私たちの日記【自殺専用車両】
朝の三時に 「バチッ。」「バチッ。」という音が聞こえるようになったのは、数年前のことです。自殺専用車両が開通した頃、この「バチッ。」という水風船をギザギザのコンクリートに叩き付けたような音が、人が死んでいる音だと思うと怖くて怖くて仕方がありませんでした。しかし人は慣れます。私も半年で夜中に目を覚ますことは無くなりました。
先日喉が渇いたので冷蔵庫にある麦茶を飲もうとリビングに行くと、小便から帰った母が私の後ろを通りました。母と喋ることがない私にとって、煌々と光る冷蔵庫が気まずさをより一層際立たせているように思え、急いで冷蔵庫を閉めました。少し強く締めすぎてしまったかもしれません。彼女は間を埋めるように「私にも。」と言ったので、私は少しまだ水滴の付いたコップと渇いた湯飲みを手に取り、私のコップには多く、湯飲みには気持ちより少なめに麦茶を注ぎ、母に湯飲みを渡しました。お互い麦茶を口に含み麦茶が喉を通過した頃、一度だけ母と目が合いました。母の細くなった喉を見て胸の辺りがソワソワしました。「明日は?」と母は言いました。これはつまり働けという意味です。私は「特に。」と返しました。麦茶を飲み終えた母は、茶碗をテーブルの上に置き「。。。」と言いました。冷蔵庫のヴォーンという音がやけに響いて、私はその音に集中するようにしました。その他にすべきことが見当たらなかったからです。そして母もまたその音を聞いてるかのようでした。ただこちらを黙って見つめているだけで、それがあまりにも耳障りで仕方がありませんでした。一分程ひたすらに互いを見つめ合った気がしますが、実際のところは六秒くらいのことだったと思います。
「バチッ。」
外から人が死ぬ音がしました。母は「あら。」と言って、寝床につきました。「もうこんな時間ね。」と言ったような、そんな素振りだったと思います。
落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。