コーングリッツ)とライ麦・大麦・小麦などですが、にコーングリッツの自給率はほぼゼロ、ライ麦もほぼゼロ(ほとんど緑肥に使われています)、大麦は、はだか麦と合わせてですが37%、小麦は17%です。
ソース混合調味料とは何かと聞くと、どうやら一番多いのはカレールーだそうで、そうなると材料はスパイス、塩や砂糖、小麦粉と油です。スパイスはほぼゼロですし、塩の自給率は11%、油脂類の自給率は3%(うち植物油脂の自給率は2%)しかありません。砂糖は沖縄のさとうきびと北海道のテンサイで、なんとか4割をキープしています。
ビールは大麦ですし、麦・大豆から作る味噌・醤油も非常に自給率が低いです。カカオや小麦などから作るお菓子も、言わずもがなです。
こうしてみると、加工食品の中でまともに国産原料を使用しているのは酒米を使う清酒だけで、他はほぼ輸入原料に依存しているものばかり。つまり原料を輸入にして加工したうえ輸出しているだけで、国内農業にほとんど貢献していない可能性が高いです。
加工食品のほかにも、農産物のうち510億円を占める「穀物等」ですが、その中身は大きい順に即席麺、小麦粉、米、うどん・そうめん・そばとなっています。
なんだ…。米以外は、要は小麦粉やん。
ちなみにそばの自給率は2019年度で21%で、輸入先は大半が中国。ただ、世界最大の生産国はロシアなので、価格が暴騰中です。
日本の農林水産業への波及効果は…?
とは言っても、日本の農林水産業に全く影響がなかったわけではありません。NHKが(恣意的に)報じているとおり、和牛農家さんやホタテの漁師さんなど、個々の農林水産業者さんたちの生き残りをかけた努力が実を結んでいる事例が多数うまれているのは事実です。
田村貴昭議員も鹿児島・垂水の牛根漁協が、ブリの養殖→北米への輸出で収益増を頑張っている現場を訪問し、桜島の軽石による養殖への被害が生じないよう対策を要望したりと力を尽くしました。
しかし、田村議員は全国の様々な農林漁業者を訪ね歩いていますが、多くの場面で共通して語られるのは、「輸出?そんなもの、うちらとは全く関係ないよ。」という言葉です。
日本農業新聞は、2019年の4月8日付1面で、「農産物輸出 金額1位 品目の詳細不透明」と題して、「農産物と分類されながら、実際には何が含まれるのか不明な品目が輸出の上位を占めることが分かった」と報じ、「このままでは輸出による国内農業振興の効果は不透明だ」「1兆円の輸出目標を達成したとしても、国内農業への波及は限られたものになりそうだ」と指摘しています。(これは、農水省の実績の資料にもある、金額としては最大の「その他」が何か全く不明だということです)
こんな調子ですから、輸出増が日本の農林水産業に経済的な影響を及ぼしているのか、その分析が重要です。そこで、実態に即した輸出の経済波及効果を計測した研究がないか探してみたら、ありました。
北海道大学農学部の研究で、財務省が公表する普通貿易統計に基づき、経済波及効果を計算するための産業連関分析の手法により、農林水産業への影響を計測しています。
これによると、2020年の輸出額9216億円のうち、輸出に関連する農林水産業の出荷額は全体の8兆円あまりのうち1290億円にすぎず、農林水産業には他部門と比較して低い経済波及効果しか与えていないとし、「農林水産物・食品の輸出による経済波及効果は、『農業』に関しては全体の約8%、『農林水産業』という3部門で見れば11%しか占めていないことが明らかになった」と結論付けています。
国の予算541億円を投じて、1290億円の輸出を図ったというのは、どうにもコスパが悪すぎです。
日本の国民に、安全でおいしい国産の食べ物を食べてほしい――農家・漁師の願い
「食べ物や食料農業・林業・水産業と地域をつなぐWEBサイト」共同通信社アグリラボの石井勇人所長が、輸出1兆円超のニュースに、このようなコラムを書いておられました。
「これは本当に歓迎すべき状況なのか。少数の富裕層が消費する高級品を生産・輸出する一方で、消費者の多くは高品質の国産農産物に手が届かなくなり、少しでも安い輸入品を選び、国際分業と国内分断が加速する。日本の農業が国民の「食」よりも、海外の富裕層の「飽食」に奉仕する構図は「本末転倒」なのか、それとも「産業として成長するため当然」なのか。輸出戦略は金額ではなく、本質が問われるべきだ。」
これは本当に同意です。
農家を訪ねると、かなりの確率で「これ、おいしいよ。そのままで食べられるよ。食べてみな」と言われます。そしてとれたては実際においしくて、おいしいおいしいと言うと、例外なく皆、本当にうれしそうにされます。
そういう経験をするたびに、多くの農漁業者の本当の思いは「日本の皆さんに、おいしい国産の食べ物を食べてほしい」だと感じます。
農家・漁師の方々が輸出に取り組むのは、国内供給だけではとても経営的に成り立たないからであり、生き残りをかけて活路を見出そうとしているからです。
TPP、日米貿易協定などによって、ケタ違いに安値の農産物を際限なく輸入できるようにしておきながら、政府の価格政策や直接支援もなく、輸出でなんとかしろという政策は、本当に「本末転倒」だと感じます。