最後の夜のマティーニ
去年ある地方都市への長期出張に恵まれ、いくつかのバーを巡る中であるバーテンダーに出会った。
カウンターに立つ彼女は接客という色合いを限りなく薄めながら、例えば前回のカウンターでの話題の続き、目の前のウィスキーの話、差し支えのない共通の知人の話と自然な流れで会話を投げ掛けていた。
満席になりオーダーが続いても話す早さが変わらないのは、彼女が状況を的確に察知しながらも、それに左右されない芯を備えているからかもしれない。
加えて彼女は男性に対して異性であることを意識させずに接するバランス感覚に優れ、視野が広くその時々の状況を見極め、1人1人のニーズを正確に読みとる。
総じて彼女ほどに器用なバーテンダーは私が知る限りでは他に1人しかいない。
そんな彼女に帰郷前夜の最後にオーダーしたのはマティーニだった。
オーダーを受けると彼女は、BGMをビルエバンスのマイフーリッシュハートに切り替えた。
以前私が思い入れがあることを伝えていたからか、丁度マティーニと合わせて聴きたいという思いを見透かされたようだった。
ミキシンググラスはカウンターに置かず、左手で持ち斜めに傾けた。バースプーンが氷に僅かに触れると彼女の右手は緩やかに回り始めた。
オーダーの背景を踏まえ選ばれたmonkey47は長すぎないステアにより、ベルモットを通り抜けてマティーニに限りなく近づいた。
ベルモットは輪郭を保ち味覚に存在感を示し、ジンがその隙間に控えめに香りを響かせると優しく綺麗な味わいが届けられた。
それは最高に美味しいと思わせるマティーニよりも、カクテルを味わうことの楽しみを教えてくれるような記憶に残る1杯だった。
マティーニのグラスが空いてしまうと、このバーとのしばらくの別れを実感してカウンターで味わった体感を思い出した。
柔らかい空気に包まれたカウンターは、彼女がメイキングにかかると一段緊張が高まっていた。少なくとも自分はその緊張への高まりを感じていたから常に今この場で最も味わいたいのは何かを真剣に考え、慎重にオーダーした。彼女がカクテルをグラスに注ぐと、空気は少しずつ緩やかに柔らかさを取り戻していた。
そう、緊張と緩和をいかに紡ぎだすか、それこそが自分が何よりもバーに求めていたことだと最後に気付かされた。
ここ10年でバーボンウイスキーの銘柄の数と同じぐらいのバーテンダーを見てきたけれど、彼女はその緊張と緩和のバランスを誰よりも自然に保つバーテンダーだった。
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