命名を調べている(オブジェクト指向的な意味で)
ちょっとサーベイ。
阿部ちゃんサンクス
「命名」の用例に関する包括的分析:漢籍電子文献資料庫を用いた歴史的・文化的考察
要旨
本論文は、漢籍電子文献資料庫(hanchi.ihp.sinica.edu.tw)に収録される文献データを基に、「命名」という行為の用例を包括的に分析するものである。先秦時代から清代に至る381件の用例(69種の書籍)を対象とし、時代的変遷、文献ジャンルによる特徴、及び用法による分類を行い、「命名」行為が持つ歴史的、文化的、そして社会的な意義を明らかにする。特に、「先命名」という表現の解釈の多様性、及び鄭玄の注釈が後世に与えた影響に焦点を当てる。
キーワード: 命名、漢籍、先命名、鄭玄、史記、礼記、大正新脩大藏經、朝鮮王朝實錄、宋會要輯稿、文献学、文化史
1. 序論
「命名」とは、人、物、事象、概念などに対して、特定の名称を付与する行為であり、人間の言語活動及び社会生活の根幹をなすものである。本研究では、台湾中央研究院歴史語言研究所が提供する漢籍電子文献資料庫を主要なデータソースとし、先秦時代から清代に至る中国の歴史文献における「命名」の用例を網羅的に調査し、その用法と変遷を明らかにすることを目的とする。
2. 調査対象と方法
2.1 調査対象
データベース: 漢籍電子文献資料庫(hanchi.ihp.sinica.edu.tw)
総用例数: 381件
収録文献数: 69冊
時代: 先秦~清代
2.2 調査方法
漢籍電子文献資料庫において「命名」をキーワードに検索を行い、関連する用例を抽出した。
抽出された用例について、以下の点を記録・分析した。
出典(書名、巻数、著者、成立年代)
用例の原文及び前後の文脈
注釈の有無とその内容(特に鄭玄の注釈に注目)
「命名」の対象(人、物、事象、概念など)
「命名」の主体(誰が何に対して命名したか)
「命名」の意図や目的
用例を時代順に整理し、各時代の特徴を分析した。
用例を用法に基づいて分類し、各用法の典型例と特徴を考察した。
「先命名」という表現について、その解釈の多様性を分析した。
鄭玄の注釈が後世の「命名」理解に与えた影響を検討した。
2.3 分析上の留意点
原文と注釈の区別: 原文における「命名」の用法と、注釈における解釈を明確に区別した。
「先命名」の解釈の二重性: 「先命名」が「先に名付ける」と「先に命ずる」の二通りの解釈が可能であることを考慮し、文脈に基づいて適切な解釈を選択した。
文献の成立年代と著者の特定: 可能な限り正確な成立年代と著者を特定し、時代の特定に役立てた。
3. 時代別用例分析
3.1 先秦・秦漢時代(紀元前)
3.1.1 占術関連
『史記』宋微子世家第八: 「将立卜筮人,乃先命名兆卦而分別之」
著者: 司馬遷(前145年頃-前86年頃)
成立年代: 前91年頃
解釈: 占いを立てる際、まず兆卦に名前を付けて分類する。これは、占いの結果を体系的に解釈するための手順を示している。
意義: 占術における「命名」は、複雑な現象を分類・整理し、意味を付与するための重要な技術であったことが示唆される。
3.1.2 礼制関連
『禮記』:
編者: 戴聖(前漢)
成立: 前漢初期
内容: 礼制における命名の規定が含まれており、人名、特に子供の名付けに関する儀礼やタブーについて詳述されている。
意義: 命名は、個人の社会的身分や役割を明確化し、社会秩序を維持するための重要な儀礼であった。
3.2 魏晉南北朝時代(3-6世紀)
3.2.1 仏教文献
『大正新脩大藏經』: この時代に漢訳された初期仏教経典に「命名」の用例が多く見られる。
特徴: 仏教用語や概念の漢訳に伴う命名、修行者の法名などが特徴的。
意義: 仏教の受容と中国化の過程において、「命名」が重要な役割を果たしたことを示している。
3.2.2 注釈文化
鄭玄注:
特徴: 経典の解釈において、「命名」の原義や用法を詳細に注釈している。
意義: 鄭玄の注釈は、後世における経典理解の基準となり、「命名」に対する理解を深める上で重要な役割を果たした。
3.3 隋唐五代時代(6-10世紀)
3.3.1 制度的用法
官制・地名の命名:
特徴: 行政制度の整備に伴い、官職名や地名の命名が体系化された。
意義: 国家統治の基盤として、制度的な命名が重要視された。
3.3.2 文化的意義
寺院・文化施設の命名:
特徴: 仏教の隆盛に伴い、寺院や文化施設の命名が盛んに行われた。
意義: 命名は、文化的アイデンティティの形成や社会規範の確立に寄与した。
3.4 宋遼金元時代(10-14世紀)
3.4.1 行政実務
『宋會要輯稿』:
編者: 徐松(1781-1848)輯録
特徴: 宋代の行政文書における「命名」の用例が多数記録されている。
意義: 行政文書における命名は、政策決定や制度運営の実際を示す貴重な資料である。
3.4.2 文化的展開
『五代史平話』:
特徴: 物語文学において、「命名」が人物描写やストーリー展開に用いられている。
意義: 民間文学における「命名」の用法は、庶民文化における命名意識を反映している。
4. 文献別用例分析
4.1 仏教文献
『大正新脩大藏經』(134件)
時代: 後漢~宋代
編纂: 高楠順次郎・渡辺海旭等(1924-1934年)
特徴:
仏教用語や概念の漢訳に伴う新語の創造、教理の体系化
仏教修行者の法名や、儀礼における名称付与
インド仏教から中国仏教への文化変容を示す
具体例: 「菩薩」、「涅槃」、「比丘」などの仏教用語の定着
4.2 歴史文献
『朝鮮王朝實錄』(90件)
時代: 1392-1910年
編纂: 朝鮮王朝時代の史官
特徴:
朝鮮半島における「命名」の用例が豊富
政治、外交、社会、文化など多岐にわたる分野での用例
官職名、地名、事件名などの命名記録
具体例: 新設された官職への命名、地方行政区画の改編に伴う地名変更
『金史』(7件)
著者: 脫脫(トクト)等
成立: 1344年
特徴:
女真族の文化と漢文化の融合を示す用例
金朝独自の制度や文化に関する命名記録
具体例: 女真族の伝統に基づく人名や称号
『宋史』(5件)
著者: 脫脫(トクト)等
成立: 1344年
特徴:
宋代の政治、経済、文化に関する命名記録
制度的命名の体系化を示す用例
具体例: 新たな法律や制度に対する命名
4.3 政書類
『宋會要輯稿』(19件)
時代: 宋代
編者: 徐松(1781-1848)輯録
特徴:
宋代の行政文書における「命名」の用例を多数収録
制度、法律、政策などに関する具体的な命名記録
行政実務における「命名」の役割を理解する上で貴重な資料
具体例: 新たな官職の設置に伴う命名、税制改革に関する法令名
4.4 経書類
『重刊宋本十三經注疏附校勘記』(15件)
原文: 先秦
注釈: 漢代以降
特徴:
経典本文における「命名」の用例と、注釈における解釈を対照できる
経学的解釈における「命名」の重要性を示す
具体例: 『詩経』や『書経』における人名や地名の由来に関する注釈
4.5 文学作品
『五代史平話』(5件)
時代: 元代
特徴:
物語文学における「命名」の用例
登場人物の性格や運命を示唆する命名
庶民文化における「命名」意識を反映
具体例: 登場人物のあだ名や、重要な出来事に対する命名
5. 用法による分類
5.1 制度的用法
官職名の制定:
例: 『宋會要輯稿』における官職名の改定記録
特徴: 職務内容や権限を明確化し、行政機構を体系化する。
意義: 国家統治の効率化と行政の専門化に寄与。
地名の命名:
例: 『朝鮮王朝實錄』における地方行政区画の名称変更
特徴: 地理的特徴や歴史的由来に基づいて命名される。
意義: 地域支配の強化と地方行政の円滑化に貢献。
文化施設:
例: 寺院、学校、図書館などの名称
特徴: 施設の目的や性格を反映した名称が付けられる。
意義: 文化施設の役割を明確化し、文化の発展を促進。
5.2 文化的用法
仏教概念:
例: 『大正新脩大藏經』における仏教用語の漢訳
特徴: サンスクリット語などの原語を、中国語で表現するための新語創造。
意義: 仏教の中国化と教理の体系化に貢献。
儀礼空間:
例: 宮殿、寺院などの建築物や空間の名称
特徴: 空間の機能や象徴性を反映した名称が付与される。
意義: 儀礼の秩序を維持し、宗教的・政治的権威を強化。
文化事業:
例: 書物の編纂、学術機関の設立など
特徴: 事業の目的や意義を反映した名称が付けられる。
意義: 文化事業の推進と学術の発展に貢献。
5.3 社会的用法
身分制度:
例: 爵位、称号などの名称
特徴: 社会的地位や身分秩序を明確化する。
意義: 社会秩序の維持と階層構造の固定化に寄与。
家族制度:
例: 諱、字、号などの人名に関する慣習
特徴: 家族内の序列や親族関係を示す。
意義: 家族制度の維持と血縁関係の明確化に貢献。
教育制度:
例: 学校名、科目名などの名称
特徴: 教育機関の目的や教育内容を明確化する。
意義: 教育制度の整備と人材育成に貢献。
6. 「先命名」の解釈
「先命名」という表現は、文脈によって「先に名付ける」と「先に命ずる」の二通りの解釈が可能である。
6.1 「先に名付ける」用法
定義: 対象に対して、あらかじめ名称を付与すること。
例: 『史記』宋微子世家「将立卜筮人,乃先命名兆卦而分別之」
解釈: 占いを立てる前に、兆卦に名前を付けて分類する。
特徴: 事物の分類、体系化、認識の枠組み設定などを目的とする。
6.2 「先に命ずる」用法
定義: あらかじめ指示や命令を下すこと。
例: 政令の発布や、制度の制定などの場面で用いられる場合、「先命名」は「先に命ずる」と解釈される可能性がある。
特徴: 権力者による意思表示、制度の施行、秩序の形成などを目的とする。
6.3 解釈の指針
「先命名」の解釈は、以下の点を考慮して判断する必要がある。
文脈: 前後の文章における「命名」の対象、主体、目的などを確認する。
時代背景: 当時の社会制度や文化的慣習を考慮する。
注釈: 信頼できる注釈を参照する(特に鄭玄注)。
7. 鄭玄の注釈の重要性
鄭玄(127-200年)は、後漢末期の著名な経学者であり、彼の注釈は後世の経典解釈に大きな影響を与えた。
7.1 鄭玄注の特徴
網羅性: 多くの経典に注釈を施し、包括的な解釈体系を構築した。
訓詁学的: 字句の解釈を重視し、語義の正確な理解に基づいた解釈を展開した。
体系性: 個々の経典の解釈を、儒教思想全体の枠組みの中で位置づけた。
7.2 鄭玄注における「命名」の解釈
『礼記』注: 命名の儀礼や規則に関する詳細な注釈を残している。
『周礼』注: 官職名や制度名などの「命名」の由来や意味を解説している。
「先命名」の解釈: 鄭玄は、「先命名」を「先に名付ける」と解釈する傾向が見られる。
7.3 鄭玄注の後世への影響
経典解釈の基準: 鄭玄の注釈は、後世の経典解釈における重要な基準となった。
「命名」理解の深化: 鄭玄の注釈は、「命名」の意義や用法に対する理解を深める上で大きな役割を果たした。
学術伝統の形成: 鄭玄の注釈は、中国の学術伝統の形成に大きく貢献した。
8. 結論
本研究は、漢籍電子文献資料庫を用いた「命名」の用例分析を通じて、以下の点を明らかにした。
「命名」は、先秦時代から清代に至るまで、中国の歴史と文化において重要な役割を果たしてきた。
「命名」の用法は、時代、文献ジャンル、社会的文脈によって多様であり、制度的、文化的、社会的な側面を持つ。
「先命名」という表現は、「先に名付ける」と「先に命ずる」の二通りの解釈が可能であり、文脈に基づいた慎重な解釈が必要である。
鄭玄の注釈は、「命名」の理解を深める上で重要な役割を果たし、後世の学術伝統に大きな影響を与えた。
仏教文献における「命名」は、仏教の中国化と教義の体系化に大きく貢献した。特に、『大正新脩大藏經』に収録される漢訳仏典は、インド仏教の概念を中国語で表現するための新語創造の宝庫であり、中国仏教の思想的基盤を形成する上で重要な役割を果たした。
歴史文献、特に『朝鮮王朝實錄』における「命名」の用例は、東アジアにおける命名文化の広がりと、政治、社会、文化の各領域における命名の実際を示している。『金史』や『宋史』の用例は、各王朝における制度的命名の体系化と、異民族との文化交流の影響を反映している。
政書類、特に『宋會要輯稿』は、行政実務における「命名」の重要性を示す貴重な資料である。法令名、官職名、地名などの命名記録は、当時の行政機構や政策の理解に不可欠である。
経書類における「命名」の用例とその注釈、特に『重刊宋本十三經注疏附校勘記』は、経学的な解釈の枠組みの中で「命名」がどのように位置づけられてきたかを示している。これは、中国の伝統的な学問体系における「命名」の重要性を示唆している。
文学作品、特に『五代史平話』における「命名」の用例は、庶民文化における命名意識や、物語における命名の役割を理解する手がかりとなる。
9. 総合考察
9.1 歴史的意義
9.1.1 制度的側面
統治機構の整備: 「命名」は、官職名、地名、法令名などの制定を通じて、国家の統治機構の整備と行政の効率化に貢献した。
行政体系の確立: 体系的な命名は、行政の各部門の役割分担を明確化し、行政体系の確立を促進した。
社会秩序の形成: 身分制度や家族制度に関連する命名は、社会秩序の維持と階層構造の固定化に寄与した。
9.1.2 文化的側面
思想体系の構築: 仏教用語や儒教概念の「命名」は、中国における思想体系の構築と発展に大きく貢献した。
文化的アイデンティティの形成: 寺院名、地名、人名などの「命名」は、地域や集団の文化的アイデンティティの形成に寄与した。
教育制度の発展: 学校名、科目名などの「命名」は、教育制度の整備と人材育成に貢献した。
9.2 学術的価値
9.2.1 文献学的意義
原典と注釈の関係: 本研究は、漢籍における原典と注釈の関係性を明らかにし、特に鄭玄の注釈が後世の「命名」理解に与えた影響を解明した。
解釈の変遷過程: 時代ごとの用例分析を通じて、「命名」に関する解釈の変遷過程を追跡し、学術的な理解の深まりを示した。
学術伝統の形成: 「命名」に関する研究の蓄積は、中国の学術伝統の形成過程を理解する上で重要な意味を持つ。
9.2.2 文化史的意義
概念の発展過程: 「命名」の用例分析は、特定の概念(例えば、仏教における「涅槃」)が中国の思想や文化の中でどのように受容され、発展してきたかを明らかにする。
社会制度の変遷: 制度的「命名」の変遷は、中国の社会制度の歴史的変遷を反映している。
文化交流の実態: 異民族の言語や文化との接触による「命名」の変化は、中国と周辺諸国との文化交流の実態を示している。
10. 今後の課題
本研究は、漢籍電子文献資料庫を用いた「命名」の用例分析の基礎を築いたものであるが、今後の研究に向けて、以下のような課題が残されている。
データベースの拡充: より広範な年代やジャンルの文献を対象としたデータベースの拡充により、さらに包括的な分析が可能となる。
地域的視点の強化: 中国本土だけでなく、朝鮮半島、日本、ベトナムなど、漢字文化圏における「命名」の用例を比較検討することで、東アジアにおける「命名」文化の全体像を解明する必要がある。
社会言語学的アプローチ: 「命名」の社会的・文化的コンテクストをより詳細に分析するために、社会言語学的なアプローチを取り入れることが有効である。
認知言語学的アプローチ: 人間がどのように世界を認識し、「命名」を通じて概念を形成するのかを明らかにするために、認知言語学的な視点からの分析も期待される。
デジタルヒューマニティーズの活用: 大規模なデータセットの分析や、ビジュアライゼーションなどの技術を用いて、新たな知見を獲得する。
11. 結語
「命名」は、単なる名称の付与を超えた、人間の知的営為の根幹をなす行為である。本研究は、漢籍における「命名」の用例分析を通じて、その歴史的、文化的、社会的な意義を明らかにした。今後、さらなる研究の進展により、「命名」という行為が持つ深い意味と、それが人間社会に果たしてきた役割がより多角的に解明されることを期待する。