銃声、爆発、叫び声…恐怖に身がすくんだ。これは侵略だ。
2023年10月7日 ナハール・オズ。
朝6時半、聞き覚えのある音に慌てて目が覚めた。レッドアラートだ。私は何も考えず隣の部屋へ向かい、犬のトム・トムを素早くセーフルームに連れて行き、玄関のドアに鍵をかけた。そして再びベッドに戻り、布団に入って眠りについた。「あのトラブルメーカーたちがまた騒ぎだしたぞ」と思った。「土曜日の朝だ。すぐに終わるさ」しかし、鳴り止まない警報の波が押し寄せ、私たちは戦火に投げ込まれた。
ロテムと私は顔を見合わせ、何か異常な事態が起きていることを認識した。ロテムは、わずか2カ月前に、コミュニティーにおける緊急対応のマネージャーを引き受けたばかりだった。彼は(キブツに)メッセージを送った。「各自セーフルームに入り、家に鍵をかけ、次の連絡を受け取るまで外に出ないでください」
セーフルームは暗く、すべてが不確かだった。私たちの素晴らしいセキュリティ・コーディネーター(軍との調整役)であり、ロテムの右腕としてその役割を担っていたイランから、「テロリストがキブツに侵入して発砲した」と報告が入り、その後彼との連絡は途絶えた。(イランの思い出に祝福がありますように)
銃声、爆発、さらに銃声、叫び声、爆発…私たちは侵略を受けていた。恐怖に身がすくんだ。起こりうると思っていたことが起こってしまった。私は心の中でこう思っていた。「悪党ども、ろくでなしども、テロリストが数人で、どうやってキブツに侵入したんだ?」しかし、その人数は決して少なくないことはすぐに分かった。武装したテロリストは100人以上いた。これは侵略だった。
私は床に座り、ベッドに頭を突っ伏して泣いた。「これはプロテクティブ・エッジ作戦(2014年のガザ戦争)だ」と何度も繰り返し唱えた。ロテムは私の手に手を置いた。束の間、涙を拭い、私は深呼吸をした。私の中で何かがこう叫んだ。「今のお前に、嘆き悲しむ権利はない!生き残るための戦いの中にいるんだ!今すぐ立ち上がって、自分を取り戻せ!」私は、決然と立ち上がった。
「聞いてくれ」私はロテムに言った。「この家は容易く侵入されてしまう。セーフルームは爆風から守るためのもので、侵入から守るようにはできていない。チャンスはあまりないと思う」彼は困惑した様子で私を見た。「よくわからないよ。何を計画しているの?」
「ロテム、君はここでセキュリティ・コーディネーターの仕事に集中していて。僕はナイフを持ってきて、家の中から待ち伏せをするための準備をする。僕が見つかるより先に、テロリストたちを見つけたい。君は逃げる準備だけしていればいい。やつらが正面から入ってきたら、裏口から逃げよう。逆もまた然りだ。窓の下に椅子も置くから、脱出の選択肢はいくつかある。裏の中庭にソファを積み上げて、ガラスの引き戸を塞ぐよ。そこから侵入された場合に時間を稼げるように」
その瞬間、ロテムは私が戦闘モードに入っていることを理解した。7年間一緒に暮らし、彼は私のことを熟知していた。私は、過去と現在が巨人のように衝突する戦いに飛び出していった。
数時間、私は片手に包丁、もう片方の手に麺棒を持ち、居間と台所の間で待ち伏せをし続けた。恐怖さえ感じなければ、笑える光景だっただろう。背後では警報音やロケットの乱射音、爆発、銃声、叫び声、銃声が鳴り続けていた。銃声はどんどん近づき、遂に私たちの近所まで迫ってきた。
まるで金属製の死の雨のように、銃弾が家の壁や窓や雨戸を貫いた。戦闘の叫び声ははっきりと聞こえた。ビデオゲームのように、私たちの周りの空間が縮小していくような感覚だった。
「聞いてくれ」深呼吸をしながら、私はロテムに再び言った。「僕らが生き残るための最大の賭けは、セーフルームのドアの取っ手を壊すことだ。取っ手を内側にしてドアを閉めれば、やつらが外から簡単に開けられなくなる。自分たちを閉じ込めるんだ」
もちろん、工具は家の裏庭の小屋にあったが、生き残るためにはやるしかなかった。私は足がもたつかないように靴を脱ぎ、ロテムと一緒に深呼吸をした。そして玄関ドアから注意深く外を見まわし、できるだけ身を低く屈め、全速力で走った。その時の音は決して忘れることはできない。「ドライバーはどこだ?!」 見つけた。
家に走って戻り、止めていた息を吐き出した。セーフルームのドアの取っ手に手をかけるが、動かない。六角レンチが必要だ。「もう1度やるしかない、これが最善の策なんだ」銃声、爆発音、叫び声...くそっ。再び家に戻り、分解に成功!取っ手が外れた!!
急いで冷蔵庫に向かい、水筒、1袋のグラノーラをひったくり、セーフルームの扉を閉めた。バタン…!静寂。
「これが精一杯だ。ここからはもう僕らの手には負えない」
時刻は午前10時だった。メッセージ、ボイスメモ、電話など、キブツの仲間たちからの知らせが絶え間なく届き続けた。テロリストたちの声や恐ろしい状況、停電を告げるメッセージ。そして励ましや軍の動員を尋ねるメッセージ。次のようなやり取りだった:
「助けて」
「もしもし?今はどんな状況?誰かあなたを助けに来てくれたの?」…沈黙。
私はクファル・アザとニール・オズにいる2人の親しい友人にそれぞれメッセージを送った。一人からは返事が来た。もう一人からは応答がなかった…
兄や父からの着信があり、妹からもメッセージが届いた。家族全員がこの戦いの舞台にいた。父も兄も妹もスデロットにいたのだ。私たちは数分おきに、互いの生存を確認しあった。父たちは家の屋根にバリケードを築いていた。彼らの眼下では、ピックアップトラックに乗ったテロリストがあらゆる方向に銃を乱射していたという。
オファキムで祝日を過ごしていたもう一人の妹とは連絡がついていなかった。午後2時、ようやく彼女からメッセージが届いた。 彼女の義理の兄が殺されたという。「テロリストが家に押し入ってきて、私たちは屋根の上に数時間隠れていたの。手榴弾が投げ込まれ、銃撃戦が起き、テロリストたちは手榴弾で家を爆破したわ。私たちは子供たちと窓から逃げたけれど、彼は最後の一人だった。テロリストが彼を撃ったの。こんなの普通じゃない、あり得ないわ」後に明らかになったことだが、義理の兄は家族全員が確実に生き延びるために、みんなが外に出るまで自分が最後まで部屋に残っていたのだった。
私はロテムを見て、うっかり声に出してしまった「信じられない。全く信じられないよ。一体何が起こっているんだ?」自分の中に途方もない葛藤を感じた。あきらめと恐怖に支配され、目を閉じ、逃避したい気持ちがある一方で、油断せず、可能な限り意識を保ち続け、何とか生命を維持していた。長い時間が過ぎた。トイレに行きたくなったら、部屋の鉢植えで静かに用を足した。小声で囁き話しした。
時折、家の中から物音が聞こえると、私はトム・トムを落ち着かせるために彼の元へ行って撫でた。また必要であれば、彼の口に手を入れて、唸ったり吠えたりして私たちに気づかれないように努めた。しかし、トム・トムは、それが自分に必要なことだと理解しているかのように、一日の大半を寝て過ごし、完全に心を閉ざしていた。それはいつもの彼の行動とはまったく対照的だった。
「テロリストが私たちの家にいる」「またやって来た。治安部隊はどこにいるの?」「テロリストが私たちの家を破壊している!」「セーフルームをこじ開けようとしている」「ヘブライ語を話している声が聞こえる。彼らは味方なの?」「返事をしてはダメ!ドアを開けないで。彼らはイスラエル軍ではない!」
絞り出すような囁き声のボイスメッセージも届いた。「彼らはドアのすぐ外にいます。子供達も一緒に隠れています。今すぐ助けが必要なんです」とても無力だった。自分たちのことだけで精一杯だった。
ロテムは、また別の家が侵入されたという報告を受けた。私は携帯電話でその家の場所を特定し、現場の治安部隊に転送するようロテムに送った。これを幾度となく繰り返した。できる限り役に立てるよう努力した。「愚か者の慰めだ」そう思ったが、これが誰かの助けになればと願った。私たちは孤独で、救助は全く来なかった。そんな中、相棒のロテムは、人々を慰め、落ち着かせ、希望を与え、警備チームを調整し、この一大事になんとか対処しようと彼の素晴らしさを発揮していた
夜が明けた。私たちはまだセーフルームを出ることができなかった。IDF(イスラエル国防軍)が到着し、徒歩で入念な救出作戦を開始した。
「彼らが味方の人間だとどうやって判別するんだ?」
「彼らは『IDF!』と叫ぶだろう」
「でも、テロリストもそうしていたよ」
「そうだ。だから、彼らの部隊名を教えてもらう」
「どうやって聞くんだ?ここは完全に密閉されているのに」
「ああ。だから注意深く聞くようにしよう」
「彼らが私たちを忘れないようにしてくれ」
「誰も置き去りにさせない!」
時刻は午前1時半だった。玄関のドアを叩く大きな音が聞こえた。
「IDFです!」
「所属部隊は?」
「ギバティ旅団です」
朝以来初めて、私はセーフルームのドアを開けようとしたが、すぐに閉められるように備えていた。外の音に耳を澄ませた。「ついてこい。ここだ、道の一番奥だ」ヘブライ語だ。私は安心して、玄関に向かい、用心深くドアを開けた。7人の若い兵士が家に入り、テロリストが潜伏していないかどうかを数秒のうちに隈なく調べ上げた。
私たち2人とトム・トム用の荷物を準備するのに1分もかからなかった。何を持っていく?いつまで?「何か飲み物をどうぞ」と私は戸棚を開けた。兵士たちが冷たい水を注いで飲んでいるのを見て、私は泣きそうになった。家はまだ建っていたし、兵士たちはここで水を飲んでいたし、私たちは生きていた。くそ、くそ、くそ!一体ここで何が起こっているんだ?
シャツ3枚、パンツ2枚、下着3枚、そしてビーチサンダルだけを持って、外に出た。煙の匂い、茂みの中で潰れた車、後ろには大きな炎、粉々になった車の窓、装甲車の音、緊張、寒さ、真夜中。私たちは軍の車に乗り込み、キブツの幹線道路を1分ほど走った。「右を見ないで」「次は左を見ないで」と指示されたが、もちろん私は見た。
銃声は遠くに聞こえるようになり、車列はキブツから離れたところに到着した。難民となった人々が、より安全な目的地に向かって、暗闇の中で救助活動をするバスに乗りこんだ。そこから、バスのキャラバン隊はさらに安全な場所を目指した。
時は、現在に戻る。安息日が始まる前のひととき、私はイスラエル北部の災害復旧センターとなった図書館に座って、証言としてこのすべてを書いている。自分自身が忘れないように。また、数週間経った頃、誰にも嘘だと言われないように。誰も忘れることがないように。
これはホロコーストだ。大きな闇が怪物たちの形をとり、世界に降り注いだ。毎日毎日、私は隣人のために、友人のために、私たちすべてのために泣き、悲しんでいる。私たちの世界を善意と光で満たした素晴らしい人たち。殺された人たち。救われた人たち。英雄的な救出の瞬間についても書きたい。しかし、ここ数日、私たちが会話の最後に指摘するように、今は嘆く時なのだ。
このような言葉をどのように世に放てばいいのだろう?適切だろうか?私はすべてをとらえたのだろうか?今のところ、ほとんどのことがそうであるように、私には答えが分からない。時が経てば、私の証言や癒しのプロセスの一部として、答えが見えてくるのだろう。
ナダヴ・T