銀行が少額送金事業に参入する理由とは~「ことら」のサービス内容を解説
三菱UFJ、三井住友、みずほの3大メガバンクや地方銀行などの約40の銀行が、個人向け少額送金サービス(以下、単に少額送金)に乗り出しています。
このサービス名は「ことら」といいます。小口(こぐち)のお金のトランスファー(移動)で「ことら」です。
「ことら」の少額送金は、個人と個人が10万円以下のお金をスマホのアプリを使ってやり取りするものです。自分の銀行口座の残高から、お金を渡す人の銀行口座にお金を移動させます。
少額送金は、ペイペイや楽天ペイなどのスマホ決済のものが定着しています。なぜ銀行が今、少額送金事業に乗り出したのでしょうか。「ことら」の仕組みと一緒に、そのあたりの事情を解説します。
また「ことら」には課題もあるのでそれもあわせて紹介します。
「ことら」について
約40の銀行が、少額送金で使うシステムを提供しているのは、株式会社ことら(本社・東京都中央区)です。
同社の株主は、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行、りそな銀行、埼玉りそな銀行の5行です(※1)。
※1:https://www.cotra.ne.jp/company/
「ことら」の特徴
「ことら」送金は、利用者が使っている銀行のアプリを利用します。銀行のアプリに「ことら」の機能を搭載するわけです。
利用者は自分のスマホ内の銀行アプリに送金先の個人の口座番号を入力して金額を設定すれば送金できます。また、送金先の人の携帯電話番号だけでも送金できます。
「ことら」送金を受ける側は、やはり自分が使っている銀行のアプリに「ことら」を使えるように設定する必要があります。
送金側も受け取る側も、「ことら」が使える銀行アプリを利用していればよく、銀行が異なっても送金・入金が可能です。
やり取りできる金額の上限は10万円です。
この仕組みはすなわち、ある個人の銀行口座から別の人の銀行口座にお金を送る銀行振込なのですが、「ことら」は通常の銀行振込より安価な手数料か、または無料で送金・入金できます。
また、お金を送る側は、送金先の携帯電話番号さえ知っていればよい、というのも画期的です。通常の銀行振込では必ず送金先の名義や口座番号が必要になります。
さらに、銀行のアプリ以外でも、「ことら」の機能が搭載されたスマホ決済アプリなら「ことら」を使うことができます。
「ことら」はペイペイや楽天ペイなどのスマホ決済アプリに「ことら」の機能を提供していくとしています(※2)。
※2:https://www.cotra.ne.jp/cotra/
「ことら」の使い方
「ことら」が想定している利用方法は、親が子供に小遣いを与える、お年玉をあげる、学生が親から仕送りを送ってもらう、飲み会の代金を割り勘にする、家賃を大家に送る、などです。
これはほかの少額送金サービスが想定している使い方と同じです。
無料になる場合
「ことら」の送金・入金が無料になるのは、利用者が「バンクペイ」というスマホ決済(QRコード決済)アプリを使っている場合です。つまり、利用者の口座の銀行がバンクペイを使っていれば「ことら」を無料で使うことができます。
銀行がその他のシステムを使っていても無料になる場合があります。また有料の場合でも、銀行振込よりは安くなります。
利用者のメリット:お金がダイレクトに銀行口座に入る
「ことら」はある銀行口座と別の銀行口座の間でお金を出し入れするので、送金する側は銀行口座の残高が減り、入金する側は銀行口座の残高が減ります。
つまり、お金がダイレクトに銀行口座から出ていき、ダイレクトに別の銀行口座に入ります。これはスマホ決済の少額送金サービスと決定的に異なる点です。
スマホ決済の少額送金サービスでは、例えばペイペイならペイペイ・マネーを送金し、楽天ペイなら楽天キャッシュを送金します(※3、4)。
ペイペイ・マネーも楽天キャッシュも電子マネーなので「お金のように使えるもの」ではありますが現金ではありません。利用者が現金が必要になったら、ペイペイ・マネーや楽天キャッシュを現金に変換しなければなりません。
例えばペイペイ・マネーを現金にするには、ペイペイ・マネーを銀行口座に出金しなければなりません。出金先の銀行口座がペイペイ銀行なら出金手数料は無料ですが、他の銀行の場合は100円かかります(※5)。
「ことら」は現金だけのやり取りなので、電子マネーを現金化する手続きが要りません。通常の銀行振込のように使うことができます。
また「ことら」に参加する銀行は、少額送金サービスの手数料を無料または割安にするので、利用者は通常の銀行振込より安く送金・入金することができます。
※3:https://paypay.ne.jp/help/c0042/
※4:https://pay.rakuten.co.jp/guide/send_receive/
※5:https://paypay.ne.jp/help/c0042/
銀行のメリット:現金を取り扱うコストを削減できる
「ことら」を使うメリットは、利用者より銀行のほうが大きいかもしれません。
銀行にとって現金は物理的な物体の商品です。銀行は現金を在庫したり、売ったり買ったり、貸したり借りたりして商売しています。現金は物理的な物体なので、移動の都度物理的な作業が必要になり、それは人の手で行うことになりコストがかかります。
例えば税金の取り扱いだけでも、銀行業界が負担している現金を動かすコストは年間622億円になります。納税者のコストは年2,000億円、自治体にいたっては8,000億円にもなります(※6)。
「ことら」はデータだけでやり取りして、物理的な物体である現金を移動させないのでコスト安に運営できます。
※6:https://www.fsa.go.jp/singi/kessai_kanmin/siryou/20210216/02.pdf
「ことら」の課題は安全性か
「ことら」の課題は安全性でしょう。
「ことら」の少額送金サービスは当初、2022年9月にスタートする予定でしたが、システム関連の事情で10月にずれ込むことになりました。
通常の銀行振込は全国銀行データ通信システムを使っていますが、「ことら」はこれを使わず専用の決済システムを使います。
この「ことら」専用決済システムはスマホの通信システムを使うので、NTTドコモやKDDIなどが大規模通信障害を起こしたら、その影響をもろに受けることになります。「ことら」に参加する約40の銀行の対象口座数は計1億8,000万にのぼります(※7)。もし「ことら」が普及したときに利用停止に陥れば社会問題になるでしょう。
残念ながら大規模通信障害は定期的に発生している印象があります。
そこで「ことら」は、利用者の銀行口座と「ことら」専用決済システムを接続する作業を慎重に行うため、サービス開始時期をずらしたとされています(※7)。
※7:https://www.yomiuri.co.jp/economy/20220707-OYT1T50020/#:~:text=%E5%B0%91%E9%A1%8D%E3%81%AE%E9%80%81%E9%87%91%E3%82%92%E8%A1%A8%E3%81%99,%EF%BC%89%E3%80%8D%E3%82%92%E4%BB%8B%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%80%82
まとめ~キャッシュレスだからできること
少額送金は最早珍しいサービスではありませんが、「ことら」は銀行が始めるところに意義があります。銀行口座と銀行口座の間の少額送金は、利用者に恩恵をもたらすはずです。
キャッシュレスが普及したことで、現金でお金のやり取りを行うことの非効率さと不合理さが浮き彫りになりました。
現金の移動は、最終的にお金の行き場所が決まったときに行えばよく、その間のやり取りはデータを使って次々相殺していったほうが効率的で合理的です。
「ことら」はキャッシュレスが進んだ今だから実現したのでしょう。