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【小説】道化恐怖症 - ファフロツキーズ【ホラー】

 僕は昔からピエロが嫌いだ。気味の悪い、素顔が見えないような白いペイント。目に悪い色を散りばめて、なんとかして子どもから気を惹こうとする服装。そして何より、誰に対しても向けてくる、あの気持ち悪い笑顔が何よりも嫌いだ。たとえ殴られても崩さないのではと思うようなあの笑顔。まともな人間がすることのないような笑顔。嫌なことを何一つ知らないような、あの作られた笑顔が嫌いだ。

 今、僕の前にはピエロがいる。もう夕方になる遊園地の一角で、そいつは風船を作っては周りにいる子どもに手渡している。あの笑顔で。あの風船をもらう子どもは多い。幼稚園くらいの子どもにとって、風船というものは興味の対象になりやすい。風船というだけで非日常感があるし、何故か欲しくなるものだ。犬や剣の形にされたバルーンアートには目を輝かせるものだし、中にヘリウムが入った、放っておくと飛んでいくような風船もつい欲しくなるものだ。ピエロが持っているのは前者で、いろいろな形のバルーンアートを作りながら、できたものを渡している。子どもに一つ手渡すたび、あの独特の、ゴムのこすれるうるさい音を出しながら器用に風船を作っている。白い風船を割って自分で驚く仕草をして一笑いを取る。次は黄色い風船大きめの犬を作って、子どもたちに手渡す。子どもたちは笑いながら楽しんでいる。あのピエロは、自分の成功や失敗、その一挙動に至るまですべてを見世物にしているのだ。

 遊園地にアナウンスが響く。閉園の合図だ。子どもたちは、風船を持った方の手をピエロに振り、もう片方を親と繋いで帰っていく。ピエロは子どもたちが見えなくなると、膨らませずに残った風船を片付け始めている。なんとも気持ちの悪いことに、未だに笑顔を崩さないで、口角を上げながら、腰をかがめて風船を拾っている。 僕はピエロが嫌いだ。だが、ふと疑問に思った。あんなに人間に見えないような姿だが、その中には人がいる。じゃあその人は、どうしてピエロなんかやるんだろうか。あんな見世物にわざわざなりたがるやつなんているのだろうか。こうして実際にピエロを見た僕は、その疑問を無性に解消したくなった。

「あのすいません。今って暇ですか?」
「おや、君はさっきあっちにいた人だね? そろそろ閉園だから、君も帰ろう!」
「いや、帰る前にどうしても気になったことがあって」
「ほうほう! 僕に答えられる質問かな? あ、このバルーンのことなら、このテクニックは教えられないよ! これは企業秘密だからね!」
「いや、そうじゃないんですけど。その、なんでピエロなんかやってるんですか?」
 そう言うと、ピエロはその目を見開いた。もともとパッチリと開いていたそれはもう少しで、気持ちの悪い顔から目玉が飛び出すのではないだろうか。
「ほうほう! ピエロをやる理由かい? そんなの、楽しいからに決まっているだろう? それに、子どもたちを楽しませるためさ。ピエロはみんな、子どもの喜ぶ顔がみたいのさ!」
 全くもってテンプレートな答えだ。
「そうなんですか。仮面みたいな白いペイントをして、さらに仮面みたいな笑顔をくっつけて楽しいんですかね」
 なんだか馬鹿らしくなって、つい思っていたことを口に出してしまった。すると、初めてピエロの表情が変わった。こちらを見ていた目は少し周りを見渡したあとに細くなり、口角が下がり、突然その仮面には人間のような雰囲気が生まれた。
「ほうほう、君はピエロが嫌いなんだね。それはどうしてだい? 君が言ったみたいに、常に変わらない、仮面のような笑顔をみせているからかい?」
 ピエロだったその人は、さっきよりもいくらか低い声で聞いてきた。途端に怖くなって、僕は逃げ去ってしまいたい衝動に駆られた。しかし、さっきの疑問がまた湧いてくる。なんだ、やはり内側には人間がいたのか。それならなおさら、その内側とは全然違うピエロを演じているのか。

「そうです。ピエロって、誰に対しても笑顔を崩さない。暑い日も寒い日も、同じ笑顔で、同じ服装でいるじゃないですか。そんな人間味のない姿で、でも人間みたいに笑顔をしてる。それに子どもを楽しませるなんて、肌を塗ってないスタッフにだってできますよね? なんで本当の自分を出さないで、わざわざピエロになっているんですか?」
 その人は少し考える仕草をした。橙色の日がピエロの顔を照らしている。 「君たちの方がピエロに見えるけどね」

 え? と言葉を出そうとしたが、それは音にならなかった。あまりにも想定していなかった答えに、喉が動かなかった。そんな僕を見て、彼は勝手に話し始める。

「君達の方が、普段から仮面をしているだろう。人になにか言うときにも。文字に何かを書くときも。言いたいことを言わないで、仮面をしているだろう。でも僕は違う。君たちと違って、ピエロの僕は何も隠し事をしない。子どもたちを心から喜ばせようとする。君たちと違って、僕はピエロじゃない。君たちみたいに気持ち悪く、他の人に内側をバレないように隠すようなことはしないんだよ。きちんと心の底から求めていることを子どもたちにしている。子どもたちが喜ぶように、楽しく話してあげたり、風船を作っているんだ。君達みたいにならないように、僕はピエロでいるんだよ。君みたいにピエロが嫌いな人はたくさんいるけど、僕たちピエロは君みたいな人が一番嫌いなんだ」

 ピエロはそう言うと、残っていた風船を持って歩いていった。また閉園を知らせるアナウンスが鳴っている。さっきまでピエロがいたところに白い風船の破片が落ちている。弾かれるように体が動き、それを手に取る。橙色の夕日が破片に当たる。途端に怖くなって、僕はその破片をゴミ箱に投げつけた。僕はピエロが嫌いだ。僕はそのまま、早足で園の出口に向かっていった。


あとがき

 ピエロとは少し違いますが、古来より宮廷道化師は、王や有力者を風刺したり、王の聞きたくないことも言う権利があったといいます。ある意味で、王にとって宮廷道化師は自らや国を写す鏡だったとも言えるかもしれません。
 余談ですが、マクドナルドのキャラクターであるドナルド(ピエロのような見た目のあれ)は、最近見る機会が減りましたね。特に現代日本において、ピエロはあまり見ないものになりつつあるのではないでしょうか。私はとても好きなんですがね。

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