「86歳、やっとひとり」#45 カラオケデビュー!
土曜日恒例の母との電話タイム、お天気やら気温といった一通りのあいさつの後、母がちょっと一息タメをつくってから放った一言に驚いた。
「今日この後、1時からカラオケするの。」
「え? ホームの行事か何か?」
「ううん、歌の上手な人が誘ってくれて、もう一人の人と3人で」
知らなかったが、母が入居している施設内にはカラオケルームがあって、予約して自由に使えるのだという。それにしても、人とツルみたがらない母がほとんどやったこともない「カラオケ」に参加とは。
「前にも話した白野さん。信用のできるとってもいい方なんだけど、ここに来る前はコーラスやってたりお歌が好きなんですって。それでカラオケするからって誘ってくれたの。」
「彼女はシャンソン歌うんですって! パパがいたら喜んだわねー。私は歌わないけど、マスクしたまま一緒に歌うわ。」
いつにも増して弾んだ声、電話の向こうで顔がほころんでいるのが見えるようだ。
カラオケは高齢者のコロナの温床。そんな話が気にならなくもないが、外のボックスやスナックに行くわけじゃなし、高齢者施設として感染予防にも気を使っているだろう。それよりも母にお友達ができて、新しい趣味に挑戦しようというのが素晴らしい。もともと歌うのは好きだし、数独やミステリー以外にも“人と楽しむ趣味”が出来れば何よりだ。
膨らむ期待をひとしきり話し終えると、「じゃ、今あんまり喋っちゃうと声が枯れるから。」とやる気満々の母は、いそいそと電話を切った。
***
翌日妹のミウちゃんと会う予定があったので、早速その話題に。毎週日曜日が「お電話デー」の彼女から昨日の後日談を聞いて、私たちは二度びっくりの大笑いになった。
「滅多にないことなんだけど、今朝ママの方から電話が掛かってきたのよ。それで『今からカラオケに行くから、しばらく電話に出られないと思って~』だって。」
何と、昨日の一時間では足りず、同じメンバーで今日さらに一時間半予約をいれたという。
昨日は「機械の使い方が良くわからなくて」ご堪能いただけなかったらしい。
「ママったらお仲間と相談して、こんど操作方法をスタッフさんに“有料ケアサービス”使ってご指導頂くことにしたんだって。張り切ってたヨー。」だそうだ。
なんという前向きさ! 好奇心!
老嬢3人がカラオケマシンを前に、ああでもない、こうでもないと試行錯誤し、それでも諦めずに使い方の個人指導まで受けようというのだから大したものだ。
ここまでくるとこちらはほとんど ”幼稚園児を持つお母さん” の気持ち。我が母の成長ぶりに感動さえ覚えてしまう。
「今度はママも唄えばいいじゃない!」
「私すっかり音痴になっちゃったから、機械の操作だけでも頑張るわ。」
クモ膜下出血で頭の手術して以来、音程が取りにくくなってイマイチ歌に自信がないそうだ。とは言うものの、彼女がマイクを握る日も遠くはないだろう。これからの母の報告が楽しみでしかたがない。
「86歳、やっとひとり」 ~ 母の「サ高住」ゆるやか一人暮らし
「何も起きないのが何より」の母のたよりと、「おひとりさまシニア予備軍」(=私と妹)の付かず離れずの日乗。
【ここまでの展開】
「最後は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを持っていた母がついに行動に出た。気に入った施設も決まり、引越しを経ていよいよ母の”新生活”一年目が始まった。
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