【考察】Fiammetta ~「火の舌」と不死鳥~
フィアメッタ(Fiammetta)。それはアークナイツをプレイするドクター諸氏からしてみれば馴染み深いキャラクターだろう。SS「喧騒の掟」(2020年5月27日、実装)で初登場を果たした彼女は、モスティマの監視役という身分とその特異な呼び名から、存外に揶揄愛されている存在と言えるのではないだろうか。
さて、本記事を書そうとあたった際に、その思い立った最大の要因は以前に少しだけTwitter(現X)彼女に関する考察をしたところにある。『使徒言行録』2:3に記された「火のような舌」と結び付けれるものである。
スマホで豊満なフィアメッタのイラストを探してはスクロールするという、主に見放されてもおかしくないような怠慢極まりない暮らしを送るさなかに、「よし、調べよう」という気概が生じたのも何かの啓示だろう。よってここに、自らの稚拙な考えをまとめておこう。
聖霊「火の舌」
そもそも「火の舌」とは何か。新約聖書の一書、『使徒言行録』にはこう記されている。
上記にあるように、「火の舌」とは聖霊(Holy Spirit)が具現化した一つの姿形とされている。聖霊とは端的にいえば、神やイエスの一側面であり、人々を突き動かすための働き・力とされていて、偏在している(詩篇139:7)ものとされている。
キリスト者たちの間ではしばしば、この「火の舌」は聖書の言葉として解釈されている。ともすれば、「神の燃え上るほどの熱い愛の言葉」とも取れるだろう。そもそも「火」と「舌」は聖書の世界では頻繁に登場する。例を挙げれば枚挙にいとまがないが、下に幾つかピックアップしておく。
古来、人間が火を手にした時から「火」は神聖視されてきた。日常生活を送る上で不可欠なものである一方、死に至らしめる恐怖の存在。不浄を焼き払ってくれる働き。闇を照らし、人々を安心させるなどといった性質を持ているから想像できるように、ゾロアスター教を始め、世界中に火炎崇拝は行われてきた。
アブラハムの宗教においてもその影響を大きく受けている。モーセが行った最後の説教を記した『申命記』33:2の言葉「主はシナイからこられ、セイルからわれわれにむかってのぼられ、パランの山から光を放たれ、ちよろずの聖者の中からこられた。その右の手には燃える火があった。」とあるように、また上に列挙した聖句たちを見て、炎はしばしば神の臨在の象徴として用いられることが分かる。いわば清め、純化、聖化の象徴と言える。
「舌」はしばしば制止の意味合いで強く用いられている。口から出るもの=「言葉」の象徴とされることから、人々は舌を制しなければならない戒めを伝えている。要するに「よく考えてから喋れ」と人間社会を生きる上で至極真っ当で常識的なことを説いているのである。『羊たちの沈黙』に登場するハンニバル・レクタ―博士は収監されている監獄の隣室にいる重犯罪者を言葉だけで殺めたとあるように、舌一枚で人は簡単に殺せてしまう。一方、人を喜ばせたり慰めたり、聖書的な言い方を用いれば「正しい言葉を伝える」ことができるのもまた舌の能力と言えるだろう。
しかし話を戻して「火の舌」の「火」が現わしているものはともかくとして、ここにある「舌」は前述したように「神/聖書の言葉」と解釈されていることから、戒めを諭す「舌」とはまた異なった性質を帯びている。
さて、やや逸れてしまった話を軌道修正するとして、では「火の舌」とフィアメッタになんの関連性があるだろうか?それを探るため、フィアメッタの名前を少しだけ掘り下げてみよう。
Fiammettaと火の舌
Fiammettaという名前はイタリア語の炎「fiamma」に「小さい」を意味する接尾辞「-etta」がくっ付いてできた名前である。どうやら欧米ではそれほどポピュラーな名前ではないとされているが、有名どころを取り上げるのであれば、『デカメロン(Decameron)』を書いた中世イタリアの詩人ジョヴァンニ・ボッカッチョ/ボッカチオ(Giovanni Boccaccio)の散文作品『マドンナ・フィアメッタの悲歌』と言ったところだろうか。恋人に捨てられた主人公フィアメッタの境遇と本人の愛憎、恋人の帰還を心して待ち続ける心理描写を描いた小説だ。
では本題「Fiammettaと火の舌」の繋がりについてだが、これについては明確な出典先は確認できていない。欧米の人名サイトを検索したところ、どこも「Fiammettaは五旬祭に降臨した聖霊を指している」と書かれている。この五旬祭に降臨した聖霊が、まさに上にある「火の舌」である。
しかし「火のない所に煙は立たぬ」とあうように、必ずどこかもとがあると考えたいところではある。今はまだその元となったものが確認できていないため、この「Fiammettaと火の舌」の繋がりに関しては一個人の予想に留めておこう。
上述したように、「火の舌」とは「神の燃え上るほど熱い愛の言葉」である。アークナイツ『吾れ先導者たらん』の劇中では、光輪に依存し、心の中で対話を完結しているサンクタたちをよそに、誰よりも荒々しく声を上げていたのはフィアメッタである(パティアちゃんは置いておいて)。「火の舌」とは三位一体における聖霊(Holy Spirit)であり、いわば神の力と言葉の代行者だ。フィアメッタの言葉に果たして愛があったかどうかさておき、口を噤む天使たちに代わって言葉の本質を強く伝えるその姿はどこか聖霊と重なるところがある。
また「舌」だけを取り上げるのであれば、上述したように「舌」は善い言葉を綴る一方、悪しき言葉を吐き連ねることもある。「神の舌」ではあれば、人々を導く言葉を発することあれば、背いた者を貶す言葉も発することがあるだろう。となれば、終盤にアンドアインに極めて汚らしいスラングを吐き捨てたのも頷ける。
聖なるフェニックス
フィアメッタが不死鳥をもとにデザインされたキャラクターであるのは改めて言う必要はないだろう。古代ギリシアの歴史家ヘロドトスが著した『歴史』に記載されたフェニックスは「金色と赤で彩られた羽毛を持っている」と書かれていて、フィアメッタの昇進2のイラストでは上手くそれを反映させている。
フェニックスは現代でイメージするように、「不死の鳥」「死から蘇る鳥」とされているが、当初は違っていた。ヘロドトスが『歴史』著された紀元前5世紀の時代にはまだ「不死」の性質が備えられていなかった。
やがて時代を下るにつれ、フェニックスは様々な性質を備え付けられるようになり、またキリスト教においては死から蘇ることから再生のシンボルともされた。
そして8世紀に作られた詩には、いよいよキリストの復活と結び付けられることとなった。
エジプトから端を発したフェニックスは、やがてギリシアやローマの記述家たちを経てキリスト教における再生のシンボルとなった。聖霊がよくハトとして象られることから、フェニックスも「復活」という奇跡を司る神の聖霊(=働き、力)とも考えられないだろうか。
加えて『吾れ先導者たらん』のメインビジュアルイラストのセンターに鎮座したフィアメッタを見れば、頭上にはヘイローらしき光輪を被り、背後には鳥の翼を羽ばたかせている。率直に物事を口にして人々に伝える分、彼女のほうがよっぽど現実における天使、ないし聖霊に近しい存在と考えてる悪くはないはずだ。
悪魔とフェニックス
上段では神聖なる側面のフェニックスを紹介したが、ここでは悪魔に列せられたフェニックスについて触れておきたい。
17世紀から伝わる作者不明のグリモワール(魔術書)『レメゲドン』の第一書『ゴエティア』にフェニックスは悪魔として描かれている。概ね、次のように説明されている。
余談ではあるが、エクシアの中国語名は「能天使」であり、これは天使の階級では中位三隊の三番目にあたる。仮にフィアメッタをこの悪魔たるフェニックスに当てはめると下から数えて七番目、つまり上位三隊の三番目・「王座」の階級に属するため、フィアメッタはエクシアよりも遥か上位、最上位クラスと言ってもいい天使になる。(上の引用に「1200年後に座天使の第七階級に戻る」とあるように、ここでのフェニックスは元天使だったことが分かるだろう。)
監視役という体を取ってはいるが、常にモスティマ(≒悪魔)と行動を共にしているフィアメッタはこのような悪魔としてのフェニックスの側面を備えていたからこそなのではないかと、考えさせられるところがある。
最後に
口を噤むサンクタたちに代わって堂々と実体を持った言葉を発するフィアメッタの姿は、まさに人々の頭上に降臨し神の言葉を代弁した「火の舌」と重なるところがある。以心伝心をそっくりそのまま形としたのがサンクタであり、心から発せられた言葉は文字通り「本心」と認識することはできるかもしれないが、当の本人に届いていなければ「本心」であっても伝えることはできない。なら、堂々と自分の生々しい気持ちを乗せた、何者にも阻まれないフィアメッタの言葉のほうが、よっぽど「本心」そのものなのではないだろうか。
Fiammettaの名を持つ限り、彼女はきっと毒を吐く悪魔でありつつも真摯な言葉・福音を伝えてくれる天使であり続けることだろう……と筆者は今日もフィアメッタの鶏むね肉に想いを馳せる。
参考文献
・新約聖書(新共同訳&口語訳)
・『デカメロン』の遺産=14世紀後半から 15世紀初頭のイタリア・ノヴェッラに おける額縁・現実性・エロス 米山喜晟
・ヘロドトス著 『歴史』 青木巌訳 新潮社
・タキトゥス著 『年代記』 国原吉之助訳 岩波書店
・トニー・アラン著 『世界幻想動物百科』 上原ゆうこ訳 原書房
・ラクタンティウス『不死鳥(de Ave Phoenice)』
・ヨハン・ヴァイヤー主著 『悪魔による眩惑について』 1577年第五版 補遺『悪魔の偽王国』