生きて帰ってこれたけど、心は深く傷つき、砕け散ってしまった。
僕たちのことを知ってる人は誰でも、トランス・ミュージックが僕たちにとってどんな意味を持つかを知っている。僕のことを個人的に知る人たちは、僕にとって音楽がいかに大事かも理解してくれている。そこは正に聖域であり、最も自由を感じられ、最高の自分になれる領域なのだ。
あの日、NOVA音楽祭に集った人たちは、単なるあるひとつのコミュニティではなく、僕にとっては、大切な居場所であり友人であり仲間そのものだった。彼らは、品性と愛、思いやりで溢れ、教養に富み、まさしく「地の塩」だった。
何ヵ月も前からチケットを買い、家族や友人たちと一緒に素晴らしい時間を過ごすことを心待ちにしていた。なぜなら僕たちにとってトランス・ミュージックは、単なる音楽ではなく、人生そのものだから。
しかし、そこで繰り広げられたのが、悪夢だったとは。
少し話を戻そう。
深夜0時、僕は仮眠から目覚めた。音楽祭を最大限に楽しむため、早めに会場に向かうつもりだったのだ。不思議だけど、目覚めの気分は不安で落ち着かなかった。愛する人たちや友人たちと一緒に、大好きな場所に向かおうとしているのに。
午前2時30分頃、会場に到着した僕は、まだ落ち着かなかった。でも、友人たちに会うと気分は一変し、一気に熱気に包まれ、不安は喜びに変わった。夜が明ける頃、僕たちはメインのダンスフロアにいた。妻が携帯電話をチェックすると、午前5時55分だった。僕たちは笑い合って、僕は「ハムサ、ハムサ、ハムサ(5、5、5)」とささやいた。
午前6時30分、会場が一気に混乱へと陥った。レッドアラートのサイレンが鳴り響き、ミサイルが空を飛び交い、みんなパニックになった。会場は緊張感ただよい、その時は、この後車で車で会場を去ろうとする僕たちにさらなる試練が待ち受けているとは知る由もなかった。
僕たちは会場出口に何とか辿り着く。右折すればガザ方面へ、左折すれば家へ帰れる。しかし、左折方面の道は完全に封鎖されていた。イスラエル中心部では普段聞かないような、レッドアラートとミサイルの不穏な音が終始鳴り響いていた。
「テロリストだ!」-警官の叫び声と銃声が空を割き、状況は急激に悪化した。警官たちは、車を捨てて東へ逃げるよう人々に指示をした。家から一緒に来た友人のセゲフ・ダンとロンも一緒に車に乗っていたが、僕たちは車から飛び降りて、僕と妻は左に、友人たちは右に逃げた。僕は迂闊にも携帯電話を車に忘れ(妻は妻の携帯を持っていた)、そこで友人たちとはぐれてしまった。
銃声に追われながら、僕たちは命からがら3時間も走り続けた。誰も助けに来てくれないことが徐々に明確になっていた。兵士すら見当たらなかったのだ。この悲惨な状況で、頼れるのは自分たちだけだと分かった。ロンと僕は互いの位置を確認しようと何度も試みたが、うまくいかなかった。とにかく銃声から逃れ、身を隠すこと更に約2時間、ロンから着信が入った。車を見つけたので迎えに来るとのことだった。僕たちの居場所を知らせるのは本当に大変だった。
再度、僕たちの居場所を送ると、ロンのいる場所とそんなに遠くないことがわかったが、僕たちはハイウェイにさえ辿り着いていなかった。僕たちは小さな谷で、何百人もの人々と共に隠れていた。ダンとロンは、なんとか僕たちの居場所を突き止めようと頑張ってくれた。彼らは決して僕たちを見捨てなかった。さらに2時間逃げ続け、なんとか無傷でハイウェイにたどり着いた。
ついに友人たちが乗っている車が見つかり、少なくとも8人が缶詰のイワシのようにぎゅうぎゅうに車内に乗り込んだ。知らない人たちばかりだったが、どうにか助かりたいと言う気持ちは一緒だった。全員車に乗り込み、正しい方向に進んでいることを祈りながら、何が待ち受けるかわからない先を進んだ。近くのユダヤ人居住区を地図で調べると、キブツ・ベエリがすぐそばにあるとわかった。キブツの入り口に着くと、ゲートが開いていた。嫌な予感がした。
「何か変だよ。」という妻の呼びかけで、僕たちは車を停め、引き返すことにした。車に乗っているみんなも同じ感覚だった。(後から振り返れば、その時点ですでにキブツ・ベエリはテロリストの手中に落ちていた。)僕たちは速やかに道を引き返し、ソロカ病院に到着するまで走り続けた。そこでようやく、自分たちが生き延びたことを実感できた。
この僕の体験談は、ほぼ友情物語だ。友人たちは僕たちを見捨てず、一緒に家に帰るために命をかけてくれたのだ。それと同時に、信頼と団結という、まさにイスラエルと言う国家そのものの姿でもある。
愛する人たちとともに、今生きていることに感謝している。僕たちを見守ってくださった神に、感謝を捧げたい。まさに神からの守りだった。
しかし、肉体は無傷かもしれないが、魂は傷つき、心は打ち砕かれた。愛する子供や赤ん坊、そして家族全員が無差別に殺されてしまった遺族、あるいは人質となった民間人、友人、兵士たちに追悼の気持ちでいっぱいだ。また、人質に取られたまま、あるいは行方不明のままの人たちやその家族たちのことを心から祈っている。屈辱、そして見捨てられたという感情は、試練そのものよりも辛いものだ。敵は政治において右翼と左翼を区別しない。「ライオンが咆哮すれば、誰が彼を恐れないだろうか」神は、イスラエルが団結することを望んだのだ。今こそライオンが咆哮する時だ。
愛こそが勝利する。
アム・イスラエル・カイ。(イスラエルの民は生きている)
アディール・D