全国の山林に埋まる「日本の枯葉剤」
■猛毒2,4,5-T剤
1月21日に放送されたNHKの番組「ザ・ライフ~誰も知らない日本の枯葉剤」は、近隣の山に危険な化学物質が埋められていることを知らなかった全国の住民に、衝撃を与えました。
化学物質とは、ベトナム戦争で広範囲に散布され、広範に遺伝疾患やがんなどの後遺障害を引き起こしたあの枯葉剤の原料、2,4,5-T(トリクロロフェノキシ酢酸)。放送では米軍が使った2,4,5-Tがなんと日本産だったこと、それが全国の国有林で除草剤として普通に広く使用されていたことも明らかにされました。
2,4,5-Tは「人工物質としては最も強い毒性を持つ」(福岡県保健環境研究所)と言われる、猛毒のダイオキシンを含有しています。ダイオキシンは自然環境下では分解できる微生物もなく、長期にわたって存在し続けるうえ、超微量で発がん性や生殖毒性を発揮します。それが今もなお、全国15道県46カ所に合計26㌧も埋まっています。
NHKの放送に先立つこと3年余り前の2018年末、枯葉剤の研究を続けてきた元大手化学メーカー技術者の原田和明氏(現北九州市立大国際環境工学部職員)の告発をうけ、日本共産党の田村貴昭衆院議員が国会でこの問題を取り上げました(12月5日、衆院農林水産委員会)。
田村氏は、2,4,5-Tが埋められた佐賀県吉野ケ里町の山林は、県をまたいで福岡県那珂川市・春日市の水源となっていると指摘し、「山崩れなど、想定外の災害が起これば、飲料水に流出しかねない」と訴え、撤去・無害化処理を求めました。
農水大臣は「地中で安定した状態のまま保全管理することが適切」と答弁しましたが、その後の2020年に起きた記録的な大雨で、熊本県芦北町の埋設地から1kmしか離れていない場所が崩落。田村氏の指摘通りの事態に、重い腰を上げざるを得なくなりました。
とはいえ、ダイオキシンを含む2,4,5-Tは微量でも強い毒性があるため、環境中にわずかでも放出してはいけません。掘り出す際、あるいは運搬・処理する際に飛散することがあってはなりません。
そこで林野庁は2021年11月から、2,4,5-Tの掘削・無害化処理の可否や方法に関する技術的調査を外部のコンサルタント会社(国土防災技術(株))に委託し、佐賀県吉野ケ里町、熊本県宇土市、岐阜下呂市、高知県四万十町の4カ所をモデルケースとして調査を行いました。
その結果、埋設状態と汚染状況の確認、掘削方法、周辺環境汚染防止策、作業員の安全衛生対策、処理施設への運搬方法、処理施設での処理方法、処理後の現地の健全性確認と、いずれも「技術的に安全な撤去作業が可能」と結論付けました(4月18日公表、下記リンク参照)。
調査では、「POPs条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)において破壊又は不可逆的に変換されるような方法で処分されることを規定していることから、これに準拠する」とし、浄化施設における焼却法(1100℃前後の高温の回転窯で焼却するロータリーキルン方式)が最適としました。
この調査結果によって、環境省の助言を受けながら、まずは調査した4カ所で先行して撤去することになりました。費用は埋設量や埋設の態様によって大きく変わりますが、林野庁は少なくとも1カ所あたり1億円以上かかるだろうと見積もっています。
【調査の結果】
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kokuyu_rinya/kokumin_mori/katuyo/toiawase/attach/pdf/qanda-3.pdf
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kokuyu_rinya/kokumin_mori/katuyo/toiawase/attach/pdf/qanda-4.pdf
■激しい反対運動の末、埋設
では、これで一安心なのでしょうか。私は不安だと考えています。この不安は、ここに至るまでの経緯と関係があります。
この問題を追跡してきた化学技術者の河村宏氏著「毒物ダイオキシン」(株式会社「技術と人間」出版)によると、2,4,5-T系除草剤は多数の林野労働者に様々な健康被害を引き起こしたとされています。同書には、当時、全林野労組が除草作業に従事した労働者に実施したアンケート調査で、頭痛、嘔吐、全身倦怠感、発汗過多、皮膚炎、肝機能障害などが高い確率で出現していたと記されています。また、札幌営林署が63年から65年にかけて行った追跡調査では、散布地である藻岩山周辺の住民157戸のうち、34戸で皮膚炎、手指の感覚の麻痺、心臓が苦しい、めまい、下痢など、様々な症状が訴えられていました。
田村貴昭事務所が林野庁に2,4,5-Tの健康被害について問い合わせたところ、担当者は「一件もありません。一件も報告されてません!」と不自然なぐらい強調していました。つまり、補償はおろか、認知もしていないという建前を貫いているのです。2,4,5-Tを行政発の深刻な公害事件としたくない姿勢が透けて見えます。
全林野は60年代に入って、枯葉剤の使用反対運動を開始しました。ベトナムの散布された地域で流産や奇形が多発しているという情報も伝わり始め、「合理化」のためなんとしても使用を強行したい林野庁との闘争が熾烈さを増していきました。
林野庁側は「2,4,5-Tは塩のようなもので人畜には影響なし」と主張し、中には抗議する住民の前で担当官が飲んで見せるという異常な説得がなされたり(青森営林局)、地元住民が散布用ヘリコプターの着陸を拒否したため、地元中学校のグラウンドを着陸基地にするなど(山形小国営林署)、強硬な姿勢を取り続けたといいます。
全林野は署名活動、住民運動、シンポジウム、中央交渉を重ね、1971年4月、ようやく交渉の場で使用中止が表明されました。2,4,5-Tの埋設は、こうしたせめぎ合いの末に行われたのです。
■ずさん処理が判明
林野庁は1971年11月、余った2,4,5-Tを土と混ぜてコンクリートに練り込み、土中に埋めるよう全国の営林署長に通達。①1カ所に埋め込む量は300kg以下、②10倍以上の土とよく混和、③セメントと練り合わせコンクリート塊にしてビニール底の上に埋設、④覆土部分が1m以上、と細かい処理方法を示し、全国54カ所の国有林に埋設するよう指示しました。
ところが1984年、数々のずさんな処理が発覚。各地の営林署では通達を守らず、未使用缶のまま埋設していたり、記録の場所から遠く離れた場所に埋まっていたりと、数々の指示違反が明らかになったのです。愛媛県津島町(宇和島市)では、掘り出してみると段ボールに入れただけの薬剤缶が出てきて、腐食した缶から2,4,5-Tが大量に流出していました。
実は、71年4月の使用中止後も2,4,5-Tは除草剤として販売が許可され続けており(75年まで)、林野庁から「塩みたいなもの」「飲んでも大丈夫」と言われ続けてきた営林署職員の危険性に対する意識は相当に低かった可能性があります。通達を待たずに、適当に穴を掘って処分した箇所も多数あったとされています。
林野庁は、84年に行った調査と再処理により、現在では全国46カ所の国有林の土中で安定していると説明します。
しかし、これを簡単に信じるわけにはいきません。世界自然遺産に登録されている鹿児島県屋久島には3.8㌧もの2,4,5-Tが埋設されていますが、単に穴を掘って2,4,5-Tをそのまま投入し、上から土をかぶせてコンクリートで蓋をしただけだったことが分かっています。埋設方法だけではありません。まぜる土の量は十分か、コンクリート塊の大きさは指示通りなのか。
恐ろしいのは、本当に埋設個所はそれだけか?という問題です。71年の埋設時の資料が残されておらず、84年のずさん処理発覚時には、「埋設地点が分からない」「記録と場所が違っていた」という事例が多発したからです。田村事務所には、「○○に埋めたはずだが、埋設地のリストにない」などの情報も寄せられています。
もし指示通り・記録通りだったとしても、長期にわたって土中にあることで、コンクリートが劣化・破損し、流出している可能性もあります。コンクリートの耐用年数は50年と言われています。
林野庁は「土と混ぜると土に吸着するため、流出はしない」と言いますが、前述の津島町での調査結果では、埋設地の2m下の岩盤からも230ppmの2,4,5-Tと、15ppbのダイオキシンが検出されています(1ppb=0.001ppm)。米国の基準では、ダイオキシンが1ppb以上検出されれば人が住めないとされています(合衆国環境保護庁「ダイオキシン汚染土壌対策指令・土壌浄化基準」)。安定するなら、地中深くでなぜこんな高濃度のダイオキシンが検出されるのでしょうか。
今や71年当時の資料は残っておらず、84年以降の調査時の資料しかありません。随時土壌の調査をしているとは言っても、場所によってはボーリングによって一部を調べただけで、土の中の状況は掘り出してみないとわかりません。
田村氏はことし2月17日の衆院予算委で「調査による技術的知見、掘削、撤去、無害化処理のプロセス、着手に向けたスケジュールを自治体や周辺住民に周知せよ」と要求しました。林野庁は「埋設地の自治体に丁寧に説明し、よく連携して、住民の不安の軽減に努める」と答弁しました。
埋設カ所ごとの状況や撤去・処分方法、安全配慮の方法などを厳しくチェックする必要があると思います。
■国民の健康よりカネが大事
使用中止となる直前の1971年3月17日、当時の社会党の西村関一議員が、参議院予算委員会でこの問題を追及しました。西村氏は「ベトナムで使われた枯葉剤2,4,5-Tは、米国では使用禁止になっているのに、林野庁は使っている。2,4,5-Tは人体に影響を与えるだけでなく、全ての生物を殺すことは、米国の調査ではっきりしているではないか」と質問。当時の倉石忠雄農相はこの時点でも「2,4,5-Tは催奇形性があると言われるが、米国やスウェーデンの実験では、正確に立証されなかった。薬品による省力化が経営上必要」と答弁しました。
50年前のこの答弁に現れた政府の姿勢は、今も継続しています。
田村貴昭議員は2021年4月14日、衆院農水委で、いま大きくクローズアップされている除草剤・グリホサートを取り上げました。国内でも多用されているグリホサートは、腸内細菌叢への影響や出生異常、生殖系への影響、脂肪肝、自閉症などの発達障害との関連性、発がん性に関する慢性毒性など、多様なリスクが次々と指摘されています。田村氏は「グリホサートの多様な危険性を考え、因果関係が明白に証明できてない段階であっても、予防原則の観点から規制するべきではないか」と質問しましたが、農水省は「科学的知見基づいて判断しております」と答弁するばかりで応じようとしませんでした。
カネ勘定を優先し、「因果関係が証明されない限り規制はしない」のが、50年前から変わらない政府の基本的な姿勢です。
予防原則とは、環境や人に対して重大な悪影響を及ぼす仮説上の恐れがある場合、科学的に因果関係が証明されていない段階でも、予防のための政策的措置を行うことを可能とする考え方を言います。
1992年にリオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議(地球サミット)で初めて公式に採用されてから、EUを先頭に世界中で積極的に採用する動きが拡大しています。2,4,5-Tの教訓は、国民の命と健康を守る見地から、いま何が必要かを強く示していると思います。
(「前衛」6月号より)