学部長の教科書⑭ リーダーシップ編 第7ステップ 改善成果の定着とさらなる変革の実現
短期的成果をもとに根本的な改革に着手する
ステップ6で述べた初年教育改革、基礎ゼミナール改革は、新入生の成長をもたらすとともに、教員の協働体制をつくり、教員の心理的安全環境を生み出し、教育環境に変革をもたらします。これは学部改革の大きな一歩です。
ただし、第6ステップで短期的成果をあげる目的は、学部長に対する信頼感を獲得し、より大きな改革に手を付けるためです。第6ステップで例にあげた基礎ゼミ改革とは、「科目レベル」の改革に過ぎません。初年次教育改革で少し成果が出ただけで、「改革に成功した」と思い、「これ以上改革をする必要はないだろう」と思うことは禁物です。
かつて2000年代なかばに「初年次教育ブーム」が日本の大学で起きました。大学進学率が急上昇し、学生の多様化が進む中で、大学へのソフトランディング策の一つとして、アメリカで導入されていた初年次教育が注目されたのです。2008年に公表された中教審答申「学士課程教育の構築に向けて」では、大学に期待される取組として、「学習の動機付けや習慣形成に向けて,初年次教育の導入・充実を図り,学士課程全体の中で適切に位置付ける」と位置づけられました。大手新聞で「初年次教育が学生を変える」という記事が書かれたほど、当時は注目されていたのです。
しかし、多くの大学で行われた初年次教育改革は、初年次科目の改革“のみ”にとどまってしまったように思われます。初年次教育改革を起点として、学位プログラム改革や全学レベルの改革に波及させることができた大学は、それほど多くはなかったようです。その理由として、初年次教育改革での授業科目レベルの成果に満足してしまったことがあるのかもしれません。
ジョン・コッター教授も、第6ステップの成功の段階で早々と勝利宣言をすることに警告を発しています。『リーダーシップ論』から何箇所か抜粋して紹介しましょう。コッター教授の言葉には、成功事例だけでなく失敗事例を豊富に観察してきたんだろうなと思わされる含蓄を感じとることができますね。
次は学部レベルの改革に手を付ける
学部長も、初年次教育改革等、短期的に得られる成果を足がかりに、次のレベルの改革に繋げていくことにしましょう。学部長任期が短ければ、「次の改革は次の学部長にやってもらおう」という気持ちになるかもしれません。しかし、次の学部長がいきなり学部レベルの改革に取り組むことは、やはり難しいのです。学部長の任期と関係なく、次の改革をスタートさせるべきです。
では、次に学部長が取組むべき改革とはどのようなものでしょうか? それは、個人レベル、科目レベルから一段あげた、学部レベルの「組織的取組」です。
もちろん、一人の教員が学生に大きな影響を与えることは確かにあります。私自身を振り返っても、「恩師」と呼べるような先生との出会いは、自分の考え方や大げさに言えば人生を大きく変えたと言えます。大学とは教師と学生が出会う場所であることは間違いありません。たった1人の教員に触発され、劇的な変化を遂げる学生は常にいます。
他方、そうした偶然の出会いを期待するだけでは、大学教育は成り立ちません。たとえ学部に名物ゼミがあったとしても、その先生一人だけの力で学部全体の教育力が高まるわけではないのです。
大多数の学生は、1人の教員や1科目だけで突然目覚めたり、急激に成長するのではありません。むしろ、目的意識が希薄で主体的な学びが弱い学生であっても、授業科目を順次的・体系的に履修することで、徐々に力を伸ばしていくという考え方が、学部レベルの改革には求められます。これが、一言で言えば「教育の質保証」ということだと私は考えます。学部長は、学位プログラムの責任者として、「学部レベルの組織的な取組みを通じて教育の質保証を高めていく」という考え方が求められるのです。
では、組織的な教育改革とはどのようなものでしょうか?
例えば、カリキュラム改革はその中心となるでしょう。カリキュラム改革については、リーダーシップ編に続く、「学部長のマネジメント編」で十分に論じる予定です(すでにnoteでは過去にカリキュラム改革のプロセスについて詳細に論じています。「学部長の教科書」ではその内容がもとになるはずです)。他にも、以下のような内容が考えられます。
規程やルール改変に取組む
学部改革においては、今まで手を付けてこなかった制度やルールを変えることも重要です。例えば、初年次ゼミや専門ゼミのクラス編成方法やカリキュラムの中のコース設定などは、まさに教員の利害がぶつかる部分です。また、教授会メンバー全員が承知していない慣行が、誰の承認のないまま続けられているかもしれません。「前から疑問に思っていたことなんだけど…」といって不透明な部分に切り込んでいくことも必要でしょう。
私自身、現在の大学に着任した時に、「慣行ではこうなっている」ということを聞く度に非常に違和感を感じました。一部の教職員だけが承知している暗黙のルールが多いことは、新人にとっては大いにストレスになります。
特に、履修規定がわかりにくい点が問題だと感じました。例外的な文言が多く(「ただし、〜」とか「〜の場合は」など)、その解釈や運用は昔からいた教職員にしかわからないのです。また、文系学部と別のキャンパスにある薬学部ではそれぞれ履修規程が独立しており、このままだと学部が増えていくにつれて、バラバラの履修規程が増殖していくおそれもありました。
そこで、私は学長に提案し、全学教務委員会を設立してもらいました(それまで全学教務委員会は存在していませんでした)。そのような経緯もあり、初代教務委員長に就任しました。そして、最初の仕事として、履修規程の一本化に取り組んだのです。2つの学部の規程の共通部分を全学規程としてくり出し、各学部で異なる部分は細則として編成し直しました。その過程で、教務関係の教職員と喧々諤々の議論をしながら、枝葉の部分をかなり落とすことができました。
こうした制度や規則に関する改革には、当然ながら職員の役割は非常に大きくなります。このときも、職員の全面的な協力がなければ、私一人ではこんな仕事はとても取り組めなかったでしょう。教職協働は改革を進める上で不可欠です。
その後、学部長としても、学部内に明文化されたルールがなかったものを順次明文化していきました。例えば、授業の出席管理や3年次のゼミ編成の方法などは「申し合わせ事項」になりました。さらには、組織的な授業改善に関する「授業のガイドライン」、厳格な成績評価をめざすための「成績評価のガイドライン」など、学部全体のコンセンサスやルールを明文化したものは多くあります。
もちろん、申し合わせ事項やガイドラインは、拘束力のある規程ではなく、教授会のコンセンサスにすぎません。ただし、教授会での議論の末にルールが明文化されると、それが次の議論の出発点となっていきます。「これが慣例だから」という主張が通らなくなり、そもそも論を巡って揉めることが減っていきます。その反面、組織の安定性は高まっていきます。ルールとは、構成員を縛る窮屈なものというよりも、組織の公平な運営を保障するものだという考え方が大切なのです。
教員の採用と育成(FD)
私が学部長として特に重視したのは、教員の採用と育成です。もちろん、教員採用において学部長の意向が強く反映されることはほとんどありません。異動や退職する教員の意向、選考委員会の意向、教授会の意向、理事会の意向など、様々な考え方がぶつかり合うのが、採用人事です。その中では、学部長の意向などごくわずかしか反映されないのも事実です。
しかし、学部長としては、現在の学部改革の方向性に賛同してくれる人に一人でも多く加わってほしいと考えていました。例えば、募集要項に「専門教育以外に初年次教育も担当できること」とか、「教育や学内各種業務において、他の教職員と協働し、積極的に取り組める者」といった文言を加えてもらったこともあります。
また、面接のときには、「学部時代の先生との思い出はありますか?」という質問をして、候補者自身がどのような学部教育を受けてきて、それに対してどう評価しているかといったことを聞こうとしていました。「進学率50%を超えた今の時代に必要な学部教育とはどのようなものだと思いますか?」といった質問をして、学部教育を担う構えができているかどうかも尋ねたりもしました。
さらに、採用以上に重要なのが、着任後の教員の育成です。いわゆるFD(Faculty Development)といわれるものです。私は学部単位のFDはかなり時間を割きました。一人でも多くの教員に学部改革の方向性に理解を深めてもらい、教員協働の雰囲気を醸成するうえでは、FDは極めて重要な取組みです。
本学では、学部単位のFDは年2回実施することが決まっていました。私は、FDはワークショップ形式を組み込まないと意味がないと考えており、どんなFDでも2コマ分(180分)は時間をかけるようにしていました。特に、お正月休み明けの初日は、午前中に全学のイベントが入るだけで、午後に授業があるわけではないことに目をつけ、午後に研修会を実施するのが恒例になりました。この研修会には毎年、大阪大学の佐藤浩章先生や共愛学園前橋国際大学の大森昭生学長といった錚々たる講師陣に参加いただき、カリキュラム・マネジメントにつながるワークショップや、教学マネジメントのPDCAサイクルを回す仕組みを構想するワークショップなどを実施してきました。
翌年度着任する予定の教員を対象とした「着任前研修」も必ず実施していました。こうしたFDについては、「マネジメント編」でより詳しく論じていきます。
このステップで考えなければいけないことは、改革に協力してくれる教員にどう報いるかということです。
こんなにFD活動を行っていると、教員の負担は相当大きいのではないかという印象を受けるかもしれません。たしかに、「うちの学部のFDはとにかく長い」と言われたことがあります。それを負担に思っていた教員もいたかもしれません。また、基礎ゼミは担当者間の協働が不可欠であることから、担当者をまとめる「主任」には相当の負担がかかることも確かです。
そういった現場のリーダーをつとめる教員に報いる方法には、私自身悩みました。権限も財源も少ない学部長ができることは限られていました。私自身は、学部長裁量分の研究費を多少多めに配分するといったことしかできませんでした。改革に協力してくれる教員は、私から見たら「仲間」です。仲間だけを優遇していると見られることは避けたかったのですが、今から考えると、改革に協力してくれた教員に対する報奨制度等はもっと分厚くするべきだったと後悔しています。また、主任を引き受けてくれた教員に配分する研究費の金額を明文化するとか、教授会で正式に謝辞を述べるとか、昇任の基準として明記するといったこともあったはずです。これから学部長になる方は、学部改革に協力してくれる教員に対する報奨制度や表彰制度などを真剣に検討していただければ幸いです。
まとめ
今回のプロセスのまとめです。カリキュラム改革、規程の整備、FDの推進といった取組みから成果が得られるのはかなり長い時間がかかります。即効性のある改革ではないだけに、教員からは「なんのためにやるんだ」という声も上がりがちです。だからこそ、ステップ6で短期的な成果を出すことが求められます。そして、短期的な成果を通じて得られた信頼感をもとに、学部長は中長期的な改革に取り組むべきです。また、こうした改革は教育改革でありつつ、制度改革でもあります。制度はいったん変革できれば中長期にわたって慣性の法則が働きます。学部長任期期間を終えてもその成果は続くのです。
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