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【開催報告】“昆虫の福祉”を考える対話型ワークショップを実施しました 2024.08.21 One Earthology Seminar 2024 虫 1st round

コオロギ粉末入りのお菓子やパン、コオロギの出汁を使ったラーメンなど、最近、耳にすることが増えてきた昆虫食。その世界市場は近年大きく伸びており、今後、生産の拡大や品種改良が進めば、現在のウシやブタ、ニワトリのように昆虫も“家畜”として飼育され、家畜動物に対して議論されてきた福祉(ウェルフェア)や倫理の概念が食用昆虫に対しても生まれるかもしれません。

One Earth Guardians育成プログラムが定期的に開催している対話型ワークショップ One Earthology Seminarの今年度初回は、NPO法人食用昆虫科学研究会 副理事長の水野壮氏をコーディネーターに迎え、「“家畜”になった虫 ー昆虫の福祉に向き合う」をテーマに、昆虫とヒトとの関係性と倫理について考えました。
その様子をご報告します!

One Earthology Seminarとは
学生、教員、学外の方々が参加して、多様なバックグラウンドの参加者が同じテーブルにつき、100年後のありたい姿や、どんな地球に生きていたいかを思い描きながら、学び、話し、考える共創の場。
毎年度、「土」「海」「食」「生物多様性」などのテーマを設けて、各テーマにつき2回ずつ実施しています。2024年度のテーマは「虫」「生命」。このうち「虫」の1回目として今回のセミナーを実施しました。
One Earth Guardians育成プログラム 活動の紹介ページ


昆虫の福祉に着目した背景

食料問題、地球環境問題、社会情勢の不安定化などにより、食用昆虫の世界市場は今後大きく成⻑していくと予想されています。 食用昆虫の生産と共に品種改良が進めば、紀元前1万年前にさかのぼる動物の家畜化の歴史でも行われてこなかった、「食用昆虫の家畜化」という新たな挑戦につながります。

時に嫌悪の対象となり、害虫として食の敵でもあった昆虫たちが、今や貴重な「食資源」として見られ、見た目の抵抗感の低減やイメージ刷新などの努力もあり、パラダイムシフトが起ころうとしています。 昆虫が家畜となった先、ヒトと昆虫の付き合い方はどう変化するのでしょうか。家畜動物に対して多様な価値観や運動が生じてきたように、食資源としてヒトの命を支える昆虫に対しても、「昆虫の福祉」や「昆虫の倫理」といった新しい倫理観や概念が生まれるかもしれません。

そこで今回は、昆虫食の普及が進み昆虫の福祉が問題になった未来を想像し、愛護団体によって昆虫の飼育環境の改善とルール化が叫ばれるなか、家畜である昆虫と私たちヒトとの関係性と倫理について考えてみました。

ヤシオオオサゾウムシ幼虫の実物を見ながら、昆虫のウェルフェアについて考えた

ガイドライン検討の有識者会議の設定

今回のセミナーでは、食用昆虫がタンパク質の供給源として急速に拡大している架空の未来の設定でワークを行いました。具体的には、食用昆虫として養殖が普及した(という設定の)ヤシオオオサゾウムシの幼虫についてその飼育実態に関する一本の告発動画が波紋を広げ、食用昆虫のウェルフェアに関するガイドライン制定に関する議論が巻き起こっているという未来の状況を仮定しました。

ディスカッションのための資料として参加者には「昆虫ウェルフェアの考え方に対応した食料用ヤシオオオサゾウムシの飼養管理および殺処分等にかかるガイドライン(試案)」という架空のガイドライン案を配布しました。「昆虫ウェルフェア」の定義や食用昆虫の管理方法、必要栄養量、飼養施設の環境、殺処理方法に関するレギュレーションが定められています。

そして、参加者は、農産食料省 *1 によって開かれる「食用昆虫のウェルフェアに関するガイドライン検討有識者会議 *2」に出席することになった消費者または生産者という設定に身を置いて、ガイドラインの制定に向けて何を提案するかを考えました。

*1,2 「農産食料省」および「食用昆虫のウェルフェアに関するガイドライン検討有識者会議」は、今回のセミナーのために設定した架空の組織・会議です

企画・運営に携わる学生が設定を説明

ディスカッションを経て

参加者はグループに分かれてディスカッションを行い、最終的にワークシートにまとめたものを発表し合いました。詳しい内容については、学生がレポートにまとめてくれました。この下に載せているのでご覧ください!

セミナーの最後には、ディスカッションを経て「もやもやしたこと」、「面白かったこと」を参加者一人ひとりが発表し、発言者がウェルフェアという言葉に込める意味の多様さや、生産者/消費者の設定から素の自分に戻ってみての率直な疑問なども垣間見えました。

グループごとに話し合った提案をプレゼン

参加者からの感想の一部

  • 「生物、無生物問わず、他者のウェルフェアの統一ルールのようななものがもしも見えたら面白そう」

  • 「無意識のうちに虫と他の動物との間で命の価値に差をつけてしまっているのではないかと思った」

  • 「個体レベルでなく集団(種)として存続させていることをウェルフェアの一論拠とできないか、という考え方が議論されたのが印象的だった」


参加学生のレポート

執筆:内藤 英理香/OEGs5期生、森林科学専攻 修士1年

One Earthology Seminar「虫」1st round のテーマは「“家畜”になった虫 —昆虫の福祉に向き合う」でした。想定するのは、食用昆虫が普及し、昆虫が人間の手によって品種改良され大量生産されるようになった社会です。そこで問題になるかもしれない食用昆虫の福祉について、仮想の「食用昆虫ウェルフェアに関するガイドライン案」に対し有識者として提言する設定で、議論しました。

ワークでは、虫にとっての福祉は、十分な餌を食べ、生存し、繁殖によって最も個体数が増加することにあるのではないか、という意見が多く挙げられました。私もそう考えた一人です。この考え方に従うと、虫の福祉を追求することは、人間が食用昆虫に期待することと重なる可能性が指摘されました。すなわち、虫の福祉のために、餌が十分にあり天敵などの死亡要因が少なく、成長と繁殖がしやすい環境を整えることは、質の高い個体を大量に生産したい人間の願望も叶えることになるということです。

これまでの家畜の福祉はしばしば生産効率と天秤にかけられる問題として認識されてきました。それと比較すると、家畜としての昆虫は双方の要求を満たせる点で、実は希望が持てる解決策なのかもしれません。一方で、人間の視点で勝手に昆虫の幸せを定義しているだけに過ぎません。それにも関わらず、人間にとって都合の良い定義となれば、人間の求めるところを満たすことが全て昆虫の福祉にもなる、といった極端な解釈に偏る危険性も孕んでいそうです。

将来、本当に昆虫の福祉を考えなくてはならない状況になるかはわかりません。しかし、現在はまだ倫理や福祉の概念が広く適用されていない昆虫を題材に、福祉を議論することを通して、そもそも人間が人間以外の動物に対して福祉を保障するとはどういうことなのかを考えるきっかけとなりました。その動物にとっての本当の幸せを人間が知る由はありませんが、あくまで人間の視点からより「幸せ」だと考える選択肢を、一度人間の利益と切り離して精査することが必要だと思いました。

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