さとかほとベーグルの輪
今年のアカデミー賞の作品賞を受賞した「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」はご覧になられましたでしょうか?
「ポリスストーリー3」のミシェル・ヨーさん主演で( 夫役は、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』のあの子供のキー・フォイ・クワンです!)、プロデュサーはルッソ兄弟、製作はA24、という映画好きならめちゃくちゃ楽しみな布陣でありながら、非常に低予算で素晴らしいものを作っています( 別の映画のプレミアの会場でちゃっかり撮らせてもらったシーンもあります )。
ここ数年、某アメコミ映画界隈で「若者のマルチバース疲れ」が叫ばれていますが、この作品はそれを逆手にとった作りになっていて、詳しいネタバレは避けますが、僕が映画中でカウントしただけで84個のバースがあったはずです。彼女と対峙する娘は、これだけマルチバースがあるなら、一つ一つの人生に本当に意味があるのか、という疑問を抱きます。映画「ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!」を見たら解決しそうな気がしますが、残念ながら、キアヌ・リーブスはこのバースにはいません。
この映画では宇宙を救うために娘と戦うお母さんの話が縦軸としてあります。マルチバースという自分の様々な可能性、「こういう私の可能性もあったのかも」というものですね。ピンとこない方は、「365日の紙飛行機」の歌詞を思い浮かべてください。
主人公は自分のあったかも知れない可能性を何度も見ていきます。時には、もう一つの可能性の自分の能力を借りて、危機を乗り越えていきます。
しかし、彼女と対峙する娘の方は、人生の全てに虚しさを感じています。マルチバースがあるってことは、自分の人生は唯一無二なんかではなく、どんな道を選んでも意味がないじゃん、と虚しさを感じています。自分は決して特別ではないと。
この感覚は非常に現代的で、たとえば、SNSで発信した自分の心情の吐露や真摯なメッセージは、数分後には、タイムラインの中に消えて、数日後には誰も思い出さない。そんな自分の存在って何だろう、という虚しさを感じます。最近、SKE48の「世界が泣いてるなら」を偶然聴き直したんですが、この曲がリリースされた2015年3月5日よりも今の方が歌詞の重みを感じます。
さてさて、話を「エブエブ」に戻すと、娘は自分の虚しさの表層としてドーナッツの型のベーグルを出します。このベーグルの輪は様々なものを吸い込んで消していきます。この娘の虚しさを母がどう乗り越えるかは、是非、映画で確認してほしいんですが、僕は映画を観終わったあと、悔しさで悶えていました。
この映画を観てから、「かける人 対談集」の記事作ればよかった!!
僕の作っている雑誌「かける人」の2冊目は対談集でした。その中で時田さんとの対談させていただいた「20年代の当事者たちへ」の本当に最後で、さとかほについて少しだけ触れています。
さとかほの奥にあるものは、いったい何なのか、ということです。
中心に何か得体の知れない空洞があって、それを近づくか離れるかすることで埋められるのではないか、それとも永遠に埋められないのか、とちょっと怖さ混じりに考えていました。その見えない暗闇のような空洞の正体を。
8期生が入って来た時、岡田美紅さん推しだった僕は、さとかほに対して、なんか得体の知れない人だなあ、と感じていました。なんというか、「S田系」(須田亜香里、柴田阿弥、惣田紗莉渚)を更に10年代後半にアップデートしたような感じがしました。はっきり書くと苦手だったんですね。アイドルさとかほのあざとい路線と等身大の佐藤佳穂には結構な乖離があるのでは、という48グループというある意味、リアリティショーのさきがけのようなアイドルグループの中でわりと真剣さを売りにしているSKE48において異質な存在でした。ここまで書いて、この時点でさとかほが自己プロデュースの第1段階に成功していることに気づきました( 勿論、さとかほがも全力で公演などにも取り組んでいることを前提に書いています )。
やがて、推しの岡田美紅さんは卒業し、起業していくんですが、さとかほはというと、ラジオのレギュラー番組を持ち、選抜入りもします。そして、チームEのキャプテンに就任します。
この間に僕は、彼女のホラー映画好きという要素に惹かれます。
な、なに!!
映画好きだったのか!!
サム・ライミ監督好きなのか!
ちなみにホラー映画のリストが載ってるのはこのアメブロです!
このリストをみていると、さとかほの中のレイヤーが一つ増えていきました。なんというか、人間性の断片に触れたような感じです。これは、アイドルを推したい時の要素の一つ、「相手のことをもっと知りたい」という欲望を刺激されました。
ちなみに、某映画会社で働いている元同僚( 私服はもちろん黒のTシャツのハードコアなホラー映画ファン )にこのリストを送ったら、「この人、相当、ホラー映画のリテラシー高いね」と返信が来ました。映画の専門誌や文化メディアで映画評を書いている加藤るみさんは、別格としても、彼女の仕事はまだまだ増えそうな気がしています。
みんなが求めているものに答えるアイドルを見せる「あざとさ」だけじゃなくて、文化的な強さを見せてくる( 理系でもありますしね )ことで、彼女の奥にはどんなものがあるんだろう、という興味がわきました。
そこから、彼女はチームEのリーダーに就任します。
このニュースを聞いた時は、「ああ、だーすーの成功例があるしな」と思いました。チームSではソロプレイヤーだった須田亜香里が、チームK2でチームで何かをゼロから作っていくことに触れて、チームEでリーダーになったのと同じ期待をしたのではないか、と僕は考えました。
チームEのリーダーになったさとかほは、また新しい顔を見せていきます。それは、チームを作っていく過程で葛藤するリーダーとしての姿です。丁度、新公演もありましたよね。この辺りは、先日発売された「日経エンタテインメント!SKE4815周年Special」のインタビューを読んでいただきたいんですが、一つの悩みのフェイズに入った時期もあったそうです。しかし、リーダーになることでこれまで気付けなかったことも意識できるようになっていきます。
そして、彼女のリーダーシップと個人のプレイヤーとしての野望が融合した新しいフェイズに彼女は今います。
もし、彼女が「あざとい」とか「えちえちお姉さん」とかそういう視点でしか見ていない方がいれば、是非、「声出していこーぜ!!!」公演のドキュメンタリーを確認してほしいです。
あのTAKAHIRO先生が、彼女をどう評価していたか。
世界レベルのダンサーが評価してくれるパフォーマンスって凄くないですか?
「Loose control」の時のさとかほについて、さとかほ推しの方以外で評する言葉を持ってらっしゃる方がこれまでどれぐらい居たでしょう?見どころが一つ増えました。
僕は欅坂46や櫻坂46も好きなので、そちらのドキュメンタリーやコンサートのメイキングも見ますが、TAKAHIRO先生の優しさと歌詞のビジュアライズ化までの言語化は、こういうブログを書いている人間からすれば本当に惚れ惚れするようなものが多いです。ポーズ一つにもきちんとした教養の土台があって、きちんと意味をメンバーに伝えます。有名なものでいえば、「Nobody’s fault」のセンター森田ひかるさんに正三角形を作ってそこから世界を覗きます。古代エジプトでは、右目は「破壊」、左目は「再生」を意味するそうで、TAKAHIRO先生はどちらでも良いよ、と森田さんに選んでもらいます。欅坂を経て櫻坂になった彼女が選択したのは、どちらだったか、是非MVを確認してみてください。
ちなみに、こういう振り付けの意味をちゃんと解説できるのって、説明を受けるメンバーにもありがたいですよね。池田楓さんが「Loose control」の振り付けについて質問した時の答えも「そういうことか!」となるような説明でしたね。
ちなみに真木子のことも評価していましたし、劇場を持っていることの強みも語っていましたね。そう、48の醍醐味の一つは、劇場で成長を見つめることが出来ることがありますよね。ブロードウェイや劇団四季や宝塚のように公演が育っていき、役やパフォーマー、そしてカンパニーが育っていくように。
TAKAHIRO先生は、このチームについてこんなことを語ってくださっています。
そう、公演やコンサートには「奇跡の瞬間」がきっとあるんだと思います。何気ない平日の公演で、終わった時に「今日の公演は過去最高だった」とか、「もう何百回とこの曲を聴いてるけど、今日の公演で聴いたあれは何か一つ上の段階に行った気がした」という瞬間。
これはメンバーにも言えるかも知れません。
一番のベテランメンバーである斉藤真木子にも、これから入ってくる12期生にも「奇跡の瞬間」はきっとある。その可能性を秘めているから、今日も見ていたいし、応援したくなる。
そして、さとかほにも同じことが言えます。
まだまだ新しい可能性を秘めている。
それは最初に挙げたネガティブな空白としてのベーグルの輪ではなく、「奇跡の瞬間」につながる意味のある空白だと僕は思います。それに、もし、ベーグルの輪が埋まってしまったら、どうなりますか?
ベーグルの個性が消えて、ただのパンになってしまいます。
だったら、完全には見ることが出来ない空白を新しい可能性ととらえて、次の「奇跡の瞬間」の為に愛していけるのではないか、と僕は思っています。
さあ、次はそこから何が生まれてくるのか。
「そっちの世界はどうですか?」と恐れずに見つめてみたいと思います。
こんな大変なご時世なので、無理をなさらずに、何か発見や心を動かしたものがあった時、良ければサポートをお願いします。励みになります。