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おすすめの本「ひみつのたべもの」

 突然だが、あなたの部屋の窓を見て欲しい。
 何が見えただろうか?
 簡単に5行程度の文章にしてもいいし、簡単なスケッチをしてくれてもいい。
 どれぐらい「窓」自体について書いているだろうか。
 「窓の外の風景」についてになっていないだろうか。
 「窓」についてどれぐらい認識しているだろうか?
 どんな窓枠でガラスは汚れているのかピカピカなのか、どれぐらいの大きさなのか。
 そう、意識しないと認識しないものが生活の中には沢山ある。
 僕にとっては「食」がそうである。
 これまでほとんど「食」に興味がなかった。
 その話をすると、多くの人に勿体ないと言われるが、食べ物の好き嫌いが多く、好きな食べ物もほとんどない人間からしたら、一日のうちに何度か訪れる空腹に怒りさえも感じるほどであった。

 そんな僕でも、趣味を通すと「食」に対する意識は変わってくる。
 僕はSKE48のファンだが、今の推しメンである五十嵐早香さんは、とても文章が書ける人で彼女が、「食」について書いたブログ「孤独の早香」シリーズはどれも好きだし、創作物の中の食品描写も素晴らしかった。
 推しメンのブログの面白さを伝える為に、自分もブログで特集記事を書くようになった。五十嵐さんがラーメン好きということもあり、毎回、ラーメンの画像を撮ってTwitterのブログ更新欄に載せることにした。
 そうなると、日常生活の中の視点も変わってくる。
 「ああ、この辺にラーメン屋さんあったはず!」とか、「どなたかラーメン画像ください!」とTwitterで呼びかけたりもした。
 今、思えば、「食」を豊かにすることは、日常を豊かにするファーストステップではないか、と気づいた。
 

 今回、おすすめする「ひみつのたべもの」は、女優松井玲奈が書いた「食」に関するエッセイだ。
 彼女のこれまでの小説を読んできた方なら分かると思うが、彼女の「食」に関する描写はどの作品でも秀逸だ。
 その背景には、これまでの「食」に対する敏感さがあったのか、という発見があった。
 

 詳しく見て行くと、まず、表紙をめくると松井玲奈と料理の写真が何ページか続く。この写真。全て読み終えると、「ああ、これのことか!」という納得がある。特に「10分 どん兵衛」は自分でやってみたことがなかったので、「こんなことになるのか!」という驚きがあった。
 あとは、料理をしている松井玲奈が口を大きく開けている写真も素敵だった。

 本書の中で一つ一つの料理と共に、浮かび上がってくるのは松井玲奈の思い出と生活だ。
 時には家族との思い出。
 時には異国の地の思い出。
 時には辛かった思い出。
 多分、この本を読んでいるうちに、読者たちも自分の思い出の料理を徐々に意識してきたのではないだろうか。
 更に、料理を食べることで発生する感情の幅の豊かさも面白い。
 時には多幸感。時には罪悪感。時には恐怖。様々な感情が彼女の中で溢れて行く。
 僕もこの本を読むことでいくつかの思い出が追想された。
 「二度と味わいたくない」を読んだ時は、僕も一昨年、前の会社の友人に奈良県の焼き肉に連れて行ってもらった時に、肉が生焼けでウイルス性の下痢になってしまったことを思い出したし、「珈琲の店 Paris COFFEE」を読みながら、京都にあった自分の好きな喫茶店のことを思い出した。
 そして、「再現できない味」を読むと、自分にも思い出がムクムク復活してくるトリガー料理ってあったなあ、とふとここ10年ぐらいの思い出の料理が駆け巡った。

 この本の楽しみは、料理の豊富さやエピソードトークだけではない。
 文体の豊富さである。
 「たべる」と「推しに捧げる手作りプリン」の文体を比較すると、本当に同一人物なのか!と叫びたくなるぐらいの高低差だが、どちらも松井玲奈の素晴らしいところなのである。
 本書の表紙のような笑顔もあれば、好きなアニメや新幹線を語る時の眼を細めたような笑顔もある。どちらも松井玲奈でどちらも僕は好きである。

 SKE48ファン目線でみると、なんで松井玲奈があんなに細かったのかだったり、回文の元SKE48メンバーのことが書かれていたり、と懐かしいエピソードもあるので、是非、こちらも確認してほしい。

 あとは、僕はよく本を読み終わった後に、ブックカバーをとって中身を見てみるタイプなのだが、今回も素敵なしかけがあった。そうか、ご飯を食べる時はランチョンマットをしかなければな、と僕は思った。

 明日食べる食事は何だろう?
 どんな匂いでどんな音を立てて、どんな食感だろう。
 誰と食べよう、どこで食べよう。
 昨日よりもきっと、丁寧に接することができるようになる、おすすめの本である。
 ぼくは今、台湾料理のサイトを見ながら、明日のことを考えている。

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