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ベアナックルでもチャンピオンに!~元世界王者シリモンコン
元ボクシング世界王者のシリモンコン選手の、ベアナックルファイト挑戦については、その初戦について一度取り上げました(2022年1月)。
その初戦から5ヶ月、第2戦目として、ベアナックルファイトの団体、"BKFCタイランド" の第2回大会(2022年5月7日)のメインイベントの場がシリモンコン選手に用意されました。
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5月7日に行われたこの大会、会場となったのはパタヤコンベンションセンターで、円形のリング(スクエアサークル)を囲む、1000人のほどの観客席は、タイ在住の欧米人が目立ち、ほぼ満席となっていました。
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この試合の直前に、シリモンコン選手の本拠地、パトゥムタニ県タンヤブリのシンマナサックジムを尋ねました。
タンヤブリの街はバンコクから車で1時間ほど北西に進んだところにあります。自然が多く、人家よりも運河、川、田んぼ、茂みなどが目立ちます。そんな中、ポツンとシンマナサックジムがあります。
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ジムの軒先では、シリモンコン選手の奥さんがコーヒー屋を経営しています。タイによくある、甘いアイスコーヒーをメインで売っているお店で、まだ小さいシリモンコンJrも一緒にお客さんを迎えてくれます。
現在、45歳のシリモンコン選手は、幼いころからこのジムで練習をして来ました。ジムを主催するお父さんのマーノップさんもまだまだ元気で、試合の時にはシリモンコン選手のセコンドにも付きます。
立ち見で100人ほど収容可能なこのジムは、週末にボクシング、ムエタイのイベントを催すことが多いです。私が訪問したこの日も、ジムで国際式ボクシングとムエタイの試合がありました。
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マーノップさんだけでなく、シリモンコン選手も各試合のジャッジ、レフェリーと忙しそうに動き回っていました。少しお話をお伺いできたのは、お昼から開始した10数試合が終了した夕方でした。
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シリモンコン選手にまず伺ったのは、直前に迫ったBKTCの試合についてですが、1週間前で、すでに準備万全とのことでした。
国際式ボクシング100試合、ムエタイ100試合などの経験からか、試合前でも、緊張したり、不安なところはないようでした。右手の薬指の第二間接辺りが、12月の前戦で骨折し、やっと治ったところという点は少し心配です。
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ボクシングについて、試合の予定がないか尋ねたところ、1年ほど前にアメリカでの試合が決まったが、コロナ禍でキャンセルになったとのことでした。フランス、ドイツ辺りからも試合出場の誘いがあったが、コロナ禍の状況では断念せざるを得なかったとシリモンコン選手は残念そうにしていました。
今はBKTCのスケジュールがあるが、その合間にもボクシングの試合について、声が掛かれば出場したいとも言っていました。
さらに、日本でトレーナーをやってみたい、とも口にするので「シリモンコンさんは辰吉選手と戦ったので、日本で有名。きっと、会いたい人、教えてもらいたい人は多い」と伝えました。
横で話を聞いていたシリモンコン選手の奥さんから「その人(辰吉選手)日本で有名なんですか?」との質問がありました。シリモンコン選手が「ミスター辰吉は、めっちゃ有名だよ、日本の国民的ヒーローらしい」と説明していました。
シリモンコン選手は日本のヒーロー、辰吉選手と戦えて、光栄だったと話します。もちろん、負けた当時は相当悔しかったようです。
WBCバンタム級王座陥落後は、WBCスーパーフェザー級王座を日本で獲得し、初防衛も果たします。しかし、アメリカでの2度目の防衛戦で王座陥落、2005年頃から世界戦線から離れていきますが、その後もコンスタントに試合を続けて来ました。
途中、麻薬密売の罪を犯して刑務所にも入りますが、収監中も刑務所内特設リングなどで試合に出場しました。2021年4月のティラチャイ戦までBOXRECの記録で102戦、97勝(62KO)5敗という戦績を残しました。
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この日、試合の係員として手伝いに来ていた女子ボクサーをシリモンコン選手が紹介してくれました。元WBC女子バンタム級世界王者のウサナコーン選手で、彼女もBKTCのリングに上がります。
驚いたことにウサナコーン選手は、この日9年ぶりとなる復帰戦を、シンマナサックスタジアムのこのリングで行ったとのこと。私がジムに到着した際には、試合は終わっていたようです。
2ラウンドKO勝ちを収め、1週間後のベアナックルファイトの予行練習としたようです。KO勝ち後、試合のスタッフとして係員のポロシャツ着て会場を走り回っていました。
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パタヤのBKFC興行では,ウサナコーン選手は第1試合に出場し、ここでもKO勝利を収めました。
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他にももう1試合、女子の試合が行われ、タイ在住の欧米人女性キックボクサー同士の、”どつき合い”が5ラウンドに渡って行われ、喝さいを浴びておりました。
”どつき合い”に判定負けしたフランス国籍のマンフレディ選手は、1カ月のインターバルで、日本のK1のリングに立つそうで、とんでもなくタフです。
シリモンコン選手出場のメインイベントまで、9試合が行われましたが、個人的に圧巻だったのがヘビー級の5回戦、ここまでボクシング、MMA、キックボクシングを経験し、いずれも無敗(通算で42勝8分)の30代イラン人、ドラゴン・カミリ選手と、酒場の荒くれ者のような外見の40代アメリカ人、パンダ・バンクス選手の試合です。
試合開始早々に、イラン選手のフックが炸裂し、パンダ選手が崩れ落ちます。さらにダウンを追加し、KOは秒読みと思われましたが、パンダ選手はこのラウンドを生き延びます。
そして迎えた2ラウンド、今度はパンダ選手のストレートでドラゴン選手が腰砕けとなり、ストップ勝ち。ドラゴン選手は立ち上がれず、そのまま病院に送られたそうです。
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そしてメインイベント、シリモンコン選手が出場するBKFCタイランド・ライトヘビー級王座決定戦です。相手はロシアのミハエル・ベトリラ選手で、これまでキックボクシングで37勝6敗6分という戦績を誇る、187センチの長身ファイターです。
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170センチのシリモンコン選手とは17センチのリーチ差です。しかしながら、試合が始まると、長身のベトリラ選手の長い距離のパンチを、シリモンコン選手はスウェーでことごとく避けます。
時折、シリモンコン選手の外側からのブーメランフックがベトリラ選手の顔面を襲いますが、ベアナックルだけあって、ボクシングのような手数ではありません。
1ラウンド(2分)に10発ずつのパンチの応酬がある程度ですが、食らった場合のダメージを想像すると、観るほうもドキドキしてしまいます。
非常に眼が良いシリモンコン選手が、僅かにベトリラ選手のパンチをかわし続け、単発のブーメランフックを的確に顔面に当てて、攻勢も上回るラウンドが続きます。気の抜けない展開ながらも4ラウンドまで来ると、シリモンコン選手の判定勝利が見えて来ました。
そして5ラウンド中盤、ベトリラ選手のパンチでシリモンコン選手が額をカットします。鮮血が勢いよく額から流れ出て、試合続行は難しい印象です。
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最終ラウンドでまさかの負傷TKO負けかと思われましたが、レフェリーが試合を中断し、ドクターに傷を見せます。ドクターの見解が出るまで時間が掛かり、なかなか結論が出ません。
いや、ドクターが額の患部に綿を当ててなんとか止血させようとしています。やや血が止まったところで、なんとか試合再開となりますが、すぐに額から血が流れ出てシリモンコン選手の顔面を真っ赤に染めます。
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試合はこのまま、残り1分を何とか消化してゴール、判定はもちろんシリモンコン選手でしたが、負傷からの試合再開、判定勝ちの裁定に不満を覚えた欧米人観客からブーイングもありました。
2分5ラウンドのベアナックルの試合ですが、シリモンコン選手は、前回に比べて見事にアドジャストしているように思います。拳へのダメージが重いのか、手数は少なくなりますが、一発一発に相当な集中力は要するようです。スタミナは問題ないようです。
ライトヘビー級新チャンピオンとなったシリモンコン選手、次戦はBKFCの9月のイベントへの出場を予定していますが、この試合で右手を骨折し、治療中です。復帰には時間が掛かるかもしれません。
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photo credit: BKFC THAILAND