思い出のたこパ
田舎の小さな平屋。元町営住宅に少し手を入れて祖父母は暮らしていた。
無駄に広い玄関は、掃除の時以外に開けられることはなかった。
ここから入ってくる人は知らない人で、上がり框を越えて家の中に入ってくる人はほぼいなかった。
ご近所さんや親戚などの顔馴染みは皆、隣家との間を通って、裏の縁の方から顔を出す。隣家との間は、浅い溝になっていて木製の蓋が乗っていた。上を歩くと、木の蓋は乾いた音を立てた。
カタン、カタンカタン
タン…タン…タン…
タタタタタッ
奏でる音にはそれぞれ個性があって、おおよそ訪問者が誰かを告げてくれる優れものでもあり、祖母は殆どを言い当てた。
ガタガタガタッ!ダダダダ―!
小さい頃は、わざと溝蓋の上で足踏みや地団駄を踏んで大きな音を出し、怒られたりもした。
ご多聞に漏れず、我が家も夏休みは子どもだけ祖父母宅で過ごすのが恒例になっていた。
小学校中学年ぐらいから高学年にかけてだったと思う。年の近いイトコも同じように兄妹でやってきて、祖父母宅は孫旋風が吹き荒れていた。
寝たいだけ寝、朝の間に少し宿題をし、昼寝をし…あとは何をしていたのかあまり記憶にない。少し足を延ばせば海もあったが、車を持たない祖父母に4人もの孫との移動の手段はなく、どこかへ出かけることもあまりなかった。
当時、祖父だけは通勤などの外出にはカブを使っていた。近場だったからか、昼食を食べるために、正午を少し回ったぐらいで一度帰宅する。
溝蓋のカタン…カタン…という一定のリズムにドゥッドゥッと静かなエンジン音が重なれば、それは祖父のご帰還である。
この音を立てるのはカブに乗る祖父だけ。物静かな祖父と遊ぶなどということもなかったので、カブの奏でるこの音は、アタシたち孫にとっては、ただのお昼ご飯の合図に過ぎなかった。
そんななか、ひと夏に何度か孫4人で今か今かと祖父を帰りを待ち望んだ日があった。
朝、祖父の姿が見えず、カブもない時、
おじぃちゃん、仕事?
と、孫の誰かが祖母に聞く。
釣りに行ったよ
この祖母の一言が歓喜に変わるのにそう時間はかからない。
おじぃちゃん何時に行ったん?!
何時頃帰ってくる?!
ボウズやったら早いかもな
と、祖母が答える。
ボウズは、魚が釣れないことをいうのだけれど、孫4人が期待するのは大漁でも大物でもない。ひたすら、ただひたすら祖父が持って帰ってくるタコを期待しているのである。そう…たこ焼きをするために。
そこからが大騒ぎ。
祖父(正確には祖父の持って帰るタコ)が、いつ帰ってきてもいいように、裏の土間に七輪を出してもらい、小さなテーブルを出し、皿や箸を揃え、まだ早すぎるという祖母をせっついて七輪の火を熾してもらって汗をかきながらする火の番。たいてい準備万端整ったあたりで、カタン…カタン…に、ドゥッドゥッのエンジン音が重なって聞こえてくる。
おかえりーっ!!おじぃちゃんっ!!
孫4人がそろって祖父を出迎えるなんていうのは、たぶんこの時だけだったと思う。(今思うと申し訳なさでいっぱいである。)
祖父はいつも、荷台に括りつけたクーラーボックスに釣果を入れて帰ってくる。クーラーボックスに群がる孫4人。待ってるのは魚ではななくタコなんだけれども…。たいていは、ヘナっとなった小さめのタコを何匹かクーラーボックスの中から引き上げ、ボールを持って待機していた祖母が、そのまま台所へと持ち去り塩揉みをしてから茹で上げてくれる。
いつだったか一度だけ、ポリタンクを荷台に括りつけて祖父が帰ってきたことがあった。
半透明のタンクの中で動く妙な影。祖父が活きたままタコを持ち帰ってきたのである。
ブィーン!ブィーン!と、独特の泳ぎ方をする数匹のタコを、小さなタンクの口からかわり番こに覗き込む孫4人。水族館など早々行けない時代のこと。そこには、テレビでしか見たことのない海中のミニチュアが拡がっていた。
わぁきゃあ言いながら、ポリタンクに群がっていると、割って入ってくるのはボールを持った祖母。
たこ焼きは良いんか?
この一言に、素直に後ずさる孫4人。おばぁちゃんに逆らうとたこ焼きは出来ない…。
おじぃちゃんに、ありがとうは?!
祖母に言われて、慌ててありがとうを連呼する孫4人。
タコを釣ってきて喜ばれてもなぁ~
と、滅多に笑わない祖父が照れ臭そうに笑いながら釣り道具を片付けていた。
たぶん、その日は最初からタコを目指して釣りに出掛けてくれたんだろう。クーラーボックスではなく、生きたままのタコを海水ごと持ち帰れるようにポリタンクを荷台に積んで。
祖父にしてみれば、孫が喜ぶのは自分の釣った大物ではないことに、少なからずの寂しさはあったと思う。
ポリタンク持参のタコ釣りは、物静かで口下手な祖父の愛情表現のひとつだったような気がしている。
たこパの醍醐味は、その場の雰囲気。味や見た目は二の次、三の次。笑
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夏休みの思い出の様な記事になっちゃいましたが、
一応、この記事は、拝啓 あんこぼーろさんの『あの日の景色。あの日の味。』に参加させてもらっています。
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