踊竹前夜

短編小説を書きます。 よく分かんないものが好きです。

踊竹前夜

短編小説を書きます。 よく分かんないものが好きです。

最近の記事

森見登美彦

「そして、その味が無類なのですよ。」 「それは、結構なことですね。」 彼女は自分の爪を眺めながら、さも興味なさげに答えた。 大して手入れのされていない髪に比べ、彼女の爪はやけに綺麗だった。 健康的な桃色の爪は、雲型定規を用いて製図したのではないかと思わず疑ってしまうほど完全な弧を描き、敢えて例えるならばそれは激流に揉まれ完全な球体と化した小石のような、奇妙な神秘性があった。 「———ところで、あなた。今食物に対して『無類』という言葉を使いましたが、森見登美彦作品が好きだったり

    • 本場のたこ焼きを食べさせる男

      「なあ、『本場のたこ焼きを食べさせてくる男』って知ってるか?」 「いや、知らない。何それ。長いし。」 「都市伝説なんだけどさ。」 「都市伝説なんだ。」 「最近このあたりで出没するらしいんだ。」 「へえ。」 「この間、俺の母親が遭遇したらしくてさ。」 「はあ。」 「会うなり『本場のたこ焼き、食わねえか?』って言われて。」 「うん。」 「最初は断ったらしいんだけど、結局食べることになったんだって。」 「それは単に、たこ焼き好きが高じておかしくなった人じゃないのか。」 「いや、こ

      • 短編小説 路照らしは、今日もにぎやか

              路照らしは、街灯に似た生物だ。 路を照らすことを生業としている。 今日も積雪は照らされ、青白く光っている。 辺りに人気はなく、路照らしたちは何のために路を照らしているのか分からなくなっていたが、今まで路照らしとして路を照らすうちに自然と生まれたプライドと責任感が、彼らの原動力だった。     突然、猫が横切った。 どうやら必死に寝床を探しているようだ。 汗が飛沫となるほどに素早く駆け、もふもふの毛は湿り、ぐったりとしている。 そんな都合も知らない路照らしたちは「あ

        • 短編小説 まったく最近のクジャクは派手すぎる

              「まったく、最近のクジャクは派手すぎる。そうは思わんかね。」 リビングで新聞を読んでいたおじいさんは、唐突にそう言った。 「うん、そうだよねー。」 私は猫がバク転する動画を見るのに夢中だったので、適当に返事をした。 「分かるかね。」 「うん、分かる。」           動画では、バク転を見事成功させた猫が黒光りするシルクハットを左胸のあたりにくっつけて、恭しくお辞儀をしていた。 「ひゅ~ひゅ~」と歓声の効果音が鳴って、あちこちからおひねりのチュールが飛んでくる。

        森見登美彦