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実録レポート・タイ刑務所ファイト潜入➁

鉄格子の重そうな扉が開かれ、そこをくぐるって、金属探知機のゲートを通る。更に立ちふさがる鉄格子に掛けられている錠前を、刑務官が鍵を廻して外してくれる。3つほどの鉄格子を過ぎてようやく刑務所の敷地内へ、鉄格子を超えた先は、屋外で建物の中ではない。

※実録レポート①はこちら ↓ ↓

付き添いの刑務官が敷地内を先導して、ムエタイ会場へ案内してくれる。敷地内を映画「ショーシャンクの空に」のような上下紺色の囚人服を着た集団が二列で行進して移動している。

その受刑者の集団とすれ違うと、ただそれだけで緊張感が湧く。受刑者たちは、「ゲスト」と書かれたパスを首から下げた私には、それほど興味はないようでこちらに視線を向けることはない。

広い敷地は、先ほど車で迷い込んだ鉄条網で外界と仕切られた農場にも通じているのだろうか。ここで隔離生活をして、毎日宿舎から集団で行進して農場に向かう生活を繰り返して何年も暮らす。それがイヤで刑務所から脱走しても、この山の中では、街に出るのもなかなか難しいだろう。

「こっちです、こっちです」と刑務官は300メートルほど先導して、特設リングが組まれた会場まで連れて来てくれた。

テレビか何かの撮影スタッフや、アップをする選手たちがいる。リングの周りを取り囲む観客席も臨時のものが設置されているが、そこにはまだ観客はおらず、イベント開始前と見られる。会場は屋外と言えど、屋根があり、日差しは避けられる。

この撮影スタッフについては、撮影された映像は、タイの刑務所内のテレビに流していると思われる。当初は一般のテレビ中継があると思い込み、テレビ中継などあるなら、家で見ればよかった、という考えも頭をかすめたのは事実だ。

それほど、このリングにまでたどり着くのに難儀をしていた。写真も規制されている中でテレビ中継などするわけがない。ただ映像用に、リングアナウンサーや照明も付き、テストを繰り返している。タイで通常行われているテレビファイトのような演出と雰囲気だ。

刑務所内にこのような空間を作り上げたのは、単純にすごい。この地の果てのような、コラートの山奥でである。

そして、準備が進む会場で、私を置いて会場に向かったジム会長にまず再会した。ジム会長は私に気付くと、右手を挙げて、こっちだ!こっちだ!と合図する。「おい、遅かったじゃないか」と、あまりにも何事もなかったかのような無邪気な態度に、また私の中で混乱が生じる。

「ワゴン一台で刑務所まで一緒に行くって言ったよな」「14時にパームロッジ出発って言ったよな」と、会長に尋ねたいがグッと言葉を飲み込んだ。このコラートの隣の県である、ブリラム県に住んでいるという会長の友人も手伝いに来たとのことで、紹介される。

「試合が終わった後、このままブリラムのこの友だちのところに遊びに行くから、君も一緒に行ってもいいぞ、シンノスケもインド人も行くからな」とのことだが、パームロッジをもう一泊予約してしまったので、そちらで泊まると伝える。

時計は16時を過ぎ、そろそろ開始としても10試合行えば、20時くらいにはなる。パームロッジに戻ってゆっくり寝たい。そう願った。本当のところは、今からでも戻りたい。入場前に預けたスマホを、5時間も6時間も見えないのは辛い、というのも本音である。日頃、どれだけスマホを見ているのかと自分でも思う。

さて、肝心の中村選手、まだバンテージは巻いていないが、会場の裏で試合用のトランクス姿、上半身は裸で軽く身体を動かしている。私が声を掛けると、試合前に日本語で会話できて、緊張が和らぐとのこと。

会場廻りでアップしているのは、外国人チームのみで、囚人チームは屋内で準備していると思われる。外国人チームは、ほぼ全員がバンコクから現地入りしている。

囚人チームについて情報を収集すると、カオプルック刑務所は特に受刑者の更生プログラムとしての、ムエタイに力を入れているとかで、地域からも選りすぐりのものがこの刑務所に集められ、農作業の傍ら、部活動のように毎日練習をしているという。

住んでいる刑務所で試合が行われるのだから、超ホームである。バンコクから来た外国人チームには厳しい。この特殊な雰囲気に怖気づいてしまうものもいるかもしれない。

外国人チームは、欧米人のチーム、レイジファイトアカデミーが3選手を連れて来ている。ドイツ人ファイター1人と、フランス人ファイターが2人。引率のスタッフで来ているのは、この人も試合を見たことがある、ボクシングのチャンピオンで全身タトゥーのフランス人、エメリック。

タイなどで行われているEVOLUTION FIGHT SERIES に出場し、WBCアジアライトヘビー級のチャンピオンなどに輝いている。「私はあなたのこと知ってます。ボクシングのチャンピオンですね」と思わず声を掛けた。

エメリックは4月30日のルンピニースタジアムで行われた試合でKO負けし、王座転落

そのうち、観客席にも人が入る。観客は、もちろん受刑者。お揃いの囚人服で、100人ほどが席に座る。全員の顔が確認できる、中学校の体育祭の応援席のような形式である。

さすがにここに入所している受刑者全員が応援に来るというわけではないだろう。ムエタイ部の所属の受刑者達だろうか。この応援団からの声援も外国人ファイターにはプレッシャーとなる。

リング四方のうち、受刑者席の反対側は、外国人チーム関係者や地元の関係者が座る席で、こちらから声援を送ることができる。もう一方はVIP席で、ソファーが並べられている。駐タイ英国大使、在タイオーストラリア領事館上級幹部、ナコンラチャシマ県スポーツ協会の会長などが招待されているそうだ。

もう一方は建物があり、選手入場用に空けられている。建物内には囚人チームが待機していると思われる。そして、すぐ近くには監視塔もあり、さすが刑務所と思わせられる。脱走者がいないか常に見張っているのかもしれない。

当日のプログラム。シンノスケが、タイ人の発音風に「シナズケ」になっている。

ナコンラチャシマ県副知事の挨拶などがあり、ようやくイベントがスタートする。ちょうど刑務所の職員の交代の時間のようで、仕事を終えた刑務官が制服姿のまま、どんどん集まってきて、立ち見で声援を送る。

第一試合目の囚人ファイターはやはり全身入れ墨姿。肌の入れ墨が入っていないところがないほど。ムエタイの技術は低くなく、囚人ファイターだからといって特に荒々しいファイトをするとか、そんなことはない、オーソドックスなファイトスタイル。レベルも高く、3ラウンドを戦い抜いて、ドイツ人のアレックスにあっさり判定勝ちを収める。

第二試合は、中村選手と同僚のインド選手、アリが出場。彼は常にメガネをかけて真面目そうな雰囲気を醸し出していた。メガネを外していざリングに上がると、特に豹変はせず、相手の出方を見ながらの大人しい戦い方。

そのまま相手に勢いに呑まれてきたと思ったら、2ラウンドにあっさりKO負け。ボディを責められたりで嫌倒れのようにも見えた。彼はインドで7戦ほどアマチュアの試合に出場し、タイでのムエタイ修行は二週間前に開始したばかりという。

三試合目もネパール人ファイター、バルムが判定負けと外国人ファイターの負けが続く。何試合か見ると、判定の傾向として、1ポイントは囚人ファイター側が有利に見えてくる。

試合は、それぞれ3回戦で行われていて、1ラウンド分ポイントが先に囚人ファイター側についているようなものなので、3ラウンド圧倒しないと勝てないかもしれない。アウェーで、受刑者応援団の声援や眼も怖い。100人の受刑者達がリングを凝視して声援、手拍子をおくるのは迫力がある。

中村選手は8試合目でまだまだ時間がある。観客席裏でアップしたり、椅子に座って休んでいる彼に「囚人ファイターたちは、入れ墨で迫力あるけど、プロと比べて、そんなにレベル高くない印象。中村さん勝てそうだよ」と伝える。

特設リング側には刑務官用の食堂があり、入場前に購入したクーポンが使用できるお土産物を売るお店もある。「REAL PRISON FIGHT」のキャラクターがプリントされたTシャツにバッグ、クッキーなどのお菓子、食器など。もちろん、店員は受刑者だろう。売店にはタロットカードを使用した占いコーナーやタイマッサージもある。

刑務所内で購入のお土産のバッグ、100バーツほどだったと思う。

刑務官が占いコーナーに座り、占い師の言葉に耳を傾けている。恐らく、この占い師も受刑者だろう。食堂は、タイのラーメンやデザート、飲み物が無料で提供されている。この施設は、刑務官用のはずだが、今日は特別に囚人ファイターたちにも開放されているようで、緩い雰囲気だ。試合を終えた囚人ファイターのチームも食事をしている。

そのチームの一人から「おい、日本人、覚えているか、久しぶり!」と突然声を掛けられる。7、8年ほど前にバンコクの某ムエタイジムで練習していた際にミットを持ってもらっていたトレーナー氏である。

トレーナー氏は、いつの間にか某ジムからはいなくなった印象。田舎に帰って、この刑務所の囚人ファイターを教えているのだろうかと「覚えてますよ!お久しぶりです。すごいところでトレーナーしているんですね」と、返して握手をする。

「いやあ、ちょっと銃の関係で入っちゃってさ」との言葉に、トレーナー氏も受刑者だったということがようやく分かり、思わず「えーっ」と声をあげてしまう。刑期は7年で、すでに4年を努めたそうだ。「残りは、まだ3年ある。長い」と嘆くが、それは罪を償わないといけないから、仕方がない。

「こっちで一緒にご飯食べようぜ」と誘われ、注文したタイラーメン、クィティアオを厨房の受刑者より受け取ると、彼のチームが座るテーブルに向かう。

トレーナー氏は「こいつ、バンコクにいた時に、オレが教えてた日本人で、トモダチなんだよ。こんなところで再会するなんてびっくりしちゃうよ」と、試合を終えた囚人ファイターたちに嬉しそうに紹介してくれる。

囚人ファイターたちは笑顔で、日本人か、よくこんなとこまで来たなと接してくれるが、首や顔にまで入れ墨が入っていたりですごい迫力だ。

受刑者である「トモダチ」のトレーナー氏は、規則正しい生活をしているのか、少し太ったようで以前よりも健康に見える。普段より、トレーナーとして囚人ファイターを教えているそう。

刑期を終えたら、またバンコクでトレーナーやりたいから、以前のジムにも宜しく言っておいてほしい、とのこと。人懐っこい笑顔に半分しか残っていない上の歯は以前のまま。

悪いことをしたようには見えないが、7年も喰らうほどの「何か」をしでかしたのだろう。「銃関係」とは何ぞや。気になるが、それ以上は聞けない。受刑者が作るクィティアオは美味しかった。

続くーーー➁で完結できませんでした。③で終わります。

↓ ↓ 続き、実録レポート③です

↓ ↓ タイ刑務所ファイトの試合レポートはこちら。(実録ではないほうの記事です)


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