契約書の一般条項を理解する〜合意管轄〜
以前、企業法務を始めたばかりのスタッフから合意管轄について質問を受けました。あれこれ教えてみたものの、わかりやすく伝えることはとても難しいですね。
いざ教えてみると自分の理解が不十分であったことに気付かされ、備忘のために記事を書いてみます。
契約条項の具体例
契約書でよくみかける合意管轄は、万が一、契約書に関して紛争が起こった場合に訴訟を提起する裁判所について合意する条項です。たとえば、以下のような条文です。
第XX条(合意管轄)
本契約に関する甲乙間の訴訟の第一審の専属的合意管轄裁判所は、東京地方裁判所とする。
契約書で合意管轄の条項を理解するためには、民事訴訟法の裁判管轄への理解が不可欠です。条文は必ずみておきましょう。
(管轄の合意)
第11条 当事者は、第一審に限り、合意により管轄裁判所を定めることができる。
2 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
3 第一項の合意がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。
先ほどの合意管轄の契約条項例で、意識するポイントは3つあります。
第XX条(合意管轄)
①本契約に関する甲乙間の訴訟の第一審の②専属的合意管轄裁判所は、③東京地方裁判所とする。
一定の法律関係に基づく訴えであること
あまり争点がないので結論のみ書きます
以下のように、「本契約に関する」がないドラフトは、合意管轄として無効と考えられています。
第XX条(合意管轄)
甲乙間の訴訟の第一審の専属的合意管轄裁判所は、東京地方裁判所とする。
契約書のひな型から引用していれば、大体、書かれている定型文言ですが、自力でドラフトしようとすると意外に見落としやすいので注意が必要です。
専属的合意管轄の意味
「専属的合意」と書かれているときは、当事者が合意した裁判所以外の裁判所では訴訟しませんよ、と約束している意味になります。
ちなみに、たとえば以下のように
第XX条(合意管轄)
甲乙間の訴訟の第一審の合意管轄裁判所は、東京地方裁判所とする。
と書かれ、「専属的」の文言がないときは、合意した裁判所でも訴訟提起できますよ、と評価されると考えられています。
具体例で運用を理解する
それでは、具体例として、福岡県福岡市に本店所在地があるA社が、東京都千代田区に本店所在地があるB社に対して、契約に基づく代金の支払いを求めて裁判するときを考えてみましょう。紛争になっている契約書には、大阪地方裁判所を専属的合意管轄とされていたとします。
まず、専属的合意管轄裁判所が大阪地方裁判所だからといって、必ず大阪地方裁判所に訴訟を提起しなければならないわけではありません。
東京地方裁判所に訴状を提出しても受理されますし、B社が管轄違いを主張しなかったときには被告となるA社の本店所在地を管轄する東京地方裁判所で訴訟の審理が行われます。
A社が福岡地方裁判所に訴訟を提起した場合も、B社が管轄違いを主張しなければ、そのまま福岡地方裁判所で審理されるものと考えられます。
専属的合意管轄が意味を持つのは、B社が管轄違いの抗弁(反論)をした場合です。この場合、東京地方裁判所や福岡地方裁判所から、専属的合意管轄である大阪地方裁判所に移送されることになります。
なお、必ず移送されるとは限りません。裁判例などでは管轄合意が無効と解釈されることや、専属的合意管轄を認めることによって審理が遅延したり衡平を欠くときは移送が認められないこともありえますので、ここがややこしいところです。
被告の本店所在地にこだわる法務担当者
企業で契約書レビューをしていると、それぞれ本店所在地が異なる企業同士で契約するパターンはよく見かけます。
自社の本店所在地を管轄する地方裁判所にしたい、という双方の要望がぶつかって交渉が先に進まなくなることもよくあります。お互いの本店所在地を管轄する以外の裁判所を提案する手も考えられますが、あまりに無関係の場所にすると、先ほど述べた民事訴訟法17条による移送も懸念されるので、あまり効果的とはいえません。
デッドロックの末、下記のような条項案にこだわる法務担当者を見かけます。
第XX条(合意管轄)
本契約に関する甲乙間の訴訟の第一審の専属的合意管轄裁判所は、被告の本店所在地を管轄する地方裁判所とする。
私が最初にこのカウンターの条項に出会ったときに、先方の法務担当者に理由を訪ねました。すると、以下の回答が返ってきました。
「こちらから訴訟を提起することはないので、裁判管轄は訴えられる被告側の本店所在地としたい。」
なるほど、と思いますが、こういった理由をされる方に対しては、「民事訴訟法では裁判管轄は、被告の本店所在地が原則なので、合意管轄の条項を削除しませんか?」と再提案すると、大体、なぜか削除に応じてくれる法務担当者が多いです。
合意管轄のメリットを再確認する
訴状を提出した場合、訴えた側である原告は必ず第一回口頭弁論期日に出廷しなければなりません。遠隔地にある契約相手の所在地を管轄する裁判所に訴訟を提起せざるを得ないとなると、訴状を陳述するために遠隔地に行かなければならないので、時間や費用の負担が重くなってしまいます。
その意味で、専属的合意管轄の条項は、費用や時間コストを節約すべく、原告になりやすい立場の者がより強い関心を持つ条項です(全国の一般消費者に金銭を貸し付ける貸金業者などがよい例)。
先ほどの条文例をもう一度示します。
第XX条(合意管轄)
本契約に関する甲乙間の訴訟の第一審の専属的合意管轄裁判所は、被告の本店所在地を管轄する地方裁判所とする。
遠隔地同士の契約当事者が合意管轄でデッドロック状態に陥ったときに妥協案として出てくる案ですが、これを削除した場合には合意管轄はないことになります。つまり、民事訴訟法の規定によって裁判管轄が決まることになります。
普通裁判籍は、被告の所在地ですが(民事訴訟法4条)、財産上の訴えとして特別裁判籍の存在は無視できません(民事訴訟法5条)。たとえば、民法483条を根拠に債権者の住所地が義務履行地であると考えて、原告の所在地を管轄する裁判所に提起することができます(法律事務所で訴訟代理人をしていたときは多用していました)。
他方で、上記の条項例では、義務履行地として原告の所在地を管轄する裁判所に訴訟を提起した場合に、管轄違いの抗弁の主張が認められて、被告の本店所在地に移送されてしまう懸念があります。
いつ原告になるかはわからないので、被告本店所在地の専属合意管轄条項は消しておくことがベストプラクティスと考えていますが、ときどき誘導の理由付けに乗ってくれない法務担当者がいると、やるなっ!と思ってしまいますね。
終わりに
企業内弁護士として企業に入ってから、年間約1000〜1500本ほどの契約書をレビューしていますが、トラブルに至ったケースは少なからずあるものの、訴訟提起に至ったケースは約5年間で両手で数えられてしまうほどです。
実は、そのなかで合意管轄の条項に救われたケースは皆無でした。というのは論点として管轄が争点になったケースはありませんでした。契約書レビューは職人芸でがんばる場面もあるのですが、案外、そのようなもの、、、なのです。
ちなみに、自分がドラフトした条項が争点になり、穴があったら入りたい気持ちになることもありました。だからこそ気を抜けないのかもしれませんね。
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