【完】〇△◇パズルでSTから教わったこと
ST先生は、各職種間で、安易な棲み分けをすること、例えば、極端な例、手はOT、足はPT、言葉はSTというのを嫌っていたと思う。
だから、それぞれが、それぞれの専門性を持って、かつ、その専門性を振りかざさずに、一人の患者さんに向き合い、最適解を探す努力をしなくちゃいけない、ということが言いたかったんだと思う。
必要ならPTだって言語や嚥下を見ないといけない、OTだって言語を見ないといけない、STだって歩行をみないといけない、そう言いたかったんじゃないだろうか?
ST先生は、言葉を続けた。
「俺たちがやりがちなのってさ、自分の得意な手技手法を、患者さんに当てはめがちじゃない?例えば、ボバースやってる人なら、ボバース。AKAやってる人なら、AKA。認知運動療法なら、それ。」
「なんかさ、『自分がやってることが最強なんだ』って、みんな思いたいんだよね。だけどさ、患者さんにしてみれば、なんだっていいから、自分にとって一番良い方法を提供してほしい訳でしょ?」
「だからなんだよ、セラピストは、ずっと学び続けないといけないの。」
「どんだけ学んだって、目の前の患者さんに一番良い方法を絶対に提供できるとは限らないんだよ。」
ST先生の言葉に熱気がこもってきた。
僕とて同じだ。熱気をこめて聞いた。
「いいかい?患者さんを作業に合わせたらダメだよ?作業を患者さんに合わすんだよ。」
「見たろ?こんな、たった3種類のパズルだって、すげえ数の段階付けができるんだよ。自分が持ってる作業、できる作業の数じゃないの。そんなの少なくたって、できることはあるの。」
「手の巧緻性向上に、スロットマシンがいい、っていう患者さんに、作業療法室まで来て、スロットマシンやらす必要ないんだよ。もしスロットマシンが必要なら、街中にパチンコ屋あるじゃん。治療空間なんて、そこら中にあるじゃん。」
「限られた空間、作業、時間で、治療的関わりができるからプロなの。患者さんだって、在宅に帰りゃ資源は限られてんだよ?」
「たくさんの荷物(アクティビティ)抱えて、さも『リハビリやってます』っていうセラピストは三流だよ。限られた資源の中で、知らないうちに患者さんに良い影響与えるのが、良いセラピストだと思うよ、俺はね。」
ST室に入ってから、かなりの時間が経過していた。
ST先生は、大きく一回、ため息をついて、言った。
「けっこう時間たったね。メシでも食いに行こう。どうしようか?野郎3人で、しゃれた店行ってもしょうがねえしな~」
ST室を後にして、先生の車で5分程度走ったファミレスで、今度は、リハビリテーションとはまったく関係ない話をした。
「俺ね、おつさんのこと、『しわい奴』だと思ってたの。要するに、『分かりにくい奴』ってこと。でも、今日、話してみて、こんな分かりやすい奴、いたんだ、って思った(笑)」
「おつさんって度胸はいいけど、客観的な視点も持ちなよ。なんか勝手に『おつ法』とか、変な手技の団体作りそうだからさ(笑)」
あれから、約20年、ST先生とは、その後、連絡をとっていない。
だけど、
「患者さんを作業に合わせるのではなく、作業を患者さんに合わせる」
「限られた資源の中で、知らないうちに患者さんに良い影響与えるのが、良いセラピスト」
この2つのくさびを僕の心に打ち込んでくれた恩師の言葉と笑顔は、今でも鮮明に思い出すことができる。そして、それは僕の理想であるステルス・リハビリテーションという考え方の根幹になっている。
(完)