
香港とカジノと私③(カジノ現代編)
路氹東駅で降りた私は早速カジノを目指した。マカオではcrapsではメジャーではないがこの辺りでは比較的採用されているという情報を得ていた。あいにくの荒天と歩いていても決して楽しくないカジノ街に悪態をつきながらリストアップしていたカジノを回った。まずはMGM COTAIに行ったが15時オープンで到着時は13時前後。他にも候補があるため断念した。次に向かったCity of Dreamsは2台あるにも関わらず誰もプレーしていなかったためこちらもパス。さらに訪ねたConrad Macaoはミニマムベッドが500香港ドルとこの円安下には手が出しにくくスルー。前日の疲れもあり少し面倒になっていたがStudio City Makauは私を待ってくれていた。ミニマムベッドが300香港ドルとほどよい程度で盛り上がりも悪くない。ここでプレーしよう。しばらく「見」をしていると、中国人らしき長身の男性が良い目を出し続けている。感情表現が豊かで声が大きいのでなかなかの盛り上がりを見せている。ここだ。良い流れには乗っかるものだ。多少の流れには乗ることができ、1時間ほどプレーしてわずかながらに増やすことができた。まだ残っていてもよかったが、例の男性が場を去っていたこと、他にもリストアップしているところがあったため移動した。The Parisianもちゃんと私を待ち焦がれていた。ディーラーが少し暗めという親近感を覚える雰囲気に加えて、場の盛り上がりはStudio Cityを凌駕していた。ミニマムベッドも300香港ドルで申し分ない。ここでやろう、と思ったが盛り上がりすぎて私の入るスペースが全くなかった。1、2時間観察するも全くあく気配はない。本格的に疲れてきた。15時過ぎだが、朝のエッグタルト以来何も口にしていない。近くでエッグタルトを食べているおじさんを見て空腹を覚えた。完全にエッグタルトに支配されている。別のおじさんとの会話の感じから、エッグタルト屋が近くにあるのではないかと妄信し一旦カジノを出た。
結果的にエッグタルト屋は近くにはなかった。おじさんはどこで手に入れたのだろうか。食べたかったが荒天の中で散策をしたくなかったので手ごろなカフェに落ち着いた。甘いものを摂取しながら考える。せっかくやるならあの盛り上がっているテーブルだ。今日は日曜日。月曜日を意識する人はぼちぼち帰るのではないだろうか。少しだけ回復した身体でParisianに戻る。やはり盛り上がっている。ただ、一人分くらいのスペースがあった。迷わずそこにもぐりこんだ。ようやくここでプレーできる。早速PASS LINEに賭けようとするがどうも様子が違う。周りが全然賭けないのだ。シューターに対しても特に興味を示している様子はない。ラスベガスではほぼルーチンで賭けていたPASS LINEだが、郷に入ってはということでしばらく「見」て、自分のタイミングで賭けることにした。気になる人物が2人現れた。1人は坊主でやたらと声のデカい中年男性だ。Studio Cityにも同様の男性はいてわずかながら私に利益をもたらしてくれた。彼に乗っかるのはありかもしれない。そしてもう1人はN95マスクをつけた中年女性だ。この人は特に目立った。まずは眼光が鋭い。そしてディーラーからサイコロを受け取ってから選ぶまでが異常に長い。セルフでサイコロを10回くらい振る。2個選んでからもまたセルフで振る。よくよく観察してみると2と6がそれぞれ出るまで振り続ける。craps clockなるものがあれば余裕で反則になりそうだが、ここカジノでは問題ない。ルール上問題なくてもここまで長いと場が白けそうなものだが、彼女のオーラは全くそれを感じさせない。また結果も伴っている。乗っかるしかない。満を持して賭け始めた。
まずは坊主男性がシューターになった。彼は一発目から3を出して即ゲームは終了した。相変わらずデカい声を出しており、小物感が溢れている。映画なんかで初っ端に倒されそうな感じだ。人物選定を完全に見誤った。早く静かにならないかなーと思っているともう1人のキーパーソンの出番になった。おなじみのルーチンで彼女はサイコロを振った。美しい所作でサイコロは放たれた。本当に美しい所作だった。しかし結果は伴わなかった。比較的早くゲームが終了し私の賭金はあっけなく没収された。どうしようか。もう信じられるのは自分しかいない。このcrapsの集大成と意気込みシューターに臨んだ。相変わらず周囲はPASS LINEに賭けずにこちらにも関心がなさそうだ。無観客試合のような雰囲気でサイコロを放ったが、この流れに抵抗できるわけもなく私の出目も冴えずゲームは終了した。他で賭けていた分も含めると、今回の軍資金の半分をロスしてしまった。流れを断ち切ろう。Parisianをあとにして、次のカジノを目指した。
路線バスに揺られながらマカオ半島に向かった。ゲーム、環境を変えたかったというのもあるが、何よりも腹が減ったしめちゃくちゃ疲れた。一度カフェでごまかしたがまともなものは食べていないし基本的にはずっと立ちっぱなしだ。カジノに椅子はあったのだが比較的若の年男性の優先順位は低い。前日に50000歩、その時点でも20000歩と身体を酷使しており、バックパックの負担もあったが、高齢寄りの方に座られるときつい。夜通しプレイするにはちと厳しいコンディションだ。いったん落ち着こうということで移動しつつ考えることにしたのだ。バスはゆったりとマカオ半島へと向かった。世界遺産であるセナド広場の近くで降りてまずは飲食店に入った。手ごろな麺とほどほどの座位で疲れを癒し再び戦う顔となった私はカジノへと足を運んだ。カジノ・リスボア。そう、2014年に大小でゾロ目を2回当てたあの老舗賭場である。以前に比べてギラつきが軽減したようにも見えるのが全体としての雰囲気はそう変わらない。再びあの栄光を。強い決意で重厚な扉をくぐった。
中の雰囲気もそう変わらない。あのベル音はしきりに聞こえるし人々でごった返している。客はタイパ島にあるリゾートカジノより明らかに庶民的な感じがする。入ってすぐのところに大小のテーブルが2つある。ミニマムベッドは100香港ドル。実に良心的な設定だ。やっぱりリスボアだ。実家のような安心感を覚えつつ場内を散策していると一番求めているものをそこに見つけた。椅子だ。これまではプレイしている人以外が座れるようなスペースはなく前述したようにプレイしていても現実的には座れなかった。それがリスボアはどうだ。何もしなくても座れるじゃないか。甘ったるいコーヒーまで配ってくれている。ホスピタリティに感謝しながらボーっと過ごした(ここはあまり覚えていないがGoogle Mapsで星5の評価をつけているのでよほど感動したに違いない)。30分ほどで戦う身体にもなってきたため2つ並ぶ大小のテーブルへと向かった。
大小はサイコロ3個を1回振るだけなので時間はそうかからない。隣のテーブルとは微妙に進行がズレることが多いので、フットワーク軽めに行けば両方で賭けることも可能だ。品性に欠けるが、より面白そうな目が出ているところに賭けるべく二刀流的なことに挑戦することにした。賭ける先はいたってシンプルに大か小だ。そして周囲の逆張り的なことをすることにした。このプランで考えていると一方のテーブルで明らかに目の偏りが出てきた。大が続いている。周りの客は順張りで大に賭けている。こんなときはno more betsの声がかかるギリギリのタイミングで小に賭けた。これで全部勝つわけではないが比較的調子はよかった。10人ほどが賭けて1人勝ちをするときもあって、そんなときは周囲がやるやんけ的な顔をしてくるため、そのやり取りを十分に楽しんでいた。また一人の中年女性との心に残ったので記しておく。最初は後ろから中国語で話しかけられた。中国語ができないことを伝えても構わずに続けてくる。せっかくなので注意深く意図を探っていると、どうやら私に賭ける場所を指南しているようだ。自分自身は賭けていないようだが、賭ける気分を味わうのに与しやすいと思われたようだ。逆張りでいい感じに進んでいた私はこの女性の不躾な言動を利用することにした。ここだというタイミングで彼女の指南と逆に賭けてみた。こちらもなかなかよい勝率を叩き出した。そして勝つたびに彼女に対して笑いかけてやるのだ。彼女も本気で指南しているわけではないので生意気な私の勝利を好感を持って見ているようだった。やっぱりリスボアに限る。crapsの負けの半分くらいは取り戻していることもあって大変居心地のよさを感じていた。
ここまではよかった。しかし所詮は丁半博打の世界だ。少しずつ負けが目立ち始めた。肝心の中年女性も場から去っており、賭けるための根拠を失いつつあった。こうなるとなかなか止めることは難しく、当初決めていた逆張りのルールは崩れ、まったくの勘で賭け始めていた。どうしようか。そうこうしていると一方のテーブルでゾロ目が出た。そうだ、ゾロ目だ。私にはゾロ目があるじゃないか。幸い、このテーブルはしばらくゾロ目が出ていない。ゾロ目しかない。私はもうゾロ目以外に賭けられなくなった。一度ゾロ目がちらつくとそれを逃すことを考えるとなかなかそれ以外には賭けられない。狂ったようにゾロ目に賭けた。気が付けばもうチップは数枚。それでももう後戻りはできなかった。残る数枚をタイミングを図ってゾロ目に賭けたが、チップが戻ってくることはなかった。
時刻は深夜0時。早朝の飛行機に乗るだけであればあと数時間の余裕はある。ただ私にはもうその力は残っていなかった。次にゾロ目が出るなんて光景は見たくなかった。振り返ることもせずにカジノ・リスボアをあとにした。負けたのだ。もうやめておこう。路線バスと港珠澳大橋を走るバスを乗り継いで香港国際空港に到着した。ゲートがオープンするまでの間、ベンチに横になりながら今回の旅を思い返す。香港はすべてあの頃のままというわけではないが、やはり歩いていて抜群に楽しい街だ。乗り物の種類が豊富なので今度は息子と来てもいいかもしれない。カジノはこの疲れた頭ではまだ考えるのは時期尚早だ。落ち着いてからゆっくりと考えることにしよう。今回の過酷な旅程で苛め抜いた体には空港のベンチもLCCの座席も十分すぎるほど快適であり、ほとんど記憶は残っていない。35歳にはなったがまだまだバカンスのような旅はできないようだ。
というわけでこの紀行文は旅から1年半ほど経過した時期に執筆している。きっかけは2024年8月に訪ねたインドネシアのジャカルタだ。ここでの冒険な旅を文字にしたことが自分の中では大変楽しい作業だったため、この香港・マカオについても書いてみた。ここからは疲れた頭で先延ばしにしていた今後のカジノについて検討する。今回の敗因、敗因といってもカジノの勝ち負け以外の部分も含めての話だ。言語化していて十分に感じたが、明らかに過去の成功に囚われすぎている。2014年のマカオでの大小、2015年のラスベガスでのcraps。確かにいずれもとてもよい思い出ではあるが明らかに引きずられすぎている。『深夜特急』でいつでも香港の幻想を追い求めていたように。大小の勝ちはゾロ目だけではないし、ラスベガスのcrapsの雰囲気をマカオでは望んではならない。これからもカジノを楽しむためには変わるしかない。そのためには何ができるか。一つ考えたのは私にはカジノの知識が圧倒的に足りない。ほぼ『深夜特急』一神教と化している。こんなときには読書に限る。あらゆるカジノを扱った作品を読んで研究した。
『波の音が消えるまで』
これは『深夜特急』と同じく沢木耕太郎氏の小説である。ここではバカラを扱っているがやはり氏の心理描写は凄まじいものがある。フィクションではあるが賭け方の真理というものをこれでもかってくらい訴えてくる。
『巨像再建』
長野慶太氏というラスベガス在住の方の作品で日本にカジノができたあとの世界が描かれている。カジノの壁掛け時計の有無を指摘する描写なんかは現場を知り尽くした人にしかできないだろう。作者は違うが『東京カジノパラダイス』の後に読むとより充実する。
森巣博作品
この方をこれまで知らなかったことを大変後悔するくらいに素晴らしい作品を残している。言うなればカジノエッセイのようなものも出しており、四半世紀ほどカジノで生き抜いたこの方の言葉には勉強することしかない。
以下、いくつか個人的な金言を抜粋する。
勝ち逃げだけが、博奕の極意
賭場で臆病であるのは、ちっとも恥ずかしいことじゃない
不運の次手には、最小賭金
勝負の機微はコマの上げ下げ
他にも『破門』黒川博行著、『賭博者』ドストエフスキー著に加えて、韓国ドラマの『カジノ』を楽しみつつ勉強した。これらの研究から現時点ではある程度の結論が出ている。それは大小およびcrapsからしばらく離れること、バカラにトライしてみることだ。やはり同じゲームをこのままやっているとどうやっても過去がチラつく。別のゲームをやって過去の鎖を断ち切ろうというわけだ。バカラは上記の作品で多く扱われており、これだけアジア圏で人気なのだから何かがあるのだろう。慣れ親しんだゲームなんてものは今はいらない。新しいことをするのだ。また、これまではある程度賭け方がフラットだった。それは金輪際やめる。そんなことをしては試行回数が増えるごとに不利になる。ひたすら「見」をして場の雰囲気をつかもうとするのは変わらない。ここだというタイミングではしっかりと賭け金を増す。その度胸を持たずして何が博徒だ。それでいて臆病であることを恥じない。ある種矛盾したような状況だがしばらくはこれがテーマだ。一朝一夕でできるものではないだろう。実践あるのみだ。月はいつ行けるだろうか。Skyscannerで香港行きのチケットを検索する日々が続きそうだ。