学部長の教科書⑰ 再開します
新年が明け、約1年近く中断していた学部長の教科書を再開します。昨年1年間はいくつものプロジェクトを抱えてしまい、更新がとどこってしまいました。申し訳ありません。心機一転、完成を目指して頑張ります。ご笑覧よろしくお願いいたします。
さて、この1年で、大学の苦境はさらに深刻化しています。まずは、その状況を確認することにしましょう。
私学をめぐる状況の変化
私学事業団のデータをもとにしたグラフをご覧ください。折れ線グラフの緑と赤は私学全体の入学者数と入学定員の推移です。私学の入学定員は一貫して上昇し続け、ついに数年前から私学入学者総数を上回ってしまいました。私学はもはや”構造的定員割れ”の状況に突入したのです。
実際、定員割れ大学の割合は急増しています。下のグラフをご覧ください。2024年度にはなんと6割近くの大学で定員割れが発生しています。これは過去最高です。そして、18歳人口がしばらく踊り場であるとしても、今後も、定員割れ大学の割合は増加する可能性が高いでしょう。
一方で、定員充足している残りの4割の大学でも、入試の選抜制が機能しなくなり、”全入”状況の大学は急増したと思われます。多くの大学で学生層が急激に変化しているのです。
今後、大学の淘汰やダウンサイジングは不可避でしょう。また、地方の大学が生き残るためにも、「痛み」と「覚悟」を伴う改革が必要になってくると思います。
スクラップアンドビルド戦略の限界
この苦境を乗り切るために、大学の経営サイドがまず考えることは、「学部学科の再編戦略」です。これまでも、多くの私立大学は、不人気学部を閉じ、人気ある学部への改組や新設を繰り返すというスクラップアンドビルド戦略によって生き延びてきました。その動きは再び加速しています。
実際、令和元年度の学部数は2,577(国立449, 公立219, 私立1947)だったのに対して、令和6年度は2,755(国立439, 公立247,私学2069)と178学部も増加しました(学校基本調査)。うち、私学は122学部増です。入学定員総数は、令和元年が487,065人に対して、令和6年は503,874人と16,809人も増加しています。有名大学を中心として、入定純増による新学部設置という拡大戦略を取っている大学も少なくありません。大学の生き残りは、ゲーム理論でいう「チキンゲーム」になりつつあると言えるかもしれません。
こうした学部学科の再編という学校法人レベルの意思決定に対して、学部長ができることは大してありません。不人気学部としてお取り潰しの対象にあがった学部の意見など、経営側および学長の意思決定に影響を及ぼすことはほとんどないでしょう。むしろ、学校法人の意思決定に影響を及ぼすのは、学部設置を得意とするコンサルかもしれません。
ただし、新規性を追求するスクラップアンドビルド戦略には限界があります。新学部設置というのは、確かに高校の先生や高校生に対して話題になります。CMを打つネタにも事欠かないでしょう。しかし、いまや「目新しい」学部は、あっという間にレッドオーシャン化します。データサイエンス系の学部は、毎年5〜10ずつ増えていっています。「目新しさ」で勝負しようとしても、新学部が開設される頃にはすでに勝敗が決まっている可能性があるのです。
また、コンサル主導のスクラップアンドビルド戦略は、えてして「供給者目線」になりがちです。「◯◯学を教える学部が新しく誕生します」「◯◯という目玉になるプログラムができます」「◯◯という企業と連携します」。いずれも供給側の目線であり、そこには「学生が4年間でどのような力を身につけられるのか」という視点が欠けています。そんな場合は、オーキャンの集客力がイマイチだったり、高校の先生のコメントの歯切れが悪かったりといった兆候がみられるのですが、「新学部設置でうまくいくはずだ」という思い込みが学内に充満しているので、そうした兆候を見逃しがちです。
「学部の立て直し」ができるのは学部長だけ
もちろん、新学部設置にせよ、既存学部の立て直しにせよ、戦略的な発想が必要であることは言うまでもありません。スクラップアンドビルド戦略が不要だというつもりもありません。時代に応じて柔軟に学位プログラムを変更していくことが、大学の生き残りにとって不可欠なことはいうまでもありません。しかし、学位プログラムという中身に魂を吹き込むのは、学部長を始めとした学部教員たちと教育に参画するステイクホルダーたちなのです。
学部長にできることは、あくまで1学部教育の立て直しでしかありません。しかし、その学部長こそが、学部のミッションやDPで掲げた力を身につけられるカリキュラムを通じて、入学した学生たちをきちんと育てるための生きた教育的を行っていくうえで不可欠の教育リーダーであるべきなのです。
「学部のミッションの再定義」や「学部教育の変革」を主導できるのは、やはり学部長しかいません。だからこそこの「学部長の教科書」も、全入状況や定員割れを起こしつつある学部を、なんとか立て直したいと考える学部長に向けて書かれています。
「学部長の教科書③」では以下のように書きました。
ただし現在、多くの大学で学長主導の改革が進みつつあり、基盤教育や共通教育の刷新などを通じて、複数の学部に横櫛をさし、大学全体の改革を一体となって進めようとしている大学も増えています。そういった大学では、学部長というよりも、副学長や学長補佐、センター長などの役割が高まっています。なかなか動かない学部を抱えている大学であれば、学長のトップダウンによる改革の方がよいかもしれません。
しかし、まだまだ、学部長が危機感を持ち、教職員を巻き込んだ改革を実行すれば、立て直しが可能な大学は多いはずです。学部単位で学位プログラム(カリキュラム)が動いている大学は、やはりそれぞれの学部の学部長が改革リーダーとなり、改革を推進することが大切であるように思います。
学部長のリーダーシップとマネジメント
いうまでもなく、学部の立て直しに必要なのは、学部長の「リーダーシップ」です。「学部長の教科書③」で述べたように、学部長は、学部改革が緊急かつ重要であるという危機感を学部内で共有し、全学の教育ビジョンのもとで学部が向かう方向性(ビジョンやミッション)と学部が生き残るための戦略を策定する必要があります(学部長の教科書④、⑤、⑥、⑦、⑧、⑨、⑩)。
そのうえで、まずは初年次教育改革等で退学率低下や満足度向上などの目に見える短期的な成果を出し、教職員やステイクホルダーの支持を得るというプロセスを踏むことが大切です(⑪、⑫、⑬)。
学部長の教科書⑭では、短期的な成果を学部全体の仕組みとして制度化していくためのマネジメントの方法について述べました。教授会を通じた規程・指針・ガイドライン・申し合わせ事項のルール化を進めることはその一つです。学部長の教科書⑮は、改革のPDCAサイクルを回すための方法について述べました。
学部長は、学部の変革を成し遂げるためのリーダーシップを発揮するだけでなく、その成果を学部として組織的に行うためのマネジメントに取り組む必要があります。学部長に必要なのは、リーダーシップとマネジメントの両方なのです。
学部長は一人になってはいけない
もしかすると、学部長はスーパーマンでなければ、学部改革を牽引できないと思われるかもしれません。しかし、そうではありません。学部改革のプロセスは、学部長一人が引き受ける必要はないのです。
学部長の教科書⑯でも述べたように、学部の変革をもたらすためのミッションの再定義や初年次教育改革を学部長が一人で牽引するのはむしろ危険です。忙しい学部長は、一つ一つの取り組みに力を注ぐことはできませんし、学部長が一人で考えることで誤った結論に飛びつくリスクは高まります。
学部長は、学部内外の様々な人と意見を交わし、プロジェクトチームで議論を行い、教授会でも議論をすることで、学部としてのコンセンサスを作る努力が欠かせません。また、初年次教育改革などは、これぞと思う若手に予算や権限を与え、思い切って任せればよいのです。学部長は、若手教員たちが教育系の学会で情報収集したり、他大学に視察に行くことを推奨し、若手がのびのびと改革に取り組めるよう後押しすればよいでしょう。
一方で、ルールの改廃等について詳しいのは職員です。そのためにも学部長は教職協働を自ら進め、日常的に様々な部署の職員に相談する姿勢を示しておくことが大切です。
補佐制度が弱い学部長が、改革を正しい方向に向けるためには、学部長自らが様々な教員や部署とのネットワークを形成し、多様な意見を収集し、学内外のアイディアをすくい上げていかなければいけません。
「学部長は一人になってはいけない」。この点については、改めて「教職協働」を扱う回で詳しく論じたいと思います。今回は一旦ここで終了します。