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76.品種交配について②

2016/05/21

 前述、ジャーマン・カベルネ系品種群の開発(交配)はドイツ政府の機関が行い、私もその動きにはちょっぴり関与させて頂きました。カベルネ・クービンという品種(レンベルガ―×カベルネ・ソーヴィニョン)の名付け親に指名されるという栄誉に浴したのです。1999年11月のことです。私も国営テレビの特別番組で記念講演をしましたが、その際、この6つの品種群の開発過程が政府機関から細かく公表されたのです。
 交配のドイツ側の親は、レンベルガーとトロリンガー(仏名グルナーシュ)で、これらはどちらもドイツではポピュラーな品種。そしてもう一方の親はボルドーのカベルネ・ソーヴィニョンです。両者を受粉交配し、種子を大量に得ます。何千の優良な種子を一粒ずつ発芽させ成長させぶどうを数房成らせますが、この時、自家受粉させます。メンデルの遺伝の法則に従い、新しい形質を固定するためです。ここまでの行程が3年。この時点で新しい種子が手に入り、又同じことを3年行いますが、その間成長が順調な木(それぞれ、たった一本)を幾つかに刻んで適切な台木に接ぎ木します。成長が不順なものはこの時点で脱落します。試験番号を与えて、(例えばA-2345とか)、各試験品種3本の接ぎ木苗を確保し、翌年、本栽培第一段階に持ち込みます。ここまでトータルで7年が経ちました。この後試験圃場でそれぞれの試験番号品種3本ずつを育てるのです。3本というのは3年後に10kgのぶどうを得るための苗木本数です。当初掛け合わせた総数から、ここまで200試験品種に絞り込みます。レンベルガー×カベルネ・ソーヴィニョンとトロリンガー×カベルネ・ソーヴィニョンそれぞれ200試験品種ですから合計400品種1200本です。
 さて、このあたりからワイン作りの本筋たる醸造がからんで来るのですが、3~5年の幼木に成った毎年10kgのぶどうから作ったワインの色・味・香りをよく見て、この各200品種を20品種程度に絞り込みます。残りは廃棄。これで合計15年経過。選別された20品種を接ぎ木で増殖して各70本の苗とし、更に大きな試験圃場に植え育て、成らせます。各200~300kgのぶどうを収穫するためです。ここまで又5年。毎年気候の違う中で収穫し、ワイン作りを繰り返します。ここで更に5年。スタートから25年が経過しました。
 最終的には1組の両親の子を2~3品種だけ選び残します。この後大面積栽培試験(約2ha)と大容量醸造試験、そしてワインの長期熟成試験が待っています。この行程に最低7~8年で以上合計32~33年。大面積栽培試験は信頼出来る一般農家の畑で行われますが、すべての試験が完了するまで、これら新品種は一切公開されません。これだけ厳しいプロセスを経ても最終段階で諸々の理由から廃棄の可能性もあるそうです。
 ひとつの新しい品種開発に約10億円もかかるとはこういうことなのです。食べるブドウと異なり、ワイン用ぶどうの場合、下手に未完成品が世間に流布すると、とんでもないことが起き、しかも回収が出来ない。植えた人は簡単に抜かない。といった具合で、収拾が付かなくなり、その一帯が安っぽいワインの巣窟になるからです。
 お分かりですが、単なる功名心で山ぶどうと何かを交配したり、はたまた醸造の段階で輸入ワインを大量に混入させたりなんてことは絶対に許されないのです。
 蛇足ながら、私自身がこの栄誉ある6品種のひとつの名付け親となったのは、この国立教育・試験機関の数多い同窓生のうち、地球上で一番遠い処でワイン作りをしているから、という理由によるものです。それ程この新品種を世界に拡めたいのでしょう。粋な計らいと感じています。

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