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企業内弁護士による株主優待の法的考察
株主優待制度の法的問題
世の中に広く浸透している株主優待制度ですが、公刊文献などでは、会社法の観点から株主平等原則や利益供与、配当規制の論点として多く取り上げられています。
たとえば、株主優待による乗車券の配布が違法配当にあたるとした判例として平成2年3月28日高知地方裁判所判決がありました。
ただ、この事案では、長年無配当が続いている鉄道会社で、持株数に対して一定の割合で比例して無料乗車券が配布されている株主優待制度でしたので、現物配当の色彩がより強いものだったと推測されます。また株主が使いきれなかった無料乗車券を会社が買い取っていたとの認定がされており(従業員が個人的に買い取っていたかもしれないという留保はあるものの)、現在、広く一般的に行われている株主優待制度とは状況が異なるようです。
株主優待制度の目的は、①株主へのサービス提供、②個人株主の獲得、③安定株主の確保などとされています。判例こそ見当たりませんでしたが、学説などに照らしても現在では真正面から会社法規制に違反するという判断は出ないのでしょう。
むしろ、企業法務に従事する方は、自社が株主優待制度を導入している前提で、日常、種々の発生するトラブルについて法務調査し、対応することが多いのではないかと想像します。実は、私も株主優待制度がらみのトラブルについて調査している真っ最中ですが、調べてみると会社法の論点ばかりです。
そこで、この記事では、私の思考整理も兼ねて民法の観点から株主優待ポイントについて考察してみたいと思います。
株主優待の方法と民法上の位置づけ
株主優待の内容については、大きく以下のとおりに分類できるでしょう(判タ975号135頁)。
・物品の無料提供タイプ
・物品の購入割引タイプ
・サービスの無料提供タイプ
・サービスの利用割引タイプ
・その他
たとえば、保有株主数に応じて、自社製品を提供するといった物品の無料提供タイプの場合は、民法上では贈与契約と考えられます(民法549条)。また、サービスの無料提供タイプでは、サービス提供を受けるチケットなどの現物を配布するような場合には物品の無料提供タイプと考え方はほぼ同じです。
(贈与)
第549条 贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。
株主優待制度にまつわるトラブルを法的考察するときに、贈与契約がいつ成立したか?を考えなければならないときがあるかもしれません。たとえば、
基準日に100株購入したので、優待商品をすぐに発送してほしい
個人株主の方にはこのような主張をされる方もごくまれにいらっしゃいます。あらかじめ株主優待制度に関する定型約款を準備しておきましょう、という結論に至るわけですが、特に規約や約款を準備していない場合には、民法に照らしてトラブルやクレームを地道に解決していくしかありません。
さて、贈与契約の成立時期を考えてみると、
①基準日が到来した時点
②企業が優待の物品を株主に送付し、株主が物品を受け取った時点
など、いろいろが考えられます。いろいろ考えられてしまうということは、トラブルが起こったときに解決が難しくなってしまうということなので、あらかじめ定型約款をドラフトする際には、株主優待を提供する条件を検討しておく必要があります。たとえば、
第X条(株主優待の条件)
1 当社は、株主名簿の基準日に株式を保有しているものに対して、別紙に掲げる保有株式数に応じて株主優待商品を提供する。
2 株主優待商品の発送は毎年X月X日からX月X日までに行われるものとする。
いった内容です。
書面によらない贈与と定型約款
株主優待制度で商品やサービスの無料提供タイプは贈与契約ですから、民法上の規定に照らすと、書面によらない贈与の解除規定も適用される場合があります。
(書面によらない贈与の解除)
第550条 書面によらない贈与は、各当事者が解除をすることができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない。
他方で、株主優待制度を導入している企業のなかには、株主優待制度にかかわる定型約款を準備し、公表しているところもあります。定型約款では、書面によらない贈与の規定も踏まえて、何らかの事情で株主優待制度を廃止したり、優待商品の内容を変更しなければならない状況を踏まえて、これらに対処する条項をドラフトしておくとよいでしょう。
ちなみに、現代においては、株主優待の内容は各証券会社を通じて、インターネットなどを経由して公表されているところですが、民法550条の書面には電磁的記録は含まないと考える余地があります(平成16年現代語化の民法改正における中間整理の議論より)。
とすると、株主優待制度のもとで、特に定型約款を準備していないときには、商品を贈与する契約があるとしても、会社は、履行が終わるまでは民法の規定にしたがって解除できると考えられます。
確かに、個人株主の獲得を目的とした株主優待制度で、同制度の廃止に伴う贈与契約の解除となるとよほどの事情なのかもしれませんが、そこまでの極論に至らなくとも、株主名簿の基準日後に株主優待の商品の内容を変更したいが法的に可能か?という相談について、同じような思考過程のもとで回答することができるでしょう。
景品等表示法との関係
調査の過程でいろいろと気になる特別法が頭に浮かんできました。結論から述べると、株主優待の商品は、「景品等」には該当しないのではないかと考えています。
景品等表示法は他にも検討するポイントが多いのでまた機会があるときに記事を書こうかと思います。
資金決済法との関係
株主優待のなかにはいわゆる電子マネーや自社ポイントなどの株主優待ポイントを交付する企業もあります。ここでは資金決済法2条1項の「前払式支払手段」に該当するかどうかですが、判断のポイントは、優待を受けるにあたって株主側に対価が発生するかどうかです。
一般的には、株式数に応じて無料でポイントが付与されるでしょうから、資金決済法の「前払式支払手段」の定義には該当しないケースがほとんどだと思います。
まとめ
・株主優待制度では、個々の株主との取引は贈与契約です。
・きちんと定型約款を準備して、トラブルを防止しましょう