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私の人生記録 24歳→28歳

数年ぶりにこのアプリを開いた。
4年前にnoteを始めたらしい。当時の流行りに乗ったのかな?
2020年12月に初稿、現在2024年12月とちょうど4年後に帰ってきたところに運命的なものを感じる。

過去の自分の文章を読んで、そんなことを思ってた日があったのかと他人事のように読んでしまった。
4件しか記事を投稿していないのが残念すぎる。
昔から継続力の無さには定評があるのです。
下書きに書きかけの「M-1」っていう記事もあっておもろかった。2020年のM-1について語ったのち、好きなM-1年度ランキングを書いて、嫌いなランキングを書こうとしてるところで終わってた。書こうとしてたこと分かるぞ、2015年がワースト1位だと。

↓当時書きかけの記事「M-1」

https://note.com/preview/n72e36334f40b?prev_access_key=98538f0f057d9cf4c469068034e3a8f9

今は書きたいことが多すぎて、何から話せば良いか分からない。この4年間で色んなことが変わりすぎている。

4年前の私は24歳。社会人になるタイミングで彼氏と別れてから1年半彼氏ができず、初めてマッチングアプリ(With)を始めた時期でしょう。初期配属の工場勤務で、8時間の労働時間のうち3時間も作業着にヘルメットで掃除させられ、「総合職ってなに?」と、思い描いていたOLとはかけ離れた日々。残業が禁止?されていたので、毎日17:30には家に着いていた。暇すぎて21時に寝て5時に起き、丁寧な暮らしをしてみたりもした(過去記事参照)。ど田舎だったので、夜遅く家に帰る時はiPhoneで道を照らしながら歩いた。家の前で見る星が本当に綺麗だった。

その後私は、マッチングアプリを転々としてみたり、家具屋で一目惚れした店員にアタックしまくったりと紆余曲折あったものの、1年半越し原点回帰のWithで彼氏が出来た。当時滋賀にいた私は、東京に異動するキャリアが見えていた。彼とはまもなく遠距離になると分かっていたが、付き合うことを選んだ。初期研修医だった彼は、2年後の後期研修先に東京の病院を選ぶこともできるらしい。そのタイミングで同棲して結婚しようと思った。

25歳から3年付き合って28歳で結婚。
30歳までに一人目の子どもを産み、33歳くらいで二人目かな?彼はお医者だし将来安泰。子どもの教育楽しみだな。キャリアは分からないけど、彼は好きなことをしていいと言ってくれるので、転職もありかな?
何となくそんな未来を描いていた。

予定通り東京異動となった私は、本社で遂に想像していたOLとなった。オフィスでピシッとオシャレフォーマルを決めている人を見ると素敵だなと思いつつ、私はユニクロとGUとGRLで毎日全身6000円コーデだった。
東京での仕事は、初日に面白くないことを察した。今まで滋賀でやってきた事務仕事が東京verになるだけだった。(掃除がないだけマシ)
任される仕事にやりがいを感じられず、ここで2年も働けない、転職するか、と1週間足らずで思ったのを覚えている。

そして東京に来て2週間が経った時、転機が来た。
上司に謎に呼び出され、「欧州に駐在しないか。」と言われた。
私は海外経験がなく、TOEICの点数は450点だった。それまで、「海外住んでみたい♪」とか言ってみてはいたけど、正直現実になるとは思っていなかった。何となくそう言ってるだけでそのまま生涯を閉じるものだと思っていた。英語も全くできないし、仕事も掃除しかしてこなかったし、何のスキルもない。だいたい、2週間しか経ってないのに、この人は私の何を見て評価してる?こちとら2年間作業着で工場のおっちゃんおばちゃんと喋りながら掃除して、今2週間見よう見まねでユニクロ着てOL装ってるだけぞ?などと色々混乱したが、こんなチャンスはないので二つ返事でOKした。

3年前の想定では医者と東京で結婚生活を送っている予定だった28歳の今は、ヨーロッパの小国で彼氏なし(兆しもなし)でソファでダラダラしながらnoteを書いている。ご飯も食べずにダラダラとnoteを書いている。数年前目覚めていたはずの丁寧な暮らしはどこかへ消えた。滋賀も東京もヨーロッパも関係ない、ズボラな私はこの地球にそのまま存在している。

仕事の方は、滋賀でやっていた事務仕事の東京verの欧州verを相変わらずやっている。つまりやりがいがない。駐在と聞くと、誰もがやりがいを持って大きい裁量でとんでもない激務をこなしているかのように思われるかもしれないが、今日私は利益を良く"見せる"ための全く意味のない経理処理を考え、ダラダラと例月通りの資料を作り、最後に残業している先輩に40分ほどM-1について語って帰ってきた。一体こんな遠くまで来て何をしているのだろうか。

28歳と良い年にもなってきたので彼氏が欲しいが、このヨーロッパの小国には日本人若手独身男性が恐らく15人くらいしかいない。多分だけど全員会った。日本にいた頃は、マッチングアプリで何万人もの男性を、さも通販かのようにスクロールしながらスワイプしていたのに。あれは何という贅沢だったのだろうか。「選択肢多すぎて、逆に誰一人良く見えないww」とか言ってた自分を殴りたい。母数15人ともなると、全員の名前を漢字フルネームで書けるぞ。
ヨーロッパの人と付き合えば良いのではという話が出てくるわけだが、数人とデートして分かった。私はM-1を観て一緒に笑い合える人としか付き合えない。

そんなこんなで、私の生活は4年前にnoteを始めた頃には思いもよらなかった方向に進んでいる。きっと誰の人生もそうなんだろうな。想像とは全く違うことが起きたり、とんでもないことになるかと思いきや意外と普通に収まったり、刺激を求めたかと思ったら安定を求め出したり、逆も然りだったり。
"ヨーロッパ駐在"って外から見たらキラキラしてるかもしれないけど、キャリアも恋愛も満足できていない。スキル0で駐在させてもらって贅沢な悩みって分かってるよ。でもなんかそういう話じゃないのよ、わかる?

とは言いつつも、数年後振り返るとこうやって葛藤?してる日々も愛おしく思うんだろうなと思う。私はいつもそういうことを考える。この景色が、この匂いが、いつか懐かしくなるんだろうな、と思いながら日々を過ごしがち。でも実際には、そうやって予想してたところは大して何も感じず、思いもよらない瞬間に「なつかし!!!」となるのが人生よね。意外とmixiとか見てもそんなに懐かしくないのよ。(嘘、めっちゃ懐かしい。良い例えが思いつかなかった)

滋賀、東京、欧州と、住環境をガラリと変えたのは数回だけど、日々はアハ体験的に変わっていって、ふと振り返ると数年前の自分とは考え方も顔も全てが変わっている。そんな風に日々が進んで、周りから見たらありきたりなおばさん、おばあさんになりつつ、自分だけのこの人生を振り返っては面白がるんだろうな。

私って、何にも考えずに3000字も文章をタラタラと書けるのね。
4年後くらいにまたこの直近人生振り返りnoteを書いてほしいな。また色々変わってるんだろな。おもろそうだな。死なないようにだけ気をつけよ。

これは自分のために書いた日記なので、展開もオチも何もなく、誰にも読まれたくないけれど、4年ぶりに話す友達などがいたら手っ取り早いから共有したいと思います。

以上


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