学部長の教科書⑳ マネジメント編「カリキュラムをマネジメントする」

学部長は、学部カリキュラムの責任者です。教学マネジメント指針では、次のように言及されています。

「学長・副学長や、学部長など個々の学位プログラムの構築・運営に責任を負う者(以下 「学部長等」という。)は、教学マネジメントの確立に主たる責任を負う管理者として、 本指針を参照することが最も強く望まれる者である」

中央教育審議会大学分科会「教学マネジメント指針」令和2年、6ページ

では、学部長はどのようなカリキュラムのマネジメントを行えばよいのでしょうか? それは「(1)現状のカリキュラムの課題を探る」ことから始め、カリキュラムに大きな課題があるようだったら、「(2)3つの方針DP、CP、AP)を再整備する」→「(3)よりよいカリキュラムを編成し、導入する」→「(4)カリキュラムを通じて学生が目標通りに学び、力をつけているかを点検・評価する」→「(5)その内容を社会に向けて公開するとともに、改善案を検討する」というサイクルを学部レベルで、組織的・継続的に回していくことです。それが、「学位レベルの教学マネジメント」の意味です。

カリキュラム改革に関しては、4〜5年前ほど前にこのnoteでかなり書いています。ここでは、それらの内容を参照しながら、上の5項目について、まとめていくことにしましょう。

(1)現状のカリキュラムの課題を探る

現在の大学教育では、学生が身につける知識やスキルを明確にし、学修者の視点にたったカリキュラムが求められています。しかし、学問体系堅持の発想が強すぎたり、新規教育ニーズを新たに追加したいといった様々な意図により、往々にして、科目数が膨れ上がり、学生からみて「わかりにくい」カリキュラムになってしまいがちです。そんなカリキュラムだと、履修の途中で「迷い子」になる学生が多く発生します。

一般的に、供給側の視点が強いと、科目数は増加しがちです。科目数が多いと時間割編成が難しくなり、結局のところ、学生の系統的な学修が妨げられる可能性が高くなります。(2019年6月5日作成 「科目数の少ないカリキュラムをどう作るか(1)」)。

では、適正な科目数とは何によって決まるのでしょうか? 私は、小規模大学においては、「教員数」を最優先で考えるべきだと思います。科目数が多いと、非常勤依存率が高まり、組織的な授業改善を進めようと思っても困難な状況が生じます(非常勤の先生にFD研修を受けてもらうことは可能でしょうか?)。また、教員数が足りないために隔年開講科目が出てくるなど、学生の体系的な履修が困難になる状況が生じます(2019年6月24日作成「科目数の少ないカリキュラムをどう作るか(3)」)。

単純化して言えば、「総科目数を制約する最大の要件は、学部に所属する教員数である」という原則について、学部教員全員の理解を得ることが第一歩です(2019年6月22日作成「科目数の少ないカリキュラムをどう作るか(2)」)。

現在、多くの大学で、入学者の減少に伴い定員割れが起きています。新規性を取り込んだカリキュラムを導入するといった積極的な対応策が導入される大学もあるでしょう。一方で、高等教育の修学支援新制度の要件を満たすために、入学定員の縮小を進めている大学も少なからずあります。「定員の規模縮小」によって設置基準上の教員数も減少します。それに基づいて新規教員の採用が抑制される方針がとられることもあるでしょう。いずれにせよ、近いうちにカリキュラムの改変は避けられません。新機軸を導入するためであれ、教員数が減少するためであれ、教育の質を維持したり高めるためには、逆説的ですが、カリキュラムの科目数を減少させる必要があるからです。

(2)3つの方針を再整備する

まず着手すべきは「3つの方針の再整備」です。間違っても最初に学科目標を見ながら、「どの科目を減らして、何を追加しようか」などと考えてはいけません。

私自身、前任校前任校である九州国際大学法学部で手掛けたカリキュラム改革では、約100科目から約50科目へと科目数を半減させることができました。それが可能になったのは、最初に3つのポリシーを再構築し、「科目の達成目標はDPにもとづいて学部全体で決定すべき」という方針を共有したことと、教員数から適正な科目数を算出し、教授会での合意形成を丁寧に図るというプロセスを踏んだことによってだと考えています(2019年6月30日作成「科目数の少ないカリキュラムをどう作るか(4)」)。

北陸大学経済経営学部では、改革の第一歩として、やはりいきなりカリキュラム改革に着手することはしませんでした。まず学部のビジョン(「教育改革を通じた地域貢献」)を明確にするとともに、教育ミッションの再定義(「”マネジメント力”を持つ人材育成」)を行いました。また、教育ミッションを実現するために、バリューとでも言うべき教育方針(「学生を信頼する」、「正課プログラムへの選択と集中」)を明確化し、教員間でのコンセンサス形成を図りました(2019年10月20日作成「『科目数の少ないカリキュラムをどう作るか』北陸大学経済経営学部編その1」)。こうしたプロセスが、実はカリキュラム改革の基盤となったのです。

(3)よりよいカリキュラムを編成し、導入する

その後、2017年度からカリキュラム改革がスタートしました。まず、学部内の各分野から改革に前向きなメンバーを集め、職員を含めたカリキュラム改革ワーキンググループを立ち上げました。ワーキンググループでは、立場や職位に関係なく自由な議論を行うようつとめました。教員ではなく職員が議論を主導することも珍しくありませんでした。

ワーキンググループでは1年間で20回近い会議を実施しましたが、その都度教授会に報告し、教授会でも丁寧に議論を重めていきました。最も重要なステップは、初期に「カリキュラム策定の基本方針」を定めたことです。200科目あった科目数を120科目程度に削減すること、DPに紐付かない科目は配置しないこと、シラバスは組織的に管理すること、などを「カリキュラム策定ポリシー」として定めました。これも教授会で共有し、承認を得ることができました。

このような、ワーキンググループと行ったり来たりを繰り返しながら教授会での合意形成を重視するやり方には時間がかかります。しかし、私は、ワーキンググループだけが一方的にカリキュラム改革を主導するのではなく、あえて時間のかかる方法をとりました。それは教授会全体が「自分たちが作ったカリキュラム」という意識を持ってもらうためです(2019年12月16日作成「『科目数の少ないカリキュラムをどう作るか』北陸大学経済経営学部編その2」)。

なお、ここまでの一連のプロセスは、「学部長の教科書③ 学部長のリーダーシップとマネジメントのフレームワーク」で示した「学部変革の8段階」を再びなぞっていることに気づかれた方もいらっしゃるでしょう。 

①「カリキュラム改革が緊急課題であるという認識の共有」、
②「強力な推進チームの結成」
③「ワーキンググループでのビジョンの策定」、
④「教授会でのビジョンの伝達と共有」
このプロセスは、リーダーシップ編で説明した初年次教育改革導入の時とほぼ同じです。カリキュラム・マネジメントにおいても、「変革」をもたらすためには、学部長の「リーダーシップ」が必要になるのです。

ただし、初年次教育改革と違うのは、少人数のワーキンググループによる取組みと同時並行的に、教授会という場において学部教員全員が参画する仕組みが組み込まれていることです。特に、
⑤「ビジョン実現に向けた教員の支援」
では、上で述べたように、学部教員全体の認識の変容を意識し、学部レベルのFD研修を何度も行いました。この点はFDの回で詳しく述べます。

その後、カリキュラムツリーや履修規程等を策定し、科目数削減に向けた具体的な検討の基盤を整えました(2019年12月24日作成「『科目数の少ないカリキュラムをどう作るか』北陸大学経済経営学部編その4」)。こうして、「1分野10科目」という明確な目標を設定し、300科目あった総科目数を200科目(要卒科目120科目、自由科目80科目)にまで削減することができたのです。

科目数を削減し、スリムなカリキュラムを導入できた鍵は、「科目主義」からDPを基軸とした「カリキュラム主義」への教員の認識の転換と、WGでの自由でフラットな議論の雰囲気を保ちながらも、設定した原則や目標を最後まで堅持したことです。このプロセスを通じて、教員たちの間に「自分たちのカリキュラム」という当事者意識が醸成され、教授会での全員一致での承認につながったのだと考えています(2019年12月26日作成「『科目数の少ないカリキュラムをどう作るか』北陸大学経済経営学部編その5」)。

(4)カリキュラムを通じて学生が目標通りに学び、力をつけているかを点検・評価する

実は他にもいろいろありましたが、なんとか2019年に経済経営学部新カリキュラムが導入されました。このカリキュラムに関する点検・評価については、カリキュラム・ポリシーの中で次のように定めました。

「カリキュラムの点検と評価」
本カリキュラムについては、質保証の観点にもとづき、 「学部」「学生」「外部」のそれぞれの立場から、「履修情報」「DP ルーブリック」「質問票や聞き取り調査」等の情報や手法を用いて、「履修傾向」「教育成果」「社会的ニーズとの適合性」に関して、毎年点検と評価を行う。
「誰が」
① 経済経営学部教授会
② 経済経営学部学生
③ 有識者、地域企業及び行政関係者からなる外部評価委員会
「どのように」
① 学生の履修に関する情報(履修科目等)にもとづく分析
② DP ルーブリックにもとづく学年ごとの学生の自己評価
③ 各種アンケート調査
「何を」
① 学生の履修状況が想定されていた通りになっているか。
② DP 到達に向けた教育成果があがっているかどうか。未到達の学生の割合やその原因は何か。
③ 本カリキュラムによって育成される人材が社会的ニーズと合致しているか

経済経営学部教育課程編成方針(CP:カリキュラムポリシー・フルバージョン)2018/02/09 確定版

実際、導入後1年目の終わりに、「有識者、地域企業及び行政関係者からなる外部評価委員会」を開催し、学外の錚々たる方々から意見をいただくという機会が得られました。

2020年1月6日開催、カリキュラム評価委員会

学生が主体となる「学修成果」については、「DP ルーブリックにもとづく学生の自己評価」を半年ごとに実施しており、この方式は現在まで続いています。

この中には、「GPAとDP到達度自己評価の比較」といった項目も組み込まれています。えてしてGPAが低い学生はDP到達度を高く評価しがちですが、その自己評価が適正であるかを一考してもらう仕掛けです。これは、「適正な自己評価能力」を少しずつ身につけてもらおうという工夫の一つです。

DP自己評価の入力画面の一部

(5)学修成果や教育成果や内容を社会に向けて公開するとともに、改善案を検討する

カリキュラム改革はそれ自体が目的ではありません。教学マネジメントとは、単に学修成果や教育成果を可視化し、それをもとに改善のサイクルを回すという、内向きのサイクルだけにとどまっていてはだめだと思います。より上位の目標とは、「新カリキュラムを通じてより学生が成長し、それによって社会的な評価が得られ、結果として学部の競争力が上がること」です。

私は、このカリキュラムであれば、1年目から今まで以上に学生が育つという成果が出ているはずだと考えました。そこで、カリキュラムの成果を高校の先生や高校生、保護者の方々にアピールし、学部の募集力向上につなげようと試みました。

「教育成果」としては、例えば外部テスト(PROGテスト)のスコアが今まで以上に高いといったことが言えそうでした。「学修成果」に関しては、学生自身が1年目のDPレベルにどれだけ到達できたと考えているか、というアンケートを用いました。これらにもとづき、2020年度にはオープンキャンパスや進学説明会等で、特に1年目の「学修成果」について積極的にアピールしました。

2020年5月23日オンラインオープンキャンパス投影資料
同上

これらは、当時アドミッションセンターが作成してくれた学部別2分間動画の中にも入っています。当時の動画を残してくれているアドミッションセンターには感謝しきりです。

こうした情報公開の方法は円グラフだけの稚拙なレベルかもしれません。しかし、新カリキュラムを通じて「学生たちは何を学び、身に付けることができたのか」ということを、その時にできる範囲で可視化し情報発信することと、それによって学部の競争力の強化につなげることこそ、教学マネジメントの本旨だと私は考えています。

実際、経済経営学部は、2019年度の入学者が285名だったのに対し、2020年度には297名とさらに入学者が増加しました。志願者も、経済経営学部になってから過去最高でした。新カリキュラムに対する学生の評価を広報活動に使ったことが吉と出たと思いたいところです。

まとめと後日談

学部長は教学マネジメントの主たる責任者として、以下の5段階のプロセスを組織的に実行する必要があります。

(1)現状分析:科目数過多や教員数との不均衡など、現行カリキュラムの課題を特定します。特に教員数を基準とした適正な科目数の設定が重要です。
(2)3つのポリシーの再構築:ビジョン、ミッション、バリューを明確にし、それに基づいてDP、CP、APを再設定します。これがカリキュラム改革の基盤となります。
(3)カリキュラム改革の実施:ワーキンググループを設置し、教授会との丁寧な合意形成を図りながら、科目数の適正化など具体的な改革を進めます。教員の「科目主義」から「カリキュラム主義」への意識転換が鍵となります。
(4)点検・評価:学部、学生、外部の三者による多面的な評価を実施し、DPの到達度や履修状況を確認します。
(5)情報公開と改善:教育成果を社会に向けて積極的に発信し、学部の競争力強化につなげます。
このプロセス全体を通じて、組織的な教育を実現し、学生の成長を最大化することが最終目標となります。

さて、このPDCAサイクルはその後どうなったでしょうか? 2020年度はコロナ禍の年でした。DP 到達に向けた教育成果も確認はしましたが、それよりも、コロナ禍の中で学生たちの学修はどうだったか、ということに注目が移りがちになってしまいました。

また、私の学部長としての任期も2020年度で終了し、マネジメントの立場から離れることになりました。同時に新学科設立構想が進み始め、カリキュラムの再検討が開始されました。ただし、「学生の履修状況が想定されていた通りになっているか。」という点については、カリキュラム・ポリシーにもとづき、学部教務委員会を中心に分析が続けられています。

このように、私自身、カリキュラム・マネジメントのすべてのサイクルを十分に果たすことができたとはいい難いのですが、学部長というのはそんなものだと割り切るしかないでしょう。少しでも制度化できれば、それは次の人達へのバトンになるのです。

最後になりましたが、カリキュラム改革のもう一つの真価は、単なる科目の整理統合ではなく、学部全体で教育理念が共有され、それを実現するための仕組みを確立することにあります。したがって、カリキュラム改革はFD(Fucalty Development)と両輪です。そのFDについては、次回のテーマとしましょう。

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