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「86歳、やっとひとり」#43 今を生きてる

「ママが退屈しているようだから、ミステリー何冊か送ってもらえる?」
妹からのLINEを見て呆れてしまった。

「そうなの?? 本もそうだけど私が何か送るって言うたびに嫌な反応するから、最近言う気も無くなってた。ミウちゃんから送った方がいいんじゃない?」

以前母の大好物のミステリー本を送って一応のお礼は言われたが、送料が勿体ないだの、読むのが忙しくて内容がわからなくなっただの、ウィルスが怖いだの、理由ともつかない文句をさんざん言われてウンザリしていた。それでもコロナ自粛生活が長くなる中何度か「一冊送ろうか?」と言ってみたが「いいわよ、いいわよ」「あっそう」の繰り返し。もしかして「私」から送られるのがお気に召さないのか!?くらいの“闇”に入りかかっていたので、理由探しを保留にしていたところだ。

「ホームに月イチで来ていたパン屋さんの移動販売も無くなっちゃって、つまんないんだって。本も最初は渋ってたけど『アルコール消毒するから』って言ったら、ま~そ~ねえ…、と。」

オッと、ここでミステリーの謎が解けた。

大好きなはずの本を東京から送られるのを固辞してきた理由は、「コロナ不安」にあったようだ。理由がわかってホッとするとともに、年寄り特有の「心配性」を理解していなかったことに気がつく。そういえば晩年の父も、「そんな人だったっけ!?」と驚くほど、福島原発事故以降の「放射能」をやたらと気にしていたっけ。

「この年だし、いつ死んじゃったっていいんだけどね~。」とか豪語していたのと裏腹に、やはり病気は怖いらしい。いや母の事だから、ホームで共同生活する中「感染者」になることを恐れているのかも知れない。いずれにしてもナイーブなお年寄り心を理解するには私はまだヒヨッコだ。

とりあえずスッキリしたので、友人から集まってきたミステリー本の山から10冊ほど送ってあげることにした。今年の梅仕事の成果、「梅シロップ」と「梅ジャム」も一緒に。

***

週が明けて火曜日の朝、珍しく個人スマホの電話が鳴ったので出てみると母からだった。
母からの初めて電話。
ホームに行ってからは勿論、そもそも耳が弱く電話が苦手な母から電話をもらったことなんて、かれこれこの四半世紀あったっけ!? だ。

「荷物届いたわよ~!ありがとう色々。本が10冊も入っててビックリしちゃった!!
今年のジャムすごく美味しくて今パンと一緒に食べたところ etc. etc.」

いつも以上にご機嫌なのは、よっぽど嬉しかったというか、その位よ~っぽどヒマだったからだろう。ここまで無邪気に喜ばれると、こちらも無条件に許してしまうというものだ。

妹に報告するとこちらは淡々と笑って、私のグチまじりの報告を聞いている。

「よかった、よかった。
まあ、“前に送った時は”とか、“このあいだこう言った”とか言ってるうちは、まだまだ甘いよ~。年寄りは子供と同じで『今』しかないの。いつも今の感情で生きてるんだから。」

母や父と長く同居してきた彼女にはやっぱり頭が上がらない。

「86歳、やっとひとり」 ~ 母の「サ高住」ゆるやか一人暮らし
「何も起きないのが何より」の母のたよりと、「おひとりさまシニア予備軍」(=私と妹)の付かず離れずの日乗。

【ここまでの展開】
「最後は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを持っていた母がついに行動に出た。気に入った施設も決まり、引越しを経ていよいよ母の”新生活”一年目が始まった。

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