コーヒー豆代理戦争
病院の売店でバイトをしている。提供しているコーヒー豆が変わるという話になり、普段は店にいないとっても嫌われている上司が、勝手に豆を選定し持ってきた。ここの店はパンも販売していて、パンとあうのはブレンドなので、とかうんたらかんたら理屈を述べていたが、結果的に味がコーヒー風味のお湯で、みんなブチ切れた。みんながブチ切れる理由は、自分達が飲みまくるからである。この店の福利厚生だと僕は考えているのだが、スタッフはコーヒーだろうとカフェオレだろうと何杯でも飲み放題なのだ。カフェオレのために使う牛乳と、自分達で持参したなにかを混ぜて、店のメニューにない飲み物を作ることも可能である。夏はココアである。ちなみにココアパウダーを買う係は毎年僕とバイトさん二人の計三人で、切れたら補充って感じでくるくる回している。
みんなコーヒーを1日5~6杯くらい飲む。が故に、コーヒーがまずくなってしまってはいけないと必死なのである。辞める理由になると言っている人もいた。おばちゃん達はこうゆう時一致団結する。怒りのグルーヴが生まれる。「ねえ、あんた聞いてよ」「あんたコーヒーの話聞いた?」とみんなから言われる。こうゆうときは僕がなんとかしなくてはならない。僕の店での役割は「重い荷物を率先して持つ、トラブルが起きたとき最速で解決しにいく」の2点である。それさえしておけば、仕事はしなくていいくらいの感じに思われている。
なのでなんとかして、このコーヒー問題を解決しなくてはならない。でなければここでの僕の存在価値はないに等しい。
連日、店では「コーヒーがまずい話」が持ちきりになっていて、なにかしらの本番前に渦巻く熱気のようなものが店内中に帯びているのが分かった。。
我々がコーヒーのアンチとして一つの集合体となった時、この激マズコーヒーを選定したとっても嫌われている上司が店にやってきた。
事務所の椅子にどかっと座り、吞気に「どうですか?新しい豆は?」なんて言ってやがる。「いや~いいと思います。とってもパンにあいますね。あははは」とおばちゃん達は言う、言いながら、僕にアイコンタクトをする。汚ねえよ。いくしかない。
「あの~~部長は新しくなったコーヒー飲みました?」
「はい飲みましたよ!!」
飲んだのかよ。飲んだのかよ~~。と思った。でもここが勝負の分かれ目でもあった。部長はプライドがものすごく高く、基本的に自分の非を認めることができない人間である。ちんけなプライドを抱きしめながら寝ているような男で、「年上なんだから尊敬してください」みたいなことを平気で言うようなやつなのである。過去にも「落合さん、おにぎり半額にしてください」と言われたので「もうしました!」と答えると「ではさらに半額で」「30円になっちゃうんですけど大丈夫ですか?」「大丈夫です」みたいなやり取りをしたことがある。彼は「もう半額にしていたんですね」と言えないのである。
逆手にとろう。部長は常に正しくいたい。彼にとっての正しさとは、自分がこれまでに貫いてきた正しさのことではない。みんなからみての「正しさ」を全うできていれば彼はそれでいいのである。つまり彼の「正義」は我々が握っているということである。
舐められたくないと思っている人間をコントロールするのは実に容易い。
「あの~~部長は新しくなったコーヒー飲みました?」
「はい飲みましたよ!!」
「まずかったですよね??みんなもまずくて飲めないって言ってました。コーヒー通のTさんもこんなのコーヒーじゃないって言ってましたよ!!」
である。
「みんなもまずくて飲めないって言ってました」はこの店の総意の伝達である。あなたの正義がなにか、我々が報告しますって感じである。「いや僕は美味しかったですね。」と彼は言えない。そこまで自分に自信がないし、自信があったとしても、例えそれが本当に世界一美味いコーヒーだったとしても、結局この店では「まずいコーヒーを美味いと言っている変な人」になってしまうので、彼は僕らに同調することしかできないのである。
そして「コーヒー通のTさんもこんなのコーヒーじゃないって言ってましたよ!!」は追い込みでもあり助け舟でもある。「分からなければコーヒーに疎い人、分かればコーヒー通」という僕からのLIVEorDIEである。どちらに乗るも自由。
「いや分かります。僕もそう思ってたんですよね。コーヒー豆変えましょう。」と彼は言った。本質的にはDIEではるが、表面上のLIVEを取ったのである。しょうもない。
辺りを見渡すと、事務所には僕と部長の二人だけしかいなかった。おばちゃん達は察知が早い。店に戻ると、ホームランを打ったバッターを迎え入れるベンチみたいな感じで、「よくやったよくやった」とみなが肩を叩いてくれた。
それから数日後、部長が新しい豆を持ってやってきたのだが、飲む前からみんなが既に「まずかった」みたいな顔をしていた。部長が嫌い過ぎてなんにせよまずいの方向でいこうみたいな空気感が漂っている。
スタッフ全員で同時に試飲した。もう正直僕は分からなかった。もう分からんコーヒーとかって思った。多分みんなもそうだったと思う。だから飲んだ直後全員が黙った。どうしようってなった。後輩の女の子が「うええ~~にが~~~」と言った瞬間に、全員が「コーヒーは苦いんだよ!」と思いながら、「苦いなこれ最悪だわ」みたいなことを言い合った。
昨日は店長と僕と部長の三人で事務所で雑談をした。珍しいことだった。ちなみに店のスタッフは計12人いるのだが、男は我々だけである。僕は店長大好き。
店長が病院の偉い人と会議のアポを取ろうとしたいのだが、連絡が付かないと言っていた。「いや~中々捕まらないんですよね~~」というと部長が「いっつも逃してませんか?」と笑って言った。店長は「打席に立てただけでも良かったです」と言ったので「立ってないでしょ。ネクストバッターサークルで打席に立ったみたいな顔しないでください」と僕は言った。店長も「おもしろいことを言おう」という気持ちが明確にある人なので、こっからみんなで練り上げるやつやで~~~という空気をお互いに感じだ。「敵、ピッチャーがいなかったら話にもなりませんね!」と部長が言って、会話が終わった。会話が殺された。上に積み重ねていくやつなのに、下に敷かれた。
「ピッチャー」を一度「敵」と言い間違えているのがまず最低である。バッターじゃないところでやろうという気持ちが丸見えである。ボケは魂胆がバレると卑しさになる。そもそもバッターでやらなければならない。今しているのは打席に立つか立たないかの店長側の話であって、連絡がつかない病院の偉い人側の話ではないし、もしそれをやるならもう少し後だし、そもそも病院の偉い人はピッチャーじゃないし部長まじ嫌い。パワハラするし。最近治ってきたけど。
部長が帰ったあと、「すごいおもしろいこと言う感じ出してましたよね?」と店長が言ってきた。「バットぎゅうぎゅうに握りしめて、片足めっちゃ上げてましたよ。」「三振でしたね」というやり取りをした。
バイト先のおばちゃんと帰り道に香水の話をした。話題はぐち山が前に話していた「匂いが付いていない香水」についてだった。その香水はそれ自体に匂いはなく、付けた本人が元から持っているホルモン?匂い?を強調してくれるというものだった。
「あんたが付けたら豚山の匂いすんじゃない?」と言われた。豚山とは僕が最近ハマっている二郎系インスパイアのラーメンのことである。
「店内のにおいするってこと?」
「行列できんじゃない?」
「俺に?」
という会話をしておもろかった。50代後半のおばちゃんが「行列できんじゃない?」って言えんのすごい。感性若い。
店のおばちゃん達はなぜか全員がエピソードトークをする。毎回きっちりオチまで形になっているし、とにかくおもしろいことを言おうとする。おもしろければ、客と大喧嘩してもOKみたいな雰囲気がある。逆におもしろくなかったらめっちゃ怒られる。
なんでみんなこんな笑いに執着してんの?と二人くらいに聞いたら「落合さんがそうしてる」って二人とも言っていた。申し訳ない気持ちと少し嬉しい気持ち。
落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。