BMWのR20はカスタムの真似をしたのか~中嶋志朗さんの見解を交えながら考察
BMWが2024年5月にR20コンセプトを発表した。R18より大きな2,000ccの水平対向2気筒エンジンを搭載したネイキッドである。
かなり格好良いデザインなのだが、しかしこれはカスタムバイク・シーンではおなじみの手法である。
つまり、1)ネイキッド、2)大きなタンク、3)エンジンが目立つ、4)シートが極端に短い、5)後部はほぼタイヤのみ、というデザイン・コンセプトである。
批判を恐れずにいうと、BMWがカスタムバイクの真似をした。
「中心でっぷり、前後スカスカ」①BMW編
R20のデザイン・コンセプトについてBMWは次のように説明している。
「その独創的な傑作の根幹をなすのは、まぎれもない象徴たるビッグ・ボクサー・エンジン。ハンドメイドの短いシートからアグレッシブなリアセクションにかけてのその印象的なシルエットは、ひと目見ただけであなたの感情を揺さぶるでしょう。そして、まるで彫刻のような燃料タンクは、その情熱的なピンクのカラーリングであなたの視線を釘付けに」
参照
https://www.bmw-motorrad.jp/ja/experience/news-gallery/r20concept.html
これを要約すると、ボクサーエンジンを際立たせるために、シートを極限まで短くして、タンクに特徴を持たせた、となる。
さらに要約すると「中心でっぷり、前後スカスカ」となる。
このデザイン・コンセプトは、BMWのボクサーエンジン車のカスタムでは定番になっている。
「中心でっぷり、前後スカスカ」②46Works編
こちらのバイクは、カスタムショップ、46Worksの中嶋志朗さんが、1976年製R100Sをベースに2015年につくった作品(以下、46Works・R100S)である。
参照
https://46works.net/post/135151128344/1976-bmw-r100s-engine-cylindernikajiru
デザイン・コンセプトは、R20にも採用された「中心でっぷり、前後スカスカ」といってよい。その条件である1)ネイキッド、2)大きなタンク、3)エンジンが目立つ、4)シートが極端に短い、5)後部はほぼタイヤのみ、に合致する。
ただ46Works・R100S は、R20の2024年よりも9年も早くこのコンセプトを採用している。
ユーモラスでありながらエレガント
2台には違いもある。
46Works・R100SのほうがR20より、エンジンとタンクの距離が離れている。そのため46Works・R100Sのほうがエンジンが目立つ。R20の排気量は46Works・R100Sの2倍もあるのに、だ。
そしてもう一つのハイライトである大きなタンクであるが、シャープな形状のR20に対し、46Works・R100Sのタンクはでっぷり感がより強調されてユーモラスな印象がある。
ユーモラスでも46Works・R100Sにエレガントさがあるのは、紫と赤紫の配色と、メインフレームとシートフレームとスイングアームの細さが原因と思われる。
さらに細部を観察すると、バックステップのデザインやマフラーの孤の描き方、前後フェンダーの質感に目がいく。美しい。
こだわりが、強く、細かく、多い
R20はかなり攻めてはいるが、それでも大量生産を前提にしているであろうデザインの限界がみえる。無難なデザインのグループのなかでは最高レベルに尖ってはいるが、それでも無難なのだ。
一方の46Works・R100Sは、一人のクライアントのためだけにつくられたもので、無難な要素は1ナノもない。それが46Works・R100Sのこだわりの強さと細かさと多さにつながっているのだろう。
有機的か、無機的か
もう一つ比較したいのは、タンクとシートの関係だ。
R20はタンクと完全に独立してシートがつけられているが、46Works・R100Sは細いシートカウルによってタンクとシートが連続しているようにみえる。
R20が無機的にみえ、46Works・R100Sが有機的にみえるのは、こういう細部の形状が影響していると思われる。
中嶋さんの見解
今ではすっかりおなじみになったボクサーエンジンBMWの「中心でっぷり、前後スカスカ」カスタムであるが、私が最初にみたのは46Works・R100Sだった。それで私は長い間、中嶋さんがこのデザインの発案者なのかと思っていたが違っていた。
中嶋さんはこう説明してくださった。
「私のオリジナルではありません。BMWはシートレールがボルトオンのため、ヨーロッパのカスタムショップなどが手軽に、簡単にカスタムするために流行った手法です。シートレールを外して汎用のサドルシートを取りつけた形です。
当方製作の車両は、クライアントがそんなヨーロッパのカスタムをみてこんな感じがいいというので、製作しています」
「中心でっぷり、前後スカスカ」デザインの起源はこれでわからなくなってしまった。
中嶋さんはさらに、興味深いことを述べられていた。
「ポジションの自由度が低いのですすめられない」
「そもそも、当方ではサドルシートなど極小のシートをつけるカスタムは、基本的にこれしかやっていません」(中嶋さん)
中嶋さんは「中心でっぷり、前後スカスカ」デザインのアピールポイントともいうべき極小のシートにネガティブな印象を持っている。その理由は、サドルシートはポジションの自由度が低く、乗り手におすすめできないからである。それで46Works・R100Sのシートは、実は普通のシートに近い形状になっているのである。
中嶋さんはもちろん自身でもバイクに乗られるし、レースにも頻繁に出場している。そのため中嶋さんがカスタムバイクをつくるときは、デザイン性だけでなく、乗り心地や操縦のしやすさ、安全性も追求している。これらの観点からすると、デザイン優先の極小シートは、46Worksの作品には向かないのだろう。
格好良さと、性能・規制とのせめぎ合い
46Works・R100Sはクライアントのたっての願いで「中心でっぷり、前後スカスカ」デザインを採用したわけだが、それでも中嶋さんは最大限、乗り心地や操縦のしやすさ、安全性を追求した。中嶋さんはこう説明する。
「この車両は、クライアントの希望により製作しましたが、タンクからシートへの流れをきっちりデザインし、ポジションの自由度も確保した座面にし、汎用品を取ってつけたようなシートにならないよう配慮しています」
カスタムバイクは格好良くなければならないという宿命を負うので、カスタムビルダーはデザインの追及で妥協することはできない。しかし乗り心地、操縦のしやすさ、安全性、耐久性、法令順守といった性能や規制は、デザインを悪くすることが多い。バイクメーカーがつくるバイクに格好悪いものが少なくないのはそのためだろう。
したがってカスタムビルダーは、性能と規制を犠牲にすることなく格好良く仕上げるという難しい仕事をこなしているのである。
「中心でっぷり、前後スカスカ」デザインが確立したのは、こうしたカスタムビルダーたちの努力のたまものだと思う。
中嶋さんの解
ここで少しの間「中心でっぷり、前後スカスカ」から離れて、中嶋さんのそのほかの作品をみてみたい。
中嶋さんは自身の思想を、ボクスターエンジンBMWにどのように反映させているのか。2つの作品を紹介する。
こちらのベース車両は1973年製のR75/6。シートはかなり長くなっていて2人乗りになっている。後者用のステップもある。
それでもシートフレームとリアフェンダーの間には広い空間があり、さらに、あえてサイドカバーをつけていないので、スカスカ感が強調されていてみていて気持ちがよい。
次の作品のベースは1992年製のR100RS。レトロ感がなくなり、シャープさにポップさが少し加わっている。
こちらは意匠が凝ったシートカウルがしっかりつくられている。そしてタンクも小ぶりなので「中心でっぷり、前後スカスカ」からかなり離れている。しかし軽快なイメージはたっぷり残っている。
ボクサーBMWカスタムの魅力は、大きなエンジンとは不釣り合いな軽快さだ。不釣り合いさを用いたデザインは違和感を抱かせるリスクがあるが、優れた不釣り合いは快感を生む。十分見終えて視線をそらしたあとにまたみたくなるのだ。
形状のシャープさもさることながら、色合いのポップさも目を引く。タンクとシートカウルの、紺に近い青。シートの赤。フロントフォークとキャリパーとリアサス・タンクの黄色。そしてこの3色がのったマフラー。形状にマッチした色だと思う。
「中心でっぷり、前後スカスカ」③海外編
さて話を「中心でっぷり、前後スカスカ」に戻す。
以下の3台は、世界中のカスタム・カフェレーサーを紹介するレーサーTVが2022~23年に紹介したもの。
それぞれ異なる国の異なるカスタムビルダーが「中心でっぷり、前後スカスカ」BMWをつくっていることがわかる。
カスタムバイクに動かされた1台として記憶されるだろう
バイクメーカーはとてもプライドが高い。
だからバイクメーカーのデザイナーが、個人経営、または少人数経営のカスタムショップのデザイン・コンセプトを採用することは異例といってよい。
「中心でっぷり、前後スカスカ」は、世界中のカスタムビルダーが磨き上げてきたカスタム・コンセプトであり、それを、特にプライドが高そうなBMWが、最新のエンジンをおごったコンセプト車両に採用したことは快挙といってよいだろう。
私のようなカスタムバイク・ファンにとってR20は、別の意味で忘れられない1台となりそうだ。