ヘッドレストの隙間【怪談】
その日、美香さんは仲のいい同性の友人と地方へライブ遠征に出かけていた。
道中は友人の両親が車を出してくれてとても快適な旅であった。
ある一つのことだけを除けば。
これは彼女たちが帰路についているときの話である。
友人の父親が運転し母親が助手席に座っている。
運転席の後ろに友人、助手席の後ろに美香さんという並びで座っていた。
あの曲が良かった、どこそこの演出が良かったなどと盛り上がっていたとき、美香さんは不意に視線を前にやった。
助手席のヘッドレストとシートの隙間、具体的には母親の後頭部かうなじ辺りが見えるだろう数センチの空間である。
なんとなく直視したその空間には、男の口元があった。
ギョッとしてすぐに目をそらし友人のほうを向いたが、彼女は気付いていない様子だ。
怖がらせてはいけないと思い、その場では何事もなかったかのように振舞い会話を続けた。
もちろん、その後一度も前を見なかったことは言うまでもない。
後日、その友人と再び会う機会があった。
美香さんには思うところがあり、あまりいい気はしないだろうと分かりつつもあの日のことを友人に伝えることにした。
「あのさ、ライブ行った日の帰り、車で送ってくれたじゃない?その時にね、なんとなく助手席の頭とイスの間の部分見たときにね、男の人の顔下半分が見えた気がするんだよね…。」
友人の顔色が変わったのがわかる。
「美香、あんた何言ってるの」
案の定、気を悪くさせたかと思い
「あ…ごめんね、やっぱり気のせいだよね」
そう謝ると被せるように友人が言った。
「違うよ。あそこにあったの、顔の上半分だよ。あの男、あんたのことずっと見てたんじゃない」
美香さんはあの日より総毛立った鳥肌を撫でながら、自分が目をそらしている間にズズズ、ズズズ、と顔が動いているのを想像して後悔した。
ただ、美香さんはそれでも何故かあの男に“友人家族への因果”を感じざるを得ないのだという。
結局その顔の正体は分かっていない。
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