北村直也『男はつらいよ寅次郎わすれな草』を語る
北村直也さんがFMラジオ「ムービーボヤージュ」で『男はつらいよ寅次郎わすれな草』について語っていました。
(北村直也)今日ご紹介する作品は、「男はつらいよ寅次郎わすれな草」ですが、シリーズ11作目の作品で、いよいよリリー松岡の登場回です。
(テンパープラザー広瀬)浅丘ルリ子さんのリリー松岡!素人の俺でもよく知ってる、本当大好きです。
(北村直也)もう広ぽんは全然素人じゃないですよ(笑)とにかく、後にこの寅さんの長い長いストーリーに大きな影響を与えることになるリリーさんの登場、その運命回というわけです。
(町田和美)そんなにやっぱりインパクトあるマドンナ役なんですね。
(北村直也)そりゃもう、「男はつらいよ」のマドンナの中のマドンナってことでやっぱり浅丘ルリ子さんのリリー松岡は抜きん出てしまいますよね。それまでの10作で、少し最後の方は停滞感が出てしまってました。もちろんどの作品も素晴らしいんですが、これからの行き場を模索しているというか、やっぱり同じようなセリフや設定なんてのも、マンネリとまでは言いませんが一つの映画がシリーズで10作も続くと、そりゃ致し方ないと思うんです。
(テンパープラザ広瀬)それがこの作品で。
運命的なリリーとの出会い
(北村直也)その通りですね。リリーさんの圧倒的な存在感と彼女の見せる物悲しさは他に類を見ないすごさで、この作品をベストにあげる寅さんファンも実に多いんです。話は、二人は北海道の網走で初めて出会うんです。リリー松岡の初登場シーンは電車の中で、すごく寂しそうな顔で一人夜の電車の座席に座って揺られているわけですが、その車両に乗り合わせた寅は、あえてそこで声もかけずにやり過ごすんです。もちろんその後、寅さんとリリーはお近づきになるんですが、話が盛り上がってくるのが、たまたま東京は葛飾柴又を訪れたリリーが偶然にも寅さんと再会を果たすという運命線を描いてましてね。
(町田和美)運命的な出会いってやつだ。
(北村直也)はい。この「男はつらいよ」では運命的な出会いってのは確かに普通に描かれるんですけど、それはあくまでその作品におけるストーリーとしての運命的な出会いってものですよね。
(テンパープラザ広瀬)はい。
(北村直也)でも、このリリー松岡の「男はつらいよ」の登場そして、寅さんとの出会いっていうのは、50作続く壮大なシリーズにおける「運命の出会い」になってしまうんです。
(町田和美)なるほど。なんか奥深い。
(北村直也)ほんの少しですが、これから先この「寅の物語」をどうしようかと思っている時に起こった「トランジション」いわゆる完全な「転機」だと言える作品になってしまうんですよ、この11作目は。いくつかそれを感じさせる場面があるんですけど、例えばとらや(くるまや)に訪れたリリーさんが寅さんの過去について聞きたがるという設定で、とらやのみんながこれまでのマドンナを振り返るシーンがあるんです。
(町田和美)へぇ!
歴代マドンナの回顧シーン
(北村直也)これがすごく楽しいんですよ。あ、そうだった、そう言えばそうだったみたいな、これまでの10作分を走馬灯のように、寅さんが恋したマドンナという観点で、話のやりとりだけですが、ざっとふりかえるんです。
(町田和美)吉永小百合さんも!
(北村直也)はい、歌子ちゃんって名前も。八千草薫さんのお千代坊って役名は一番最初に出てきます。1つ前の作品だからなんでしょうけれど、寅さんは単なる幼なじみだ、馬鹿だなって言い訳をするんですけども。
(テンパープラザ広瀬)もう、マドンナオールスターって感じの。
(北村直也)まさに、マドンナオールスターなんですよ。そうして振り返るんですけど、それをリリーが受け止める形で聞いてるんですよ。
(町田和美)受け止める?
(北村直也)後ほどわかるんですけど、この頃からリリーは寅さんに惚れ始めているんですよ。寅さんの何に惚れるかっていうと、恋する寅さん、恋多き寅さんに憧れるんです。セリフにもあるんですけど、リリーは恋をしたいって話をするんです。リリーさんみたいに綺麗な人なら恋の一つや二つもしてそうじゃないですか。でもリリー曰くはそういう恋じゃないっていうんです。惚れられたいんじゃなくて、惚れたいっていうんですよ。リリーのしたい恋ってのは燃えるような恋なんです。
人間の弱さとは
(テンパープラザ広瀬)盲目の恋なんだ。
(北村直也)そう。その通り、何にも見えなくなってしまうような激しい恋なんですね。リリーの言葉には、結構激しい言葉なんかもこの時出てくるんです。振られて自殺とか。この回のリリー松岡はともすれば情緒不安みたいな感じに思えたりもするんですよ。でも、この回と言うわけでもなく、リリーは特に若い頃は怒ったり、笑ったり、泣いたり、もうとにかく激しいんです。
(町田和美)何かあるのかしら。
(北村直也)一見、派手に見えるリリーさんですが、キャバレーの歌い手さんで、すごく苦労して日本各地を回っているんですね。そういう仕事からいつか足を洗いたい、いわゆるごくごく普通の生活を送りたいと思いながら、なかなかそうも行かない。生い立ちも含めて、すごく鬱積したものがあって、それが笑いや涙や怒りとなって溢れ出ちゃうんです。
(町田和美)いろいろあるんだ。
(北村直也)そんなリリーが、恋する寅さんに惚れて、だからこれまで恋したであろう女性なんかちっとも気にしない、恋多き寅さんに惚れてるんだあたしは、というような感じでどっしりとしながら、そういった話を全部受け止めるシーンが、実に堂々としてるんです。
(テンパープラザ広瀬)強ぇなぁ。
(北村直也)強いですよね。でも内面はいろいろな感情が交錯したり、酔い潰れて真夜中にとらやを訪れて、二人が喧嘩するシーンなんかを見てると、ああこの人、外見は強がってるようだけど、本当は強くないんじゃないかな、って思わせられるんです。でも、これってよく考えるとみんなそうなんですよ。みんないろんな感情を持って生きているわけで、そんな強い人なんていないんですよ。
(町山和美)いないいない。
(北村直也)リリーも弱い、寅さんも弱い。この二人は最初から最後まで弱い二人の馴れ初めの話として紡いでいくんですよ。
(テンパープラザ広瀬)うっわ、これめちゃくちゃよくわかる。
(北村直也)弱いんですけど、すごくお互い意地を張るんです。お互いに好きだし、相手のことを一番よく理解して、また境遇もなんだかよく似ている旅鴉(たびがらす)、でもちっとも素直になれないんですよ、この二人は。まぁでも、そういう描き方をはっきりとされるのはこの先ずっと後なんですけどね。
(町田和美)あ、そうか。この後何作も出演されるんですね。
(北村直也)はい。49作目の特別編を除いて、この後、全部で4作出演されます。
(テンパープラザ広瀬)いかにすごいマドンナかってことがこれでわかるなぁ。
(北村直也)だからこそ、この初回の登場作品が大事になりますし、そこに残した爪痕がいかに大きかったかって話ですよ。これね、私思うんですけど、話の中盤あたりからもうこのリリー松岡ってキャラをレギュラー化してもいいんじゃないか、レギュラー化してしまおう、って思いが山田洋次監督の頭にあったんじゃないかなって思うんですよ。話が途中で切れるとまでは言わないんですけど、すごい余韻を残した終わり方なんですよ。もう終わっちゃうの?みたいな。途中に美しい盛り上がりが見えるからでもあると思うんですけれど。
(町田和美)盛り上がりって?
一番のクライマックスシーン
(北村直也)リリーがとらやに泊まるんですけどね。一度でもご覧になったことがある方ならわかるんですけれど、とらやってそんな大きなお屋敷でもないもんだから、誰かがとらやに泊まるってことになると、寅さんは2階の自分の部屋を明け渡して、別の階段を登ったところにある物置小屋で寝るんですね。で、この作品でとらやの間取りもよくわかるんですけれど、壁を挟んで2階は繋がっているわけなんですよ。だから、話しかけると隣の部屋にいる人の声も聞こえたりする。
(テンパープラザ広瀬)はいはい。
(北村直也)話もできるんですよ。で、「寅さん」「あいよ!」って感じで調子よくやるんですけれど、さっきの話の続きで、リリーが「恋をしたいな、燃えるような恋をしたい。寅さん聞いてる?」って投げかけるんですけど、寅さんからは無言の返事なんです。寅さん何を考えているんでしょうね。僕、このシーンが一番好きです。
(町田和美)ロマンチック〜。
(北村直也)寅さんって「男はつらいよ」の中では永遠のプラトニック役者なんですけど、このリリーさんが出てくることで、この先も二人の関係は近づいたりまた離れたり、すごく動いていくんです。
(テンパープラザ広瀬)確かに聞いてるとロマンチックなんだけど、なんていうか、もどかしいというか、友達以上にはなれないっていうか。
(北村直也)本当にその通りですね。ところで、今回の題名にもなっている「忘れな草」の花言葉知ってますか?諸説あるらしいですけれど(笑)
(町田和美)私時前に調べたんですよ。それで今日北村さんのお話聞いて全部つながったと思って、もう。
(北村直也)ここにも出てますけど、
(北村直也)「私を忘れないで」とか、「真実の友情」とからしいです。
(テンパープラザ広瀬)うわ!最後につながった!!やべぇ。。。
(北村直也)そうなんです。ここに山田監督がどんなメッセージを込めたかったのか、もちろん定かではないですけれど、全く意味なくこの花が題名についているとは思いづらいですよね。
(町田和美)私も、すごく納得でした。さて、そんなリリーさんが初めて登場する「男はつらいよ寅次郎わすれな草」は、大阪ステーションシネマ他で【7/10(金)~7/23(木)】に期間限定で4K上映されます。北村さん、今日もありがとうございました。
(北村直也)はい、こちらこそ、ありがとうございました。
<書き起こし終わり>
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?