地動説と天動説
ずっと地動説を信じていた。地球が太陽の周りを回っているというあれだ。小学生の頃の教科書だったか、真ん中に太陽があって、その周りを地球が回っている図を見た記憶がある。そして歴史の時間。いや国語の教科書で読んだのだったか。コペルニクスやガリレオ・ガリレイが地動説を唱えた話も知識としてもちろん知っていた。
大昔の人は天動説を信じていた。その後、地動説を皆が信じるようになった。自分もそうだった。"彼" と出会うまでは。
彼は言った。
「お前は地動説を信じているのか。あれは嘘だ。」
突然の決めつけ口調に内心反発しながら、反論を試みた。
「学校でそう習ったし。皆もそう信じているし。」
我ながらあまり説得力のある反論にはなっていないと思いながら、次の言葉を探す。その前に彼は片方の口角を少し上げながら畳みかけてきた。
「学校で教えてくれることがすべて真実とは限らない。大地に立って空を見上げてみろ。太陽や月や星が動いているのを感じるだろう。この世の中心は自分だ。そして宇宙の中心は地球だ。地球が動いているなんて言う奴はえせ科学者だ。俺は真実を知っている。真理がわかっている俺がいうのだから間違いない。そもそも、お前は太陽の周りを地球が回っているところなんて見たことがあるのか。ないはずだ。自分が見たこともないものを信じてはいけない。自分中心で物事を考えてこそ真の近代人なのだ。地球の周りを太陽が回っている。これが真理だ。俺を信じろ。」
相手の勢いに押されて、口ごもる。
「まあ、確かにそう言われてみると、自分の目で太陽や地球の動きを見たわけではないけれど...。もうちょっと勉強してみます。」
彼は親指を立てながらウィンクして見せた。
「君はなかなか話が分かるな。君こそ真の近代人だ。」
呼び方が「お前」から「君」へと変わったのに気づいた。もう少し彼の話を聞いてみようという気持ちが沸き起こってきた。
「今度、嘘をまき散らす連中に抗議する集会をやる。君も来たらいい。真理を追究する仲間たちに出会えるだろう。」
少し胡散臭く思いながらも、集会には行ってみようとしている自分がいた。
ここで目が覚めた。テレビを見ながらうたた寝をしていたようだ。テレビ画面を見ると "彼" がいた。「真理を追究する真の近代人よ、えせ科学を破壊せよ。今こそ我々の力を見せつけろ。」と聴衆に向かって叫んでいる。
テレビ画面の向こうで親指を立てながらウィンクしている彼と目が合った。