Let's image unknown creatures part 3〜生物多様性から未知の生物を考えてみよう〜
皆さんは、この地球上にまだ発見されていない生物がどれ位いると思いますか。
「きっと、ほとんどの生物はもう発見されているでしょう」
「いやいや、まだまだ発見されていない生物はいるでしょう」
恐らく、皆さんも様々な印象をお持ちのことと思いますが、学問的には地球上にまだまだ未知な生物が数多く眠っていると考えられています。これは私の通う大学の教授から伺った話ですが、実際に宮城県の志津川という場所ではどうも同定(注 1 )できないクラゲが生息しているようです。つまり、未知な種類のクラゲが志津川周辺で生息していることになります。こう言っては何ですが、そのクラゲの見た目はすごくショボいです。しかし、この話を聞いた後にもう一度そのクラゲを見てみると、やはり生き物の世界は奥が深いなと思うわけです。そんな全てが明らかになっていない生物の世界を、今回は生物多様性という視点に立って見て行きたいと思います。
さて、近年は生物多様性の保護が盛んに叫ばれていますので、生物多様性という言葉自体は皆さんにとっても馴染み深いと思います。しかし、生物多様性という言葉だけが一人歩きをして、具体的な中身までは余り馴染みがないのではないでしょうか。そこで、先ずは地球上にどれだけの生物種がいて、またその内訳がどうなっているのかを見てみましょう。現在知られている範囲内に限って言えば、地球上の生物種の数は何と約 190 万種にもなります。我々ヒトを含めて 190 万種もの生物が存在しているというのですから、それだけで種の多様性(注 2 )があることはお分かり頂けると思います。次に、その生物種の内訳がどうなっているのかについて、図 1 を見てみて下さい。図 1 を見て頂ければ分かる通り、全生物種の内昆虫が半分以上の割合を占めています。つまり、昆虫類は地球上に 100 万種ほどもいることになります。中々すごい数字ですね。とは言っても、この内訳は実際の生物種の内訳と食い違う部分が多いと予測されています。どういうことかと言うと、地球上で未だ発見されていない生物種を加えると、実に 3000 万種もの生物種が存在すると見積もられているためです。 190 万種という数字でも十分驚きに値するかもしれませんが、実際はその 15 倍もの生物種が存在しているというのです。このことから、我々の住む地球上でさえ、未知な生物に溢れていることがお分かり頂けると思います。従って、先ほど述べたように、我々の身近なところで未知な生物が生息している可能性は十分にあるのです。これだけで、もう好奇心が刺激されるのは私だけでしょうか。
図 1 多様な生物の種数(注 3 )
しかし、ただ数字だけを並べてみたところで、今一つ納得できない方もいらっしゃると思います。と言うのも、我々にとって身近な哺乳類などではほぼ全ての生物種が特定されており、今後新たな生物種が見付かる可能性は非常に低いからです。こうした事実を踏まえると、一体どんな系統で未知な生物が存在しているのかという疑問が起こるのは当然です。前回考えた深海生物ならいざ知らず、それ以外の場所で一見秘境めいた場所などなさそうにも思えます。そこで、一体どんな生物が日の目を浴びずに生息しているのかを考えてみます。
先ず、図 1 で余り大きな面積を占めていない原核生物は、まだまだ新種の生物種が存在すると考えられます。原核生物とは我々のような真核生物と異なる種類の生物で、厳密にはバクテリアとアーキアに大別され、それぞれ細胞膜の構成物質などが異なっています。ただし、何れも細胞生物学的には核や細胞内小器官を持たない、染色体とは異なる環状 DNA (プラスミド)を持つなどの特徴があります。このような原核生物達ですが、目に見えないだけで本当は私たちの周りにうようよといます。例えば、皆さん自分の手を見てみて下さい。一見すると何の生物もいないように見えるかと思いますが、そこには多くのブドウ球菌という原核生物が潜んでいます。また、口の中にもブドウ球菌を始め多くの原核生物が生息していますし、胃の中でさえピロリ菌という原核生物が暮らしています。つまり、普段は意識していないだけで、私たちは原核生物に囲まれて生活しているのです。しかし、この至るところに原核生物がいるということがネックとなり、未だに発見されていない原核生物が数多くいると考えられています。例えば、 2015 年に真核生物と最も遺伝的に近い原核生物が発見されています(注 4 )が、発見場所が何と北極中央海嶺の海底熱水系のコアです。この発見は生物の進化を考える上でも非常に興味深いのですが、本筋から外れてしまいますので、取り敢えず発見場所にだけ目を向けてみて下さい。海底の熱水系に生息している生物というだけで、ヒトでは考えられないような環境に適応していることが分かるかと思います。他にも、火山付近の高温となる場所や深い地中内部にも原核生物が発見されており、今後も未知な原核生物が見付かる可能性が高いと考えられています。従って、我々が簡単に調べることのできない極限世界では、日の目を浴びていない原核生物が数多く生息している可能性が高いのです。実際、既知の原核生物における種の数は本来の原核生物における種の数の 10 % 程度の値と推測されており、もし全ての原核生物が発見されれば図 1 の分布は大きく変化するでしょう。単純な生物ということで人気のない原核生物ですが、環境への適応能力の高さは真核生物と比較して群を抜いています。
次に、昆虫以外の動物という部分で、地面の下に生息する線虫類も未発見の種が多いのではないかと考えられています。線虫は線形動物の別称で、例えばイカに付着しているアニサキスなども線虫に分類されます。また、2021年にアメリカのモノ湖で発見されたヒ素耐性を持つ新種の生物も線虫でした(注 5 )。このように水圏に生息することが多い線虫ですが、土壌中にもかなりの数が生息しているのではないかと推測されています。具体的な数字を挙げれば、森林の腐食層には単位面積当たりに 1 千万匹以上の線虫が生息しているという研究結果があるそうです(注 6 )。かなり驚異的な数だと思いませんか。しかし、話はそれだけに留まらず、土壌は深海並か、或いはそれ以上の秘境とも言える場所であることから、土壌の中を本格的に調べれば未知の線虫が数多く発見される可能性が非常に高いです。原核生物では既知の生物が全体の 10 % 程度と見積もられていると述べましたが、線虫の場合は既知の生物が全体の 1 % 程度の数であると推定されています。つまり、残り 99 % の線虫は未だに知られていないというのです。高いヒ素耐性を持つ線虫のように、我々が想像もできないような極限環境で生息する線虫がまだまだ眠っている可能性があります。
最後に、図 1 で最も大きな割合を占めている昆虫ですが、昆虫もまた未知の種が数多く存在していると考えられています。昆虫は当たり前のように身の周りに溢れているため、余計な解説を加える必要はないと思いますが、系統的なことを軽く述べると節足動物に分類されます。節足動物にはクモやムカデ、カニ、エビなども含まれ、体節構造を採用しており、また体を外骨格で覆っていることが特徴です(注 7 )。現時点で 100 万種も知られているのにまだいるのかと驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、昆虫も発見されている数は全体の種の数の 10 % 程度と見積もられています。つまり、単純に言って 1000 万種はいると考えられます。一体どこにそんな昆虫がいるのかと訝しがられるかもしれませんが、未知の昆虫が眠っている場所の候補地は幾つかあります。1つ目の候補地は、熱帯雨林です。熱帯雨林は植物の多様性が非常に高いことから、ポリネーター(植物の花粉を同種の植物に運ぶ生物)としての役割を担う昆虫も多様性が高くなります。このような現象は一般的に共進化と呼ばれており、植物が進化することで、その植物に適応する形で昆虫も進化して行きます。有り体に言えば、熱帯雨林の多様な植物に専属のポリネーターがつく形で、昆虫は進化をしています。そのため、熱帯雨林には数多くの未知な昆虫が眠っていると考えられます。2つ目の候補地は、意外なところで砂漠です。乾燥した砂漠に多様な昆虫がいるということは直観に反することですが、少なくともハナバチの多くは砂漠で観察されています。例えば、米国とメキシコに跨るチワワ砂漠では、何と 500 種程度のハナバチが生息していることが分かっています(注 8 )。なぜ、環境としては余り宜しくない砂漠に生息しているのかと言うと、ハナバチの病原体となり得る真菌が熱帯雨林の湿った土壌に数多く存在しているためと考えられます。敢えて乾いた土壌を持つ砂漠に暮らすことで、病原体から距離をとるという戦略をとっていると推測できます。また、昆虫はクチクラの外骨格を持つことから、乾燥による体内の水の発散を多少は抑えることができます。このことから、砂漠という乾燥した土地にも未だ見ぬ昆虫が眠っている可能性が高いです。以上のように、昆虫に関しても直観的な熱帯雨林から非直観的な砂漠まで未知な生物種が数多くいると考えられます。その数は何と 1000 万種。昆虫嫌いの人からすれば、嫌な数字だと思われることでしょう。
以上のように、未発見な生物種が多い系統としては原核生物と線虫、昆虫の3つが挙げられます。そして、この未発見な生物種というのは、異常な高温条件下や寒冷条件下、ヒトにとって有害な化学物質の濃度が大きい条件下、放射線量の高い条件下など信じられない場所で生息している可能性があるのです。未発見の生物がこの地球上に数多くいるというだけで驚きですが、その生息環境もまた驚きに満ち溢れています。我々がよく知っていると思っている地球でさえ、ちょっと視点を変えてみるだけで未知の生物に出逢うことができるのかもしれないのです。中々神秘的だと思いませんか。勿論、最初に述べたように海の表層を漂うクラゲであっても、まだ知られていない種は存在します。このような生物も合わせれば、地球も本当に未知な生物の宝庫だと言えるでしょう。ところで、今回は生物ということで余り触れませんでしたが、生物と非生物の間に位置付けられるウイルスも驚くほどの多様性に満ちていると想像されます。この地球上には、何と $${10^{31}}$$ ものウイルス粒子が存在しています。日本語の表現に直せば 100 穣のウイルス粒子ということになり、全く日常的ではない単位が登場しますね。これほどのウイルス粒子がある以上、ウイルスの多様性は他の生物多様性と一線を画していると考えられます。ウイルスにせよ、生物にせよ、我々はほんの一握りしか存在を把握していないことを実感できるのではないでしょうか。従って、未知な生物というのは全くもって未知な宇宙や、地球上の秘境である深海にまで目を向けなくとも、恐らくゴロゴロいると考えられるわけです。そう、夏に行く海の表面や、秋に行く紅葉スポットの地下には、ひょっとしたらどんな本を見ても同定できない生物が生息しているかもしれません。こう考えるだけで、何となくワクワクしてきませんか。
そろそろ長くなってきたため、この辺りで筆を置こうと思います。未知な生物を想像してみようということで、いたら面白い、或いはいるかもしれない生物たちを全3回に渡って考えてきました。全くもって謎に包まれた地球外生命体に始まり、地球上の秘境に生息する深海生物、ひょっとしたら我々の身の回りに生息しているかもしれない多様な生物という順番で見てきましたが、皆さんはどの生物に一番魅力を感じたでしょうか。私はどの分野にも魅力を覚えるため、中々一つには絞れません。是非、皆さんの考えも教えて下さい。最後になりますが、この記事のみならず、Let's image unknown creatures シリーズの全記事を最後まで読んで下さり、本当に有り難うございます。未知な生物について、少しでも興味を持って頂けたのなら幸いです。次回の生命科学エッセイでは、本記事でも少しだけ登場した生物の進化に焦点を当ててみたいと思います。
注釈
注 1 :同定とは、見つけてきた生物が何の種かを特定する作業のことを言います。生命科学では当たり前の作業で、もしどうしても同定できなければ、その生物は未知な種である可能性が高いです。
注 2 :生物多様性と一口に言っても、主に3種類に分けられます。先ず、今回話題にしている種の多様性で、これは単純な生物種の数で多様性が決まります。また、同種内であっても遺伝的に異なるのが普通であり、同種での遺伝的な豊富さを遺伝子の多様性と言います。例えば、ヒトでもアルコールに強いか弱いかなどの遺伝的差があり、このような遺伝的違いはたった一塩基の違いで生じることがよくあります。こうした一塩基の差を SNP(スニップ)と言い、ヒトゲノムでよく調べられています。最後に、生物と環境を一つのシステムとして捉えた生態系に於ける多様性もあります。生態系の多様性があるからこそ、その生態系に適応した様々な生物が生じるため、生物多様性の土台ともいうべき多様性になります。以上のように、生物多様性は生態系の多様性、種の多様性、遺伝子の多様性の3つの側面がありますが、今回は種の多様性という意味で生物多様性という言葉を使います。
注 3 :参考文献 1 の 3 ページ目の図を元にして、Numbersでグラフを作成しました。
注 4 :参考文献 2 の Nature ダイジェストの記事を参考にしています。我々真核生物はアーキアから分岐した生物であると考えられているため、真核生物と単系統群をなすアーキア(ロキアーキオータ門と名付けられました)が発見されたということでこれは驚きを与えました。生物の進化というのは非常に面白い問題なのですが、太古の現象であることから確かなことを述べるのは難しい問題でもあります。特に、アーキアと真核生物の分岐などは 20 億年以上前に起こったことであると考えられており、本論文でも可能性を示唆する程度に留められています。ただし、最近では分子進化論も発展してきたため、真核生物内での進化は一昔前の仮説がかなり修正されています。
注 5 :参考文献 3 の Nature 掲載論文を参考にしています。この論文によれば、この線虫はヒトの 500 倍近いヒ素耐性を持っています。ヒトの場合はヒ素耐性をほとんど持ちませんので、ヒ素中毒で死に至ります。まさに、和歌山カレー事件がそうだったため、ご存知の方も多いかと思います。被害者の方々のご冥福をお祈りいたします。
注 6 :参考文献 4 の 40 ページの情報を参考にしています。
注 7 :我々ヒトのように体の内部に体を支える骨格を作る動物を外骨格動物と言い、昆虫やエビのように体の外に骨格を作る動物を外骨格動物と言います。ちなみに、ミミズのように一見すると骨格を持たなさそうな動物は静水骨格を持っており、動物のような骨格を持たない植物はセルロースの細胞壁を骨格代わりに利用しています。外骨格を形成する物質としてはエビやカニがキチン質、昆虫がクチクラになります。節足動物は元々ムカデのような1体節1付属肢を採用しており、同じ機能を持つ体節を単に繋いだだけのシンプルな動物でした。その名残はエビを解剖してみれば実感でき、エビは1つの例外を除いて各体節毎に1対の付属肢を必ず持っています。ただし、付属肢はそれぞれ機能的に分化しているため、形状はそれぞれ異なります。昆虫になるとそれが更に押し進められ、無脊椎動物としてはかなり高度な生物になりました。
注 8 :参考文献 5 のナショナルジオグラフィックの記事を参考にしています。
参考文献
1:本川達雄 著 「生物多様性」 中公新書(2018/5/25)
2:T. Martin Embley & Tom A. Williams 「真核生物誕生のカギを握る原核生物を発見 」(2021/10/29閲覧)
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v12/n8/真核生物誕生のカギを握る原核生物を発見/65832
3:Natsumi Kanzaki, Tatsuya Yamashita, James Siho Lee, Pei-Yin Shih, Erik J. Ragsdale & Ryoji Shinya "Tokorhabditis n. gen. (Rhabditida, Rhabditidae), a comparative nematode model for extremophilic living"(2021/8/13)
https://www.nature.com/articles/s41598-021-95863-1.pdf
4:二井 一禎 「私たちの知らない線虫の世界」(2021/10/29閲覧)
https://www.nippon-soda.co.jp/nougyo/pdf/new001/001_038.pdf
5:ナショナルジオグラフィック 「なんと砂漠に世界一の多様性、約500種もハナバチが生息、なぜ?」(2021/10/29閲覧)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/093000474/?rss
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