ビニール袋を待っていませんか?
行きの満員電車にて、そこそこ大きな声でビニール袋を求めているお姉さんがいた。日本語は理解できるけど、何を言っているのか頭が追いつかなかった。
「ビニール袋持っていませんか?この子が吐きそうなんです」
OK、状況理解。お姉さんの隣にいた中学生くらいの子が青白くなっていた。
私は最近、昼食用のおにぎりを持参している。そして、そのおにぎりはビニール袋に入っている。小さいけれど。
私がカバンの中でガサゴソしだすと、袋の音を聞き分けたお姉さんは私をロックオンし、「早く」と言わんばかりに手を伸ばしてくる。ちょっと待って、おにぎりは避難させて。
なんとかビニール袋を空にしてお姉さんに手渡す。箱根駅伝のタスキのように、確実かつ最速で受け取って、広げて、手提げの部分を中学生の耳元に保持する。
程なくして中学生の嘔吐物は袋の中におさまった。
間に合った!!!始業もしていないのに、1日分の仕事をやり遂げたくらいの達成感があった。
満員電車のどこにそんな空間があったんだ?というくらい、お姉さんと中学生を避けるかのように、周囲には空間ができる。袋に収まっていても、皆は嘔吐物を避けようとする。
気持ちはわかるし、それが普通の感覚だろう。今は感染対策もあるし、それはなくとも嘔吐なんて嫌なものだ。
ただ、お姉さんはキッチリ介抱していた。ガタイの良さそうなオッサンに「肩を支えてください」と指示し、おそらく降りる駅でもないであろう駅で、気分の悪そうな中学生を連れて降りた。
あの振る舞いにはシビれた。そんじょそこらの善行ではなく、あの的確さはプロの所業だった。「この中に医療従事者はおられませんか?」とアナウンスがあれば、名乗り出る側の人に違いない。
もしかすると通勤電車なので、そのうち会うこともあるかもしれない。でも、会ってもお互い覚えてもいないだろう。
それでも、もしお姉さんがガリガリ君を買うことがあれば、当たりが出るくらいの幸福が訪れたらいいなと願うばかり。