【優秀作】走光性 - ロマン サーチライト【ファンタジー】
あらすじ
この世界には光がない。かつて春を迎えていたクラヴィンス王国は、王の凶行によって冬となった。人は飢え、終わることのない冬をそれでも超えるため、絶望的な日々を送っていた。光のないこの世界に、老いた電気技師、ブライトは灯りを灯せるのか。そして、その灯りは何を意味するのか……
本文
冬
この世界には光がない。全く何も見えないのだ。
だから、人は手探りで生活を続ける。ほんの少し前まで、この世界は楽園だった。今では国中から恨まれているゴールディング王は、かつて他の国からは征服王として恐れられ、国民からは誰よりも優しい善人王だと認められていた。
我々クラヴィンス王国はどこよりも幸福で、その幸福は常に広がり続けていた。30年前に始まった最終征服戦争はクラヴィンス王国の勝利に終わり、ついにこの星の全てに幸福が行き渡った。
そこでは飢える者はおらず、誰かを貶めることに喜びを得る者もいなかった。皆が聡く、賢明で、すべての文化はその征服の後にも自由を認められていた。この時に生きたことは忘れない。あの時代は本当に良かった。
後期には驚異的な科学力で宇宙までを征服した。王はこの宇宙の外を見たいと、その目に映る壮大な理想を国民に語り、国民のすべてがそれを、いずれ来る次の幸福だと信じていた。人類の春だと形容されたその時代を作った王は、まさしく春の灯りだった。しかし春とは、あくまでも四季の一つだった。
王歴21年。ゴールディング王は灯りを禁じた。その卓越した科学力によって太陽を沈黙させ、国中の灯りも軍隊によって壊された。冬が来たのだ。
それからまもなく、食料が困窮した。光がなくちゃ作物なんて育たない。その分まで家畜を殺して食っていたのだから、日頃食っていた動物が軒並み全滅してもそうおかしくはない。いまでは誰も彼もが飢えている。
ある親子は先週末に餓死した。それを暗闇の中で埋葬した時、その遺体にはほとんど肉が残っていなかった。この際だからはっきり言おう。俺はそれを見て残念だと思った。今では皆がそうだ。誰もが死体すら欲しがっている。
ここはそんな惨状で、この世のどこも似たような惨状だ。もはやこの国の誰も、倫理を盾に互いを責めることなんてできないだろう。どれもこれも王のせいだ。
きっとあの男は自らの手で粉々にするために、世界を隅々まで幸福にしたのだろう。
俺は今日も机に図面を彫り込んでいる。それは王への圧倒的な報復であり、俺にとっては絶対的な希望だ。
もはや紙の供給もないが、彫り込むとはすなわち、紙のように消えはしないということだ。俺には都合が良い。この希望の灯りを消すつもりはないし、むしろ俺の人生はこれを灯すためにある。この冬を春に変える、太陽を灯すのだ。
足音がする。この生活に慣れて、みな耳が良くなっている。ろくに見えない生活で、服装はいつも変わらない。男ならばコートに帽子、適当な長袖と長ズボン。女だって同じだ。だから、人は人を足音で判断する。俺もずいぶんそれに慣れた。
足が4つ。人は2人だ。俺のもとに来る奴は多いが、この力強い足音は聞き覚えがある。俺を冷やかしにやってくる奴の音だ。
「やぁ、ブライト。生活のための機械を放っておいて、一体何をしてるんだ?」
「関係ないだろう。機械だって期日までには直す。依頼の追加でもないなら生活に戻ったらどうだ?」
「期日とは言うが、あんたは輝かしい時代の仕事をしているつもりか?これは生きるための機械で、できるならば今すぐにでも使いたいんだよ」
「分かっているよ。だが俺は機械じゃない。自分の時間もくれ」
「輝かしい時代の生き残りはこれだから嫌だね。生きる時間も少ないっていうのに、自分の時間なんてあるものかよ。それとも、電気技師の仕事にはそんなに自分の時間が多かったのか?」
奴は確かランスと名乗っていた。ずいぶんと皮肉屋だが、俺が集中する時には必要なことしか言わない。だから俺が渋々と修理の作業をすれば、もう一人の奴のように無口になる。
やつの言い分はもっともだろう。俺の所にはよく人が来る。その殆どは簡単な機械の修理の依頼だ。みな今日を生きるために、もはや化石のような機械を使っている。それが電気を使わない手回しの類だろうと、一般人には直せないのだ。だから俺は、いくらかの食料や鉄くずを対価に、その機械を直してやっている。
「なあ、ランス?」
「初めて名前を呼んでくれたな。なんだよブライト」
「電気技師ではあったが、俺はそれだけじゃなかった。昔の俺は科学者で、発明家だった。今だって新しいものを作りたい。こんなゴミを直して一生を終えるなんて、全くもって憐れだと思わないか?」
ブライトはこちらを見る。相手の顔もよく見えない今、わざわざ相手を見て話すのは行儀が良い証拠だ。もう一人の無口なやつは、この部屋をうろついている。ふらふらと、ガシャガシャと音がする。
「そのゴミとやらは人々が今日を生きるための必需品だ」
「じゃあその人々とやらもゴミだな。お前はそう思わないのか」
「それはまた酷いな。あんたは絵に書いたような偏屈老人だ。なんでそう思うんだ?」
愚問だ。俺の同胞がこの世界を見たら、あの時代を生きた盟友が今の人達の目を見たらどう思うのか。王は本当に、人々から全ての光を奪ったのだ。
「逆に聞くが、ランス。この錆びついたゴミと、錆びついたような人間の何が違う?きちんと奴らの目を見て話したことがあるか?光を反射したことのないような目だ。この凍てつく冬で、機械よりも人間のほうにガタがきたんだよ」
「それは反射する光がないからだ。ブライト。光さえあれば、俺たちの目はあんたの在りし日のように輝くさ」
「その光はどうするんだ。王がそれをぶち壊したのはお前が生まれる前の出来事だったか?」
「いつまでも過去の光を誇るのは老人だ。あんたのいう春の時代を羨む意味なんて俺たちには無いんだよ」
「意味がないだと!?光を知らん小僧どもがどうやって光を作るんだ!?」
「そう怒るなよ。いや、光を作る……?」
「ランス!これを見てくれ!!」
聞き覚えのない声だ。あの無口なやつはこんな声だったのか。俺よりでかい声をあげやがって。ランスはその声を頼りに、深い暗闇に歩いていく。いや、あの方向には机がある。俺もその方向に走り出す。
「その机に触るな!」
暗闇に向かって拳を振り上げる。しかし、俺の腕はランスによって阻まれた。
「落ち着けよ。ただ見ているだけだ。何もしてない。」
目を凝らせば、無口な奴は確かにただ見ているだけだ。時々机に触るが、それはその部分が読めないからだろう。点字の要領で、形を知ろうとしている。
「そんなことをしても無駄だ。その部分は俺しか知らん書き方をしている」
「これは何だ?」
「関係ないだろう。忘れろ」
その図面はまだ書き終えていない。あの無口が政府の手先で、これが図面だと知ったら、机ごと迷わず軍に突き出すだろう。俺は本当にゴミになってしまう。唯一の光を壊されてしまう。
「これはなにかの図面か?」
「違う」
「なら、こんなでかい机に何を彫り込んでいるんだ。あんたがここにあるナイフで彫り込んでいたんだろう」
無口だった奴はまくし立てるように質問をしてくる。尋問をしているつもりか?ランスはそいつを無視して、ずっと図面を見ている。何も知らんやつはその光を1ミリも理解できないだろう。それなのに、ランスはそれを見ている。無口が黙った隙を突いて、ランスが声をあげた。
「これは図面だな?」
「違う」
「いや、図面だ。線に該当するように数字が振ってある。これはその線の長さだろう?」
「適当に書いただけだ。意味などない」
「……この中心の部分。もしかしてこれはフィラメントじゃないか?」
「全くもって違う!」
「いや、これはフィラメントで、これは電球だ! しかもなんて大きさだ。この部屋よりも大きいぞ!!」
「ただの空想で書いたんだ! お前達は知らないだろうが、あの時代にはそれくらいでかい電球があったんだ。俺はお前の言うように、過去の光を振り返っていただけだ!!」
「いいや、違うだろうブライト! ……ここには文字が書いてあるな。『光あれ』だと? 老人らしい言い回しだな。あんたはこの世界に光を与えようと考えているだろう。違うか?」
全てそのとおりだ。完全に看破された。もはや言い逃れも見苦しい。しかし、俺はそこにある光を手放したくはない。いや、それよりも。疑問を追求しなければ。
「なぜそんなことがわかる? お前のような小僧がそんなことわかるはずが無いだろう?」
「俺の友人に聞いた事があるんだ。電球だとかの大まかな構造はわかるんだよ。原理だとかはわからないが、あんたの言っていた、俺たちの知らん言葉とは電気関連の専門用語だろう」
ランスは無口に指示を出している。無口の足音が遠ざかっていく。出入り口を塞がれたのだろう。
「では、ランス。その図面を軍に突き出すのか?まだ完成もしていないそいつを軍に出しても、頭のおかしな奴だと笑われて終わりじゃないのか?」
「いや、これだけ大掛かりに作っているんなら、これがバレたらあんたは終わりだろう。今じゃ軍もゴミのような士気だが、それでも生活が出来ている分俺たちよりはやる気がある」
「じゃあさっさと突き出せばいい。俺が老いぼれじゃなかったら、たくさん肉を食わせてやれたのにな!」
「ちょっと待ってくれ。ブライト、俺は政府の犬じゃない」
「ふざけるな! 今更そんなことを言われて信じるほど無垢じゃないぞ。さっさと突き出して終わりにすれば良い。それとも脅して俺の物を全て頂く算段か?」
「一旦落ち着いてくれ。座ろう、ブライト。息が上がっているぞ。若くないんだからそう怒るな」
ブライトが椅子を引く音が聞こえる。本当に座ったのか? こんな状況で落ち着けなど、どうかしている。だがこの状況の主導権は彼に握られている。俺も促されるままに席についた。互いの距離は近い。手を伸ばせば、一発殴ることくらいはできるだろう。
「さて、ブライト。俺たちは本当に政府の犬じゃないんだ」
「信じられん。じゃあなぜ対して好奇心もなさそうな小僧共が、こぞって図面を問いただしたんだ」
「俺たちも光を欲しているんだよ。ブライト」
「……なんだと? それこそ信じられるか!」
「あんたが思っている以上に光が見たいやつは大勢いるんだよ。ブライト。あんたは、王がなぜ太陽を壊したか知ってるのか?」
「……知らん。知るわけが無いだろう」
「そうだろう。あんたみたいな老人に至るまで、誰も光がなくなった理由を知らない! そんなことはおかしいじゃないか! それなのに俺たちはゴミみたいに暮らしているなんて、こんな馬鹿なことがあるものか!!」
遠くで聞いていた無口な男が、声を荒らげると外まで響くとランスに注意した。
「……それが、それがお前達みたいな小僧が光を見たい理由か?」
「そうだ」
「……そのために何かしてきたことがあるのか?」
「ああ。多くの人が集まって、王政を打倒するための準備をしているんだ。あんたの図面はその光になる。それを完成させれば、この街を照らせるか?」
「……完成すれば、この街だけじゃない。それはこの世界を照らせるだろう」
椅子の音がした。倒れんばかりにランスが驚いたのだろう。
「そんなことが。そんなことができるのか!?」
「ああ」
「……まるで太陽の様だな」
「太陽を作っているんだ。俺の生きた時代にはそれがあった」
「……あんたのいた春の時代はもう戻らないものだ。さっき言ったように、過去の光を誇ったってゴミと変わらない」
ランスは息を吸い込んだ。間隙が置かれる。古い演説の手法だ。俺が思っているより、ランスは多くのことを知る若造なのかもしれない。
「だが、四季は巡る。あんたは次の春をもたらすことができる。冬を終わらせて、春の灯を作れるんだよ。ブライト」
俺はランスの率いていた反乱グループに加入した。その規模は凄まじい。世界中の都市で、幹部のような人間たちが、それぞれ1000人以上のグループを指揮している。
世界中で見ればその数は4000万規模にもなると聞いたときは、自分と同じような人間がここまでいることに、もはや唖然とした。その規模がありながら、グループには秩序がある。統制されたようにリーダーに連なる人々は、来る春のために営々と準備を進めていた。図面を書いて報復心を育んだ俺は、酷く穏健派だったらしい。
ランスは俺を科学者の集団に紹介した。彼らからは歓迎と尊敬の眼差しを受けた。だが、なんてことだ。その殆どがまだ若い。俺の時代では博士にすらなれなかっただろう。古い世代は消えつつある。
では俺はなんのために光を灯すのか。答えは出ている。
次の春のためだ。春に芽吹く次の命のために、俺は光を灯すのだ。
春
そうして革命は始まった。王のいる首都への攻撃は、未だ強固で、武器のある軍によって阻まれたが、それでも多くの若者と引き換えに、ランスの率いる俺たちのグループは城内に入り込むことができた。
城内にも兵はいたが、もはや新兵ばかりだろうか。俺のような老人でも、なんとか殺せるほどだった。ランスに断って、俺は少し部隊から外れた。俺にはどうしても見なければいけない場所があったからだ。
玉座についたとき、俺は心底驚いた。そこには王がいたのだ。あのゴールディング王が。我々が憎んでいるあの最悪の善人王が。だがその姿は全盛期のものとは乖離していた。それが王だとわかったのは、頭の上の黄金を見たからだ。
筋肉に溢れていたその肉体は、今やツギハギだらけだ。そこには殆ど肉が残っていない。もはや1人では歩くことすらできないのではないか。その装いは在りし日の姿のままだが、不釣り合いで不格好だ。骨を包むために巻いてあると言われたほうがしっくり来る。
そこにあるはずの目は俺が掲げていた火にうろたえ、踏み潰されることを嫌うアリのようにただ顔を背けていた。総じて、春を従えたその姿は無い。冬ですら無い。あれは死の手前だろう。
だが、どんなに憐れでも、この玉座に座っているという事実が、それを上回る憎悪を生んだ。あの王は座っているのだ。自らが滅ぼした春の残滓に。
「ゴールディング王。なんて姿をしているんだ」
俺のつぶやきにも近い言葉を、しかし奴は聞き取った。王もまた、暗闇に慣れていた。
「貴様は……あの時代に生きた者か?」
「そうだ。お前に光を壊された者だ」
「その火を消してくれ。何も見えない」
「その意味のない目は、お前が太陽を壊したからそうなったんだ」
「確かに壊した。多くの人が死んだ。だが、私は間違っていない」
「人類のために光を壊したのか? お前が得たかったものは、人が人を喰らうような地獄だろう! 科学者の1人も城にいなかったのか? 太陽を壊したらどうなるかくらい、赤子でもわかるだろうに!!」
「違う! ……私は間違っていない」
「狂った善人王か。惨めだな。ならば、次の春のために死ぬことも人のためだろう」
俺は銃を抜く。銃口を向ける。春を作った王を殺すのだろうか?
否、断じて違う。次の春のために、冬の権化を殺すのだ。
音の後、善人王は屍となった。即死だっただろう。王は最後に目を見開いていた。声をあげようとしたとき、俺は引き金を引いた。そこにはいままでの報復心があった。
冬が終わった。王の時代は終わったのだ。善人王は屍となった。きっと俺が、この場所で一番古いだろう。
城が落ちてしばらく後、若い研究者の1人が、巨大な電球を運ぶ列から出てきた。
「ようやく運び終えました。ブライト博士。王政を打倒した証、我々が見たことのない太陽を、光を灯してください」
「ああ。わかった」
俺には今何がある? 達成感か? それとも満足感か? どちらもあるだろう。そして、どちらも俺のような老人にはもはや不要だろう。
冬が終わる。この灯りで春が来る。俺は次の者たちに託すのだ。報復心ももはやない。王への怒りも必要ない。過去はいらない。
次に来るのは春なのだ。そしてこれは、春の灯りだ。俺はボタンを押した。
空へと上がった気球と、それにつながった電球が空へと舞い上がった。
そして、世界に光が差した。
その光景には次にくる時代への、確かな予感があった。
1.
Q. これ「冬の灯り」じゃなくね?
A. 本質的には「冬の灯り」です。文中の「春の灯り」は、文中にない「冬の灯り」の対に位置します。
2.
Q. これハッピーエンド?
A. そうじゃないですか? だってほら、みんなうれしそうですよ。
ちなみに、私はハッピーエンドが大好きなので、ハッピーエンドしか書きません。
3.
Q. 洋画みたいな会話ですね。
A. 洋画好きなので。ストックがそれしかないです。ちなみに初の試みで感嘆符も膨大なので、文のルールを超越している可能性が多大にあります。
4.
Q. 酒のんで書いてる?あとがきもふくめて。
A. 飲んでません。平常運転です。
↓ネタバレに直結します。自力で気づきたい方は注意
5.
Q. 王は何で灯りを壊したの?
A. 読み解く鍵は複数あります。これが一番重要なので、いくつか問い(キーポイント)をだします。これを考えれば、冬の灯りだと気づくでしょう。ちなみに、たぶん作中に嘘はありません。視点の違いはありますが。
問1 「違う! ……私は間違っていない」という文。何に対しての「違う」でしょうか?
問2 春と冬はなんの比喩?どういうイメージ?
問3 春の時代、王は何を目指した?
問4 タイトルの「走光性」とは?どういう意味?(チョウチンアンコウでもよかったでしょう)
問5 何が「走光性」?
作品概要
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