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デザイン会社の仕事をやめて、家庭に入り4コマ漫画で、これまでの人生を振り返ってます。出…

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デザイン会社の仕事をやめて、家庭に入り4コマ漫画で、これまでの人生を振り返ってます。出産、子育て、離婚、再婚、子供達の自立、夫婦二人の生活、夫の死、再び訪れたシングルライフ。気づいたらもう60代半ば過ぎて、忘却力と闘いながらの日々です。

マガジン

  • "ゴースト夫"に会いたくて

    67歳にして最愛の夫を亡くしてからの日々を4コマ漫画でまとめています。

  • 〜家族らしく家族する〜

    母子家庭をしていた43歳の私が、かつてプロポーズされた人に再会し、ついに二度目の求婚で再婚する。大人と子供二人が家族らしく家族していく日々の漫画です。

最近の記事

妄想が止まらない

最近、困ったことに、私と同じように夫に先立たれた友達が増えて来まして、まあこれは世の中一般の高齢者の男女比率から見ても、当然と言えば当然のことなのかもしれませんが、なんだか世の殿方には申し訳ないという気持ちになってしまいます。しかし、妻に先立たれてしまった男性も、あまりはつらつとした感じがなく、むしろお気の毒にしか見えないので、どちらとも言えない気がします。 ことわざに「男やもめに蛆がわき、女やもめに花が咲く」とあるように、これは独り暮らしの男は家事がおろそかで不潔になりが

    • 人生で二度プロポーズをした人

      実は、夫は私の人生でなんと二度もプロポーズをした人でした。一度目は大学時代でした。 話を18歳の高校3年生の時に戻すと、私は中学も高校も美術部で、大学は美大に行きたかったのですが、母と兄の二人に美大はお金もかかるし、まともな仕事にもつけないと反対され、当時素直だった私は仕方なく普通の大学の経済学部に入ったのでした。そして、その大学の4年の時に同じクラブの5歳上の0Bである夫と知り合ったのです。 美大は諦めたけれども、どうしてもグラフィックデザインの仕事をしたかった私は、4

      • よろしくお願いしまーす!〜家族になる前その10

        Xmasソングが流れる頃、「おじさん」は、私達家族との関係を責任とれる形にしたいと、結婚決意表明をしました。うどんすきのお店で、周囲がざわついているにもかかわらず、「おじさん」は3人の前で、自分の思いを熱く語りました。「家族になろうよ」という言葉は使いませんでした。 キーワードは「大切にしたい」だったように思います。その言葉と思いは息子の心をストレートに撃ち抜いたようで、いきなり立ち上がると、部活を始める際の語尾を間延びさせた口調で応じたのには一同びっくりしました。 その

        • 母の結婚について語る子供たち〜家族になる前その9

          突然、一緒のお墓に入ろうプロポーズを受けましたが、多感な年頃の中学生と高校生の子供達がいる母親は、「はい、そうします」と、すぐには受入れられないものがあります。自分の母親に相談しても、「子供が小さいならまだしも、あんな大きい子供達がいるんだから結婚は無理でしょう。別に今のまま、つき合っていたらいいじゃない。」と、あっさり再婚に否定的。子供達は、そんな私に気付いてか、きょうだいで私の再婚について話し合っていたのだそうです。後でその話を聞かされたのですけれども、娘の大人びた考え方

        妄想が止まらない

        マガジン

        • "ゴースト夫"に会いたくて
          7本
        • 〜家族らしく家族する〜
          11本

        記事

          それってプロポーズ?〜家族になる前その8

          今日の漫画は、ドキュメンタリータッチです(笑) ドキュメンタリードラマの途中で、出演者がコメントを入れたりするのって面白いですよね。今回の4コマ漫画は、あんなイメージで見てください。 息子のコメントはいつも想定外で、「わけわかんない」ってなります。どういうことか解説しますと、当時、中学生の息子は、おじさんくらいの年齢のひとは、世の中みーんな結婚しているものだと思っていたようです。 だから、お母さんは、いけないひととつきあっている、ずっとそう思っていたそうです。だとしたら

          それってプロポーズ?〜家族になる前その8

          みんなB型〜家族になる前その7

          よくマイペースなB型と言われますよね?残念なことというか、当然なことというか、私達家族も「おじさん」も、なんと全員B型でした。旅行の初めの頃は、「一緒に○○しよう!」と、4人揃って、トランプしたり、ゲームをしたり、カラオケをしたり、涙ぐましいくらい一生懸命「家族をする」ことに頑張りました。けれども、回数を重ねるごとに、ほぼ典型的なB型パターンになり、全員だんだんと落ち着くべきところに落ち着いていきました。一緒に何かをしなくても、思い思いにくつろげれば、それはそれで楽しい旅行な

          みんなB型〜家族になる前その7

          四葉のクローバー

          これまで「死」というものを深く考えて来ませんでした。 父や母、義父を見送り、その度に「死」というものを目の前で体験しましたけれども、何故か夫の「死」だけは、あまりにあっけなく逝ってしまったせいもあり、もしかしたら本人が「死」に気づかず身体から抜け出して「意識」として、その辺にいるのではないか、そんなことを思ってしまいます。 なぐさめの言葉かもしれませんが、会う人が口を揃えて、「大丈夫、あなたのそばにいるわよ」と言います。以前の私だったら「いるのかな〜?」くらいに考えていた

          四葉のクローバー

          いつも同じ服の人〜家族になる前その6

          「家族になる前」をブログに書き始めて思ったこと、日常のささやかな出来事は、カメラなんかではなく、感度の良い心のシャッターで思い出に収めていきたいですよね。丁寧な育児が出来ていなかったとしても、子供達のかわいい瞬間を見逃さずに心に焼き付けておけば、私のように、長い年月がたった今でも、ふっとそのシーンが蘇ります。 息子はどうでもいいようなことに記憶力が良く、時々驚かされました。おじさんは会社の営業職でしたからスーツは何着も持っていたし、仕事で人と会う時の服装にはとても気をつけて

          いつも同じ服の人〜家族になる前その6

          夫と靴下

          夫と再婚してまもなく、子供たちから夫の誕生日には何をプレゼントしたらいいか相談されました。再婚するまで独身貴族だった夫は、ブランド品のいいものを身につけていたので、私達のような母子家庭家族だったものがプレゼントして喜ばれるようなものは、なかなか思いつきませんでした。 そんな時、イニシャル入れてくれる靴下のお店を見つけ、これならオリジナルなプレゼントらしくていいね、ということになり、娘がプレゼントしたら、とても喜んでくれました。ところが、夫のきょうだいファミリーからもオフタイ

          夫と靴下

          僕は歌わない!〜家族になる前その5

          リゾートホテルに宿泊した時、最初の頃はプレステで「みんなのGOLF」をやったり、トランプゲームをしたりして盛り上がりました。そうすると、「おじさん」はすぐに調子づき、順位をつけて誰が何回1番になるか競争しようと言い出しました。子供達に競争心を煽って盛り上げたい気持ちはわかるのですが、たいてい自分が一番になり、「やっぱり僕が一番だ!」(←大人げない)となるので、子供達は若干面白くありませんでした。もともと勝ち負けのあるゲームが嫌いな娘は、だんだんとやりたくなくなりました。そんな

          僕は歌わない!〜家族になる前その5

          大人の事情〜家族になる前その4

          寒い冬、日光江戸村に行きました。子供はこういうところが喜ぶだろうという「おじさん」なりの企画でした。子供達は大喜び。しかし、迷路には苦戦。今思うと「格言」がキーワードだったんですよね。そんなこともよくわからず、皆で右往左往しているうちに、どんどんと時間は過ぎてしまい、漫画のような結果に。 最後は息子が板塀を押した途端、クルっと回転。「みんな、こっちだよー」「でかした!」となったのでした。日光江戸村で、大人の事情をふりかざしてもダメなんだということを学んだ「おじさん」でした。

          大人の事情〜家族になる前その4

          カウントしてたんだ〜家族になる前その3

          ある日のこと、男同士で野球観戦に行くことになりました。あの当時、人気だったSHINJOの出ている日ハムの試合でした。しかし、息子にとっては、野球を観ることよりも、私抜きで「おじさん」と二人きりになるということに不安があったかと思います。そんな息子の気持ちを察することなく、マイペースでいつも通りの野球観戦を楽しむ「おじさん」。 「おじさん」はビールや水割りセットを注文して隣でいい気持ちになるわ、トイレには立つわ、その度に息子はひとりぼっちにさせられ、このまま置いてかれちゃうの

          カウントしてたんだ〜家族になる前その3

          海老の尾っぽ〜家族になる前その2

          私は母子家庭時代、夕飯を作って冷蔵庫にしまってから会社に出かけるか、家に帰ってから大急ぎで夕飯のしたくをして、子供達と一緒に夕飯を頂くのが唯一の憩いの時間でした。 真夏の暑い時期など、大急ぎで汗かいて部屋に戻り、洋服を脱いで下着のままエプロンをつけてご飯のしたくをする、なんて、とてもひとには見せられない状況もありました。どうしても仕事で帰れなくなった時は、3人分親子丼の出前をとって先に食べていいと言っていました。しかし、それはまれで、ほとんどは、お肉屋さんのトンカツより安い

          海老の尾っぽ〜家族になる前その2

          夏休みの作文〜家族になる前その1

          私が大学の先輩だった今の夫と20年ぶりに再会したのは、私が42才で夫が47才の時でした。当時、二人の子供を育てながら必死に働いていた私を、夫は子供達と一緒に4人で旅行に行こうと誘ってくれました。それは、とってもありがたいお誘いだったのですが、子供達にとっては、母子家庭だった家族の中にいきなり出現した知らない男の人ということで戸惑いがあったのではないかと思います。「家族になる前」シリーズは、そんな夫と私が再婚して家族になるまでのエピソードを思い出しながら、4コマ漫画にしていきた

          夏休みの作文〜家族になる前その1

          大切に保管〜"ゴースト夫"に会いたくて〜

          亡くなった人の遺品というのはなかなか片付けられないということをよく聞きます。その人が日常身につけていた衣類、使っていたもの、趣味で集めていたもの、そういったものは、すぐに捨てるにしのびなく、しばらく放っておこうという人が多いかと思います。 そんな中、私は夫が亡くなった翌日、心配して来てくれた娘に手伝ってもらい、夫が日常着ていた衣類、意味なくとってあった書類などをゴミ袋にどんどんと詰め込み、膨大な量を一気に処分しました。夫の衣類の入っていた箪笥は空っぽになり、その大胆な捨て方

          大切に保管〜"ゴースト夫"に会いたくて〜

          じわじわと喪失感〜"ゴースト夫"に会いたくて〜

          夫が突然いなくなるなんて正直想像すらしませんでした。 なぜなら、夫は退職以来、ほとんど家にいたので、私は毎日一緒にご飯を食べ、一緒に散歩に出たり、また日常の買い物に付き合ってもらったりと、夫がいることが当然という生活を送っていました。 それが、夫は突然のコロナ感染で、クリニックに行くと行って出かけて、そのまま帰らぬ人となってしまったのですから、私達家族はその事実を受け止めるのに時間がかかりました。ただ、そんな状況であっても、葬儀はやらなくてはならないし、死後処理も膨大にあ

          じわじわと喪失感〜"ゴースト夫"に会いたくて〜