ビジネスとしてのWeb3を超えて(オープンソース・ハッカー文化史)
X版:
先週の #FtC Tokyo で登壇させていただいた際のスライドを公開します。
ビジネス的な文脈で語られるWeb3からいったん離れ、長期的な視野で見たとき、人類史においてこれはどういう意味を持ちうるのか。古典SFの想像力や過去の歴史を振り返って点と点を繋げながら、Wen3本質論を目指しました。(時間の関係でざっくりだけど)
忙しい方向け、結論のまとめ:
タイトル:
Web3は[ ]ではない:
その前提を持って「テクノロジーは僕らを幸せにしているか?」という問いをしてみる。そんな長期的視点を持って考える上で、優れたSF小説は非常に有効な手段だと思う。
二つのSF古典:
・ジョージ・オーウェルの「1984」
・オルダス・ハクスリーの「素晴らしい新世界 / Brave New World」
どちらもディストピア小説の古典として挙げられることが多い作品。描かれている世界は大きく異なる
・1984
暴力を伴ったわかりやすい支配
・素晴らしい新世界
テクノロジーを活用した洗脳や情報管理を通した巧妙な支配
オルダス・ハクスリーは死の直前に「ISLAND(島)」という作品も発表した。
ここには彼の考えるユートピア的な世界も描かれている
Aldous Huxley (1894-1963)
常に長期的な視野を持って、内面への探索をやめずに思想と作品を発表し続けたオルダス・ハクスリーは稀代の才能だったと思う。テクノロジーに関わる人間にとって、現代でも学ぶことが多い。
(彼のそれ以外の作品も含めて、大好きですスライド)
以上のような視点を持って歴史を振り返ってみる。
オープンソース、Web3の源流には、 ビートニクの時代を経て1960年代末に花開いた「ホールアースカタログ」を代表とするカウンターカルチャーの精神があると思っている。
キーワードは、個人のための「道具へのアクセス」
・「ホールアースカタログ」1968年初刊の冒頭に記載されている「目的」
"これまで、権力は政府、大企業、義務教育、教会の手に委ねられてきた。しかし今、個人的な力の領域が生まれつつある。個人は、自分自身の教育を行い、自分自身のインスピレーションを見つけ、自分自身の環境を形成し、興味を持つ人とその冒険を共有する力を持つ。このプロセスを支援するツール群こそが、我々ホールアースカタログが追い求め、プロモーションしているものです"
1970年代には、「ホールアース」の創刊者スチュワートブランドによって、ハッカーが「発見」され、パーソナルコンピュータと共に世に広められた
コンピュータの最初期のハッカーグループとして、ホームブリューコンピュータクラブのような草の根的なコミュニティも誕生した。
その中には若きスティーブ・ジョブズやウォズニャックも出入りして、お互いに発売したばかりのコンピュータをいじくり回したり改変したソフトウェアコードを持ち合うオープンソース文化の芽生えもあった。
そういう人々を、マイクロソフトを創業したばかりのビル・ゲイツは「ホビイスト」と揶揄して、勝手にソフトウェアを改変してコピーする習慣を批判するレターを公開したりした。
ここから既に、彼のプロプライエタリなソフトウェアへの姿勢が見て取れる。
その直後に、ジョブズとウォズニャックはApple Ⅰを発表。
その広告文には明確なオープンソース精神への支持が明示されていた。
”私たちの哲学は、製品のソフトウェアは無料または最小限の費用で提供することなので、今後拡がってゆくソフトウェア・ライブラリーへのアクセスに継続的にお金を払う必要はありません。”
・1980年代の自由ソフトウェア運動
開発者リチャード・ストールマンは、ソフトウェアの中にはユーザーを囲い込み人々の自由を奪う性質があるものがあることを見抜き、人々にとって本質的な自由を与える技術を推進する運動を始める
彼の活動はFree Software Foundationとして組織化され、今も続いている
・1984年 「Hacker Ethics - ハッカー倫理」
WIREDのジャーナリストだったスティーブン・レヴィがそれまでのハッカー文化を総括する「Hackers」を執筆。
その中で明示されたHacker Ethics(ハッカー哲学)は、のちの開発者たちの思想的支柱になる
・1984年 「Hacker Ethics - ハッカー倫理」
・コンピュータへのアクセス、加えて、何であれ、世界がどう動いているか教えてくれるものへのアクセスは無制限かつ全面的でなければならない。実体験への要求を決して拒んではならない
・情報はすべて自由に利用できなければならない。
・権威を信用するなー分散化を進めよう。
・ハッカーは、成績、年齢、人種、地位のような、まやかしの基準ではなく、そのハッキングによって判断されなければならない。
・芸術や美をコンピュータで作り出すことは可能である。
・コンピュータは人生を良いほうに変えうる。
・1990年 デジタル人権をめぐる戦いと電子フロンティア財団の誕生
時のクリントン政権はサイバー犯罪リスクへの過剰な反応を示し、10代のコンピュータおたくたちの実家へシークレットサービスが押し入ったり、偶然「Cypherpunk」というタイトルを開発していたゲーム会社への立ち入りが起こる事態に。
それを見た初期のテクノロジー起業家や開発者たちが立ち上がりElectric Frontier Foundationが設立され、訴訟などを通して政府から技術者の表現の自由や暗号技術の自由を守るべく立ち上がる
・1993年 「サイファーパンク宣言 - Cypherpunk's Manifesto」
サイファーパンクメーリングリストの設立者の1人だったエリック・ヒューズが執筆したManifesto
「プライバシー」の概念を明示し、のちのビットコイン初期開発者たちの指針になる。
・1993年 「サイファーパンク宣言 - Cypherpunk's Manifesto」
“プライバシーはデジタル時代の開かれた社会において必需品である。ただしプライバシーは秘密主義とは違う。プライベートなことというのは世間に知られたくないこと。秘密というのは誰にも知られたくないことだ。プライバシーというのは選択的に自己開示する力のことをいう。”
“政府や企業、または他の顔のない巨大組織が親切に我々にプライバシーを与えてくれると期待してはならない。我々の個人情報は彼らを利するものであり、彼らはそれを誰かに明かしてしまうこと覚悟しなくてはならない。彼らの口をふさごうとするのは情報社会の現実に歯向かうようなものだ。情報は自由になりたいのではなく、自由を熱望しているのだ。”
・2014年 ギャビン・ウッドによる「Web3.0」の提唱
当時、イーサリアムの理論を作り上げたばかりのVitalik Buterinと合流し、共同創設者CTOとして技術的な実装を行なっていたGavin Woodが「ĐApps: What Web 3.0 Looks Like」というブログでWeb3の概念を提唱。
「ポスト・スノーデン」ウェブの発端を作る。
・2014年 ギャビン・ウッドによる「Web3.0」の提唱
“私たちは、スノーデンが公開した事実(アメリカの国家機密)を知る以前でさえ、自分の情報をインターネット上の任意の組織に預けることは、「危険と隣り合わせである」ことを認識していました。しかし、スノーデン事件以後、権限を拡大してきた大規模な組織や政府の利益のために私たちの様々な情報が利用されていることが明らかとなり、私たちの情報をその様な組織へ託している今の仕組みは根本的に間違ったものであるという事に気づき始めました。”
“Web3―セキュアな社会OSへ、ようこそ。”
・まとめ
Web3は..
・オープンソース ― Open-Source
・大企業や政府の混乱に左右されることのない
レジリエントな社会OS基盤 ― Secure Social Operating System
・個人の自由を支配するものではなく、
個人に自由を与えるための技術基盤 ― Liberating Technology
・個人に盾と矛を与えるもの ― Power to the People
・個人に自らのプライバシーと主権を気づかせるもの ― Self-Sovereignty
・中央集権的な技術・ツール以外の選択肢を作ること ― Access to Tools
・公共財を作ること ― Public Goods
・民主主義・コモンの「自治」実験の最前線 ― Autonomy
・「真実」を追い求める社会運動 ― Less Trust, More Truth
・自分の頭で考えて、自分の道を決めること ― Free World
(おわりの雑考)
このスライドを作っていて、母校の校訓に「自調自考」というものがあって、校舎の至るところに飾られていたのを思い出した。
日本語で一言でいうなら、そういうことでもあるかもしれない