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【粗品の松本攻撃から学ぶビジネス】戦って獲らないと天下人になれない(書きかけ)

天下人から落ちる松本

松本人志と文春の裁判が混沌としている。和解か、という観測が流れたが、和解の可能性はなくなったようだ。
松本の芸能界復帰が長引けば長引くほど、松本の芸能界への影響力はますます低下する。芸能界では今、松本不要論が出たり、松本をディする後輩笑い芸人が現れたりしている。

それは勇気ある言動ではない

粗品の松本攻撃がなかなかやまない。
若いのに勇気がある、とみる向きもあるが、その理解は正しくないだろう。なぜなら、落ち目の天下人を撃つ行為には、実はそれほどの勇気は必要ないからだ。
例えば、織田信長を撃った明智光秀も、明智を撃った豊臣秀吉も、秀吉から禅譲された石田三成も、超短期政権で終わっている。本当に戦って天下を獲ったわけではないから、政権を維持する基盤がないのだ。
落ち目の天下人を撃つことは簡単だから、誰でもできる。粗品はそれをやっているだけ。

たけし、さんま、石橋、松本に共通した戦い方

たけし、さんま、石橋、松本には共通点がある。それは、自分の上にいる天下人を撃ちながら、自身が強烈に面白かったことだ。
若かったたけしとさんまは、当時の天下人である欽ちゃんとドリフを標的にした。若かった石橋と松本は、当時の天下人であるたけしとさんまを標的にした。
ではこの4人と粗品の違いは何か。それはこの4人は当時、とてつもなく面白いという評価を得ていたが、粗品はそれほどではない、ということである。
粗品はコンビでM1を取り、ピンでR1を取っている実力派ではあるが、よくよく考えてみると、M1もR1もレールにすぎない。粗品はレールの上を進んで終着駅に到着しただけなのだ。しかも粗品は今のところ、伝説の笑い番組なるような番組をつくってはいない。
一方の4人は、自分でレールをつくっていった。自分でレールをつくる者は、いくらでも先に進むことができる。なぜなら自分でレールをつくれば、いくらでも先に進めるからだ。

これはビジネス論である

孫正義と柳井正がいまだに天下人なのは、自分でマーケットをつくったからである。ソフトバンクのビジネスにも、ユニクロのビジネスにも手本がない。しかも孫正義も柳井正も、借りをつくらずここまで来た。借りのない成功は、返済が必要ないから成功した状態を維持しやすいのだ。
そして、孫正義も柳井正も、人々が欲しがるものを提供し続けてきた。たけし、さんま、石橋、松本が、人々を笑わせ続けたように、である。

その一方で「時代の寵児」「風雲児」「業界の異端児」と呼ばれた著名経営者が、20年くらいで姿を消したり、転落したり、影響力を失ったり、元気がなくなったりするのは、マーケットを借りて大儲けしただけだからだ。

政府も経済界も、よく「日本にもGAFAMを」とか「日本にもマグニフィセント7(GAFAM+テスラ+Nビディア)を」とかと言うが、まあ難しいだろう。


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