日本漢字音から漢越語の声調を予測する方法【呉音の清濁から判断】
私がベトナム語の勉強を始めた頃は、
日本漢字音の知識から漢越語の子音や母音は予想できても、声調は絶対に予想不可能だと思っていました。
しかし、実はそうでもなかったのです。
漢越語の声調は、日本語の呉音の知識から絞れます。
呉音のここが使える!
そもそも、呉音とは何でしょう?
簡単に言うと、呉音は「漢音」導入以前に日本に定着していた発音です。
ちなみに漢音は、7~8世紀に遣唐使や留学僧らによって日本にもたらされた発音で、唐代の長安方言の発音が基になっていると言われています。
では、呉音のどこが「使える」のかというと、
(清濁の区別があったころの)中古音の清濁の区別を反映している点です。
清、つまり無声音と、
濁、つまり有声音です。
カ・サ・タ・ハ(パ)とガ・ザ・ダ・バの違いです。
一方、漢音はというと、この区別がありません。
なぜならば、本場・中国大陸で清濁の区別が消失していったからです。
しかし、彼は消える際にしっっっかりと傷跡を残していってくれました。
それが陰調と陽調です。
それまで存在した四声(現代北京語の四声とは別物ですよ):
平声・上声・去声・入声 +清濁の区別
↓それがこうなります↓
中古以降の声調:
陰平・陽平・陰上・陽上・陰去・陽去・陰入・陽入
何が起きたかというと、
清濁の区別が消える際に、平声・上声・去声・入声がそれぞれ陰調と陽調に分かれ、声調の数が2倍になったのです。
日本の漢音はこの清濁消失という現象を真面目に反映してしまいました。ただ、日本語には声調も有気音・無気音の区別も無いので、数多の同音異字が発生することとなります。
さて、漢音の話が多くなってしまいましたが、ここで強調したいのは、呉音をなめたらあかんゆうことです。
漢越語の声調
ここから、ようやく漢越語のお話です。
漢越語とは何かをおさらいすると、体系的なベトナム漢字音に従い発音される漢語のことです。
「体系的」ということは、上記の中古音ときっちりした対応関係が存在します。
そう、漢越語の各声調は陰平・陽平・陰上・陽上・陰去・陽去・陰入・陽入と対応しています。
具体的には以下の表の通りです。
※「濁上変去」というのは、「全濁(有声無気音)の上声」が去声に変わる現象です。
つまり、漢越語の声調から、字母が元々清音であったか、あるいは元々濁音であったかが分かるわけです。
これを利用しない手はないでしょう。
呉音の清濁と漢越音の声調には、対応関係が存在する
まず、呉音は、中古音の清濁の区別を反映している。
そして漢越語の声調は、中古音の清濁の代わりに発生した陰調と陽調を反映している。
ここから、このような関係があることが分かります。
清音: ngang, hỏi, sắc
濁音: huyền, ngã, nặng
具体例を見てみましょう。
詩 シ thi
史 シ sử
試 シ thí
式 シキ thức
時 ジ thời
痔 ヂ trĩ
事 ジ sự
食 ジキ thực
清音: ngang, hỏi, sắc
濁音: huyền, ngã, nặng
この法則に合致していますね。
留意点
初めのうちは覚えておくと便利かもしれませんが、気をつけたい点がいくつかあります。
まず、これは当然ながら、清濁の対立がない音(鼻音・流音)には応用できません。
例えば[人]nhânと[認]nhận。
呉音ではどちらも「ニン」と読みますが、この字母は清音でも濁音でもありません(不清不濁、または次濁とも言う)。
元々「人」は平声、「認」は去声だったためこのような声調の違いが生まれました。
次に、漢字には呉音で読まれることが殆どない字があるという問題です。
突然ですが、「動」の呉音をご存知でしょうか?
「ドウ」ではありません。
答えは「ヅウ」です。
ちなみに漢音は「トウ」です。
そして、普段使っている「ドウ」は、「慣用音」です。
このように、そもそも呉音が使われていない場合や、
慣用音や連濁に騙される危険性も十分あります。
呉音と漢越音の関係はあくまでも傾向として、頭の片隅に置いておくのが良いかもしれません。