第一三共、2024年度第2四半期決算:「ジェネリック事業を手放した」その真意とは
### 企業概要
(会議室に入ってきたきらくは、優雅に赤ワインを手に取りながら、今日の議論を始めた。)
「第一三共の決算分析の前に、まず会社の概要から説明させてもらうわね」
「当社は、革新的な医薬品の創出を行うグローバル製薬企業よ。特にがん領域での抗体薬物複合体(ADC)※1の開発に強みを持っているわ」
「抗体薬物複合体って何ですか?」銭太郎が首をかしげる。
あおいが補足する。「がん細胞を狙い打ちできる抗体に、強力な抗がん剤を結合させた薬剤のことです。正常な細胞への影響を抑えながら、がん細胞を効果的に攻撃できる革新的な治療薬なんですよ」
「主力製品には、がん治療薬『エンハーツ』※2や、抗凝固剤『リクシアナ』※3などがあるわ。ただし、エンハーツへの依存度が高すぎるのではないかという指摘もあるわね」
※1 ADC(Antibody Drug Conjugate):抗体薬物複合体。抗体と抗がん剤をつなぎ合わせた薬剤で、がん細胞を選択的に攻撃する
※2 エンハーツ:HER2というタンパク質を標的とするADC。乳がんや胃がんなどの治療に使用
※3 リクシアナ:血栓症の予防・治療に使用される抗凝固剤
「その懸念について、どう考えればいいんですか?」あおいが質問を投げかける。
「エンハーツは確かに重要製品だけど、複数の適応症への展開と地域分散が進んでいるの。特に、HER2低発現乳がんへの適応拡大や、新たな地域での承認取得が着実に進んでいるわ。また、他のADC製品の開発も順調に進展しているし、リクシアナも前年同期比で26.5%増と力強い成長を続けているのよ」
### 事業構造改革の進展
「まず、大きな戦略的変化として第一三共エスファ※4の株式譲渡があったわ。これによりジェネリック事業※5の売上収益が連結から除外されることになったの」きらくが説明を始める。
※4 第一三共エスファ:第一三共のジェネリック医薬品事業子会社
※5 ジェネリック事業:特許が切れた医薬品の後発品(ジェネリック医薬品)の製造・販売事業
「安定収益源を手放して大丈夫なんですか?」銭太郎が心配そうに尋ねる。
あおいが補足する。「これは戦略的な判断なんです。ジェネリック市場の競争激化が予想される中、より収益性の高い革新的な新薬事業に経営資源を集中することで、中長期的な成長を目指す。実際、この判断は既に業績にも表れ始めていますね」
### 業績の詳細分析
「第2四半期の売上収益は8,827億円で、前年同期から1,564億円の増加。売上総利益率も前年同期の74.1%から77.6%へと3.5ポイント改善したわ」きらくは満足げに説明する。
「ただ、為替の影響が396億円もあるんですよね。実力以上に見えているんじゃないですか?」銭太郎が率直に質問する。
きらくはワインをゆっくりと揺らしながら答える。「その指摘は理解できるわ。でも、為替の影響を除いても1,167億円の実質的な増収なの。これは製品力とグローバル展開の成果よ。為替の影響は、むしろグローバル企業への成長を示す指標とも言えるわね」
「エンハーツの売上が2,613億円というのは、どのように評価すべきでしょうか?」あおいが質問を投げかける。
「極めて重要な成果ね。前年同期から879億円増加しているけど、特筆すべきは、その内訳よ。米国では乳がん、胃がん、肺がんの各適応症※6で新規患者シェア1位を維持しながら、さらなるシェア拡大を実現。欧州でもドイツ、フランス、イタリア、スペインを中心に、乳がんの各適応症で新規患者シェア1位を維持しつつ、シェアを拡大しているの」
※6 適応症:医薬品の使用が認められている病気や症状のこと。新しい適応症が承認されると、その病気でも使用できるようになる
### 費用構造の戦略的変化
「費用面では、研究開発費が273億円増加して1,933億円になっていますね」あおいが指摘する。
きらくは表情を引き締めて答える。「この投資増加には明確な戦略がある。エンハーツでADC技術の有効性が実証されたことで、この技術を活用した新薬開発をさらに加速させているの。アストラゼネカや米国メルクとの提携により開発リスクを分散しながら、次世代の成長ドライバーを育成しているわ」
「でも、この投資は本当に回収できるんですか?」
「その懸念はもっともね。ただ、これまでの開発進捗を見れば、投資効率は高いと判断できるわ。例えば、エンハーツの適応拡大は計画通りに進んでいるし、新規のADC開発も順調よ。また、売上総利益率の改善が示すように、収益構造も着実に強化されているの」
売上原価は売上の伸びに比べて46億円増の1,930億円に抑制できている一方で、販売費及び一般管理費は532億円増の3,299億円と大きく増加しているわね」
「なぜこんなに増えたんですか?」
「主にアストラゼネカとのプロフィット・シェア※7が増加したためよ。ただし、これはエンハーツの成功に伴う必然的な増加で、戦略的提携の成果を示すものなの」
※7 プロフィット・シェア:戦略的提携において、製品の利益を提携企業間で分け合う仕組み。エンハーツの場合、日本を除く地域での売上総利益の50%をアストラゼネカに支払う契約となっている
### 財務状況の詳細分析
「財務面では、資産合計が3兆2,971億円となり、前期末より1,640億円減少しているわ」きらくが資料を指さす。
「減少というと、財務体質が弱まっているんでしょうか?」あおいが心配そうに尋ねる。
「むしろ逆よ。この減少は戦略的な資金活用の結果なの。具体的に見ていきましょう」きらくは数字を丁寧に解説し始める。
「手元流動性※11は8,470億円と、確かに前期末から3,767億円減少しているわ。これは主に3つの要因があるの。第一に自己株式の取得で、9月末までに2,153万株、1,200億円を既に実施。第二に研究開発投資の強化。そして第三に運転資本の季節的な増加よ」
※11 手元流動性:現預金、有価証券、投資有価証券など、比較的換金性の高い資産の合計
「それでも大丈夫なんですか?」
「ええ。親会社所有者帰属持分比率※12は49.2%と、前期末の48.8%からむしろ改善している。半分近くを自己資本で賄える強固な財務基盤を維持できているのよ」
※12 親会社所有者帰属持分比率:自己資本比率とも呼ばれ、総資産に占める自己資本の割合を示す指標。財務の健全性を測る重要な指標の一つ
### グローバル展開の実態
「地域別の状況について、より詳しく見ていきましょうか」
「日本ではエンハーツの売上が155億円と、前年同期比51億円の増加。特にHER2低発現乳がん※13への早期浸透が順調ね。リクシアナも679億円と、108億円の増収を達成しているわ」
※13 HER2低発現乳がん:HER2というタンパク質の発現が低いタイプの乳がん。従来の抗HER2療法の対象とならなかった患者さんにも治療機会を提供
「海外の依存度が高まっているという指摘もありますが...」あおいが慎重に質問を投げかける。
「その通りね。でも、これは戦略的な成長の結果よ。米国では1,401億円と343億円の増収を達成。各適応症で新規患者シェア1位を維持しながら、さらなるシェア拡大を実現している。欧州も705億円と313億円の増加で、特にドイツ、フランス、イタリア、スペインでの浸透が進んでいるわ」
「ASCAでの351億円、172億円の増収も注目に値するわね。特に中国では胃がんでの承認取得、ブラジルではHER2陽性乳がん2次治療での新規患者シェア1位獲得など、具体的な成果が出ているの」
### 通期見通しと成長戦略
「上方修正の詳細を教えてください」あおいが資料を確認しながら質問する。
きらくは姿勢を正して説明を始める。「売上収益は当初予想から800億円増の1兆8,300億円、コア営業利益は500億円増の2,600億円に上方修正したわ。これは、主力製品の好調な販売に加えて、円安の影響も反映しているの」
「具体的な増収要因は?」
「売上収益予想の上方修正800億円の内訳を見ると、為替影響が約370億円、リクシアナを中心とした売上拡大が約430億円ね。ただし、米国でのHER3-DXd上市遅延の影響もあったわ」
「研究開発費は減少予想なんですかゼニ?」銭太郎が不思議そうに尋ねる。
「前回予想から100億円減の4,600億円としたけど、これは経費執行時期の見直しによるもの。研究開発の重要性は変わっていないわ」
### 今後の成長ドライバー
「今後の成長に向けた具体的な取り組みはどうでしょうか?」あおいが実務的な視点で質問する。
「大きく3つの軸があるわ。第一にエンハーツのさらなる適応拡大。化学療法未治療のHR陽性かつHER2低発現乳がんでは既に欧米で承認申請を行っているわ。第二に新規開発品の進展。特に米国メルクとの提携で始まったMK-6070の開発は、小細胞肺がんでの治療選択肢拡大が期待できるの」
「第三の軸は?」
「製品価値の最大化よ。例えば、既存薬との併用療法の開発を通じて、治療効果の向上を目指している。これは患者さんへの貢献と事業価値の向上を同時に実現する取り組みなの」
### 株主還元の進捗
「株主還元について、もう少し詳しく教えてください」
きらくは落ち着いた様子で答える。「年間配当を前期比10円増配の60円に引き上げ。さらに2,000億円または5,500万株を上限とする自己株式取得を進めており、9月末時点で2,153万株、1,200億円の取得を完了したわ」
「今後の還元強化の可能性は?」
「収益基盤の拡大に伴い、さらなる還元強化も検討していくわ。ただし、それは持続的な成長があってこそ。だからこそ、現時点では成長投資とのバランスを重視しているの」
### 第2四半期決算の総合評価
きらくは最後にワインを掲げ、評価をまとめ始めた。
収益性 ★★★★★
「売上総利益率は77.6%と高水準を維持し、前年同期から3.5ポイント改善。革新的医薬品の伸長により収益性が着実に向上」
成長性 ★★★★★
「売上収益は前年同期比21.5%増。為替影響(396億円)を除いても1,167億円の実質的な成長を実現。特にグローバル製品の伸びが顕著」
財務健全性 ★★★★
「親会社所有者帰属持分比率は49.2%と安定的。手元流動性は戦略的投資により減少したものの、成長を支える十分な基盤を維持」
研究開発進捗 ★★★★★
「エンハーツの適応拡大に加え、MK-6070との新規提携など、パイプラインの価値が着実に向上」
株主還元 ★★★★
「年間配当10円増配と2,000億円規模の自己株式取得を実施。9月末時点で1,200億円の取得完了など、着実に進捗」
総合評価 ★★★★★
「イノベーション創出力、グローバル展開、財務基盤のバランスが向上。持続的な成長モデルの構築が進展」
「ただし、これは通過点に過ぎないことを忘れないでね。医療技術の進歩は加速し、競争も激化している。現状に満足することなく、さらなる革新に挑戦し続ける必要があるわ」
(銭太郎とあおいが深く頷き、この日の議論は締めくくられた。)
第一三共、2024年度第2四半期決算:「エンハーツに続く"最強の一手"」を米メルク社と仕掛ける理由
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