筋肉量が体を癌から救い出す
がんの分子生物学を研究し、外科医として消化器がんを中心に1000例以上の外科手術を経験してきた佐藤典宏さんの発言をまとめます。
がんのどのステージにある患者さんでも、今日から筋トレを始めてみましょう。筋トレは多くのエビデンスにより、がんに負けないパワーとなることが立証されています。
2014年にアメリカで行われた大規模研究によると、週1回以上筋トレを行なっているがん患者さんは、筋トレを行なっていない患者さんに比べて全生存期間が延長し、がんを含めた全ての死因による死亡リスクが33%も減少していました。
他にも、がん患者さんが筋トレを行なって筋肉量と筋力を維持することで、治療経過が良好になることが、国外だけでなく国内も含む多くの研究により明らかになっています。
日本ではまだ、がん患者における筋トレの重要性は一端しか知られておらず、がん患者さんに筋トレの指導または推奨をしている医師はほとんどいません。
すでに欧米では筋肉の重要性が広く知られており、運動は薬のように患者さんに処方されるものとして、がん患者さんにも筋トレを積極的に勧める動きが広まっています。
がん患者さんの場合は、筋肉が衰える原因の一部に、がんであること自体も挙げられます。特に65歳以上だと大幅に減少します。
がんになることで、運動不足(身体活動量の低下)、たんぱく質の摂取不足、がんに伴う炎症・代謝の異常といった理由により、筋肉は減ってしまいます。
多くのがん患者さんは、がんによる症状や治療の副作用、後遺症が原因で、そもそも思うままに体を動かすことができない場合が多いです。
入院となればベッドの上で横になって過ごすことが多くなります。実際、入院がきっかけで足腰が弱り、車椅子生活になってしまう患者さんは大勢いらっしゃいます。
他にもがんの治療を優先させるために仕事を辞めたり、趣味のレジャーやスポーツなどを引退せざるを得なかったり、周りの人が気を遣ってあれこれお世話をしてくれたり、体を動かす機会がどんどん減っていくにつれ患者さんの筋肉はどんどん衰えていってしまいます。
がんの告知を受けたショックでうつ状態に陥ってしまうことも少なくありません。自宅に引き篭もりがちになり、極端な運動不足になってしまいます。
食事におけるたんぱく質の摂取不足、消化不良、吸収障害も、筋肉が減る原因に挙げられます。治療の影響で食べられる量が減ってしまいます。
抗がん剤治療の副作用により食欲がなくなったり吐き気が出ると、食べることが難しくなります。
手術で胃や腸の機能が低下すると一気に食べられなくなってしまいます。
ちゃんと食事を摂れたとしても、消化器系のがんでは消化不良や吸収障害に悩まされることもあります。
また、体内で炎症が起こると、炎症性サイトカインと呼ばれる炎症を促す物質が分泌され増加します。
この炎症性サイトカインは、たんぱく質の合成を抑制したり筋肉中のアミノ酸の分解を促進したりするため、筋肉が減ってしまいます。
加齢・運動不足・栄養障害など複数の要因により筋肉が痩せ衰え、全身の筋力低下が起こることをサルコペニアといいます。
60〜70歳の5〜13%、そして80歳以上の11〜50%の方がサルコペニアを発症しています。
サルコペニアは老化現象の一部と考えられていましたが、病気が原因のサルコペニアもあり、中でもがん患者さんは、がんが進行するにつれてサルコペニアになりやすいということがわかってきました。
手術後に再発した膵臓がんの患者さんの約9割がサルコペニアと診断されたという研究報告もあります。
そしてサルコペニアになったがん患者さんは、手術、抗がん剤、放射線治療といった治療がうまくいかない確率が高いと言われています。
ほぼ全てのがん患者の研究において、サルコペニアがあると生存率が低下したと報告されています。
他にも、サルコペニアや筋肉量の低下を認めるがん患者さんが手術を受けると、術後の合併症が数倍にも増えたという研究や、サルコペニアを患うと抗がん剤による副作用に苦しむ頻度が高まり、治療の継続が不可能になったり、治療効果が低くなるリスクが高まるといった報告もあります。
こうした多くのデータが揃ってきたおかげで、治療や手術を受ける前から筋肉量・筋力を落とさないように運動するということが、サルコペニアの予防と生存率の上昇につながると認識されるようになりました。