【小説】桜の木の下に埋まるもの - 白【ミステリー】
- 序 -
アキラです。可愛いお話を書きました。
- 本篇 -
樹
桜の木の下には死体が埋まっているらしい。
どうしても気になった僕は目の前の桜の木を掘り返してみることにした。幸い時間はいくらでもあるので隅から隅まで探してみよう。
まだ暫くは時間が掛かるだろうから、良ければ少し僕の自慢話を聞いて欲しい。
笑
僕にはそれはそれはかわいい彼女がいた。見上げる瞳が可愛くて、桜と揺れる黒髪が綺麗で、それでいて少しばかりワガママなところが大好きだった。いつもニコニコ笑っている姿は鞠みたいにポンポン跳ねて見えた。優しい子だけれど負けず嫌いなのでたまに口喧嘩をすることもあった。
僕だって確かにデリカシーがなかったかもしれないが、「ハゲ」なんて暴言を連呼することはないだろう。まだアラサーにもなっていないのにあの日から頭皮を気にするようになってしまった。
あの子は桜が名前に入っているせいか、桜餅や桜鍋、桜モチーフのものが好きだった。僕にとってはあの子が桜で桜があの子と言ってもいいほど印象深い。毎年の花見もそこそこにプロポーズを考えていた頃に盛大に振られてしまったし、今後会うことも無いとしても桜を見るとどうしても思い出してしまう。あの子は今何をしているだろうか。彼女にとっての桜に僕の思い出が少しでも脳裏に過ぎってくれれば嬉しい。
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」
梶井基次郎の小説の冒頭を飾る一節だ。
彼女と付き合って数年経った頃、僕は彼女に質問をした。
「桜の木の下には何があると思う?」
彼女は少し間を置いて答える。
「死体だっけ?確か血を吸って花弁に色が付いてるみたいな」
まさかこの子から文学的な文言が出てくるとは思っていなかったので面食らったが、表情に出すと拗ねてしまうので小さく笑って答える。
「有名な小説の一文だね」
確かその後、僕は。
「でも本当は、桜の木の下には●●が埋まってたんだと思う」
それを聞いてあの子は目を丸くして変な顔をしていた。
あれ。
あの時僕は何と答えたんだっけ。
他愛ない日常会話すらも忘れてしまうなんて僕は酷いカレシだったのだろう。振られた理由すらも思いつかない。
会いに来て欲しいな。僕のことを忘れないでいて欲しい。
展
ざっくざっく。
土を探る音だけがこの場を支配する。
ざっくざっく。
はなさかじいさんの昔話では金銀財宝が出てきたらしい。
ざっくざっく。
今のところ石と根しか出てきていないけれど。
ざっくざっく。
時間をかけた分だけ期待は積もる。
ざっくざっく、ざっくざっく。
……。
彼女はあの時どんな気持ちでここにいたのだろう。
どれほどの時間がたったのだろうか。
土を掻き分け、根を掘り返す。
そして僕はとうとう見つけた!
見つけてしまった!
桜の木の下には、桜の木の下には。
僕が埋まっていた。
胎児のように膝を抱えて僕は死んでいた。
まだ腐敗は進んでいないようだ。少し顔色が悪いが皮膚も土に溶けてはいないので、言うなれば埋まれたてほやほやなのだろう。
あぁでも。あの子の事だからきっと。
穴
さて、とうとう桜の木の下を掘り返した訳だが、桜の木の下には何が埋まっていただろうか。
彼女の言うとおり、死体が埋まっていた。あの子は本当に負けず嫌いだ。そんなところも可愛い。
彼女に質問した時、あの時僕はこう答えた。
「桜の木の下には秘密が埋まってたんだと思う」
隠したい秘密を美しい花にうずめて、素知らぬ顔で花見に混じる。
実は僕はかわいい彼女に殺されたのだ。些細な喧嘩だった。単なる日常の延長線上だった。僕も言葉で追い詰めすぎた。カッとなってしまったのだろう、何の計画性もないある種交通事故のような事件だった。
僕は死んだ。彼女が殺した。
彼女は僕を隠すことにしたようだった。慣れないだろうに綺麗に防腐処理までしてくれた。負けず嫌いなあの子は、死体が埋まっていることを証明するためにわざわざ桜の木の下まで僕を運んで隠した。
冷静に見えてあの子もだいぶ一杯一杯だったのだろう、結局は死体と共に秘密を埋めてしまったことに気づいていない。最後の最後でツメが甘いんだから。
女の独白
私は桜が好きだ。親から貰った最初の贈り物は桜の文字だったからなのか、服やネイルはもちろん、コスメや食事まで桜に関係するものを好んだ。生まれてこの方、桜が目に入らない日はなかったと思う。
でも確か、彼氏と別れたあの日だけは桜が目に入らなかった。ずっと下を向いていた気がする。
どうしてだろう、あの日から桜を見る度に彼を思い出す。きっと他の女と宜しくやっているのだろうに半年たった今でも未だに未練タラタラで悔しい。あの人はいま何をしているのだろう。
ん?
あれ。
私が殺したんだっけ。
なんだ、振られた訳じゃないのね。
なら私が追いかければいいんだ。
そういえばあの日、桜の木の下には何が埋まっているかなんて話した。私は勝った気分でいたけれどまたしてやられたみたい。
ここは勝ちを譲ってあげる。だからもう少し待っててね。
- 評言 -
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