映画『怪物』ネタバレ感想&考察
※ネタバレを多く含んだ感想になっています。
暗い草むらを歩く子供の足。
サイレンを鳴らして走る消防車。
子どもの視線の先には燃え上がるビル。
子どもはチャッカマンらしきものを手にしている。
ー子どもがビルに火をつけたかもしれないー
さらにそのビルにあるガールズバーに子どもの父親が通っているとしたら。その疑いはより強まるだろうか?
全くの無実だとしても。ひとの想像や思い込みはこのように簡単に生まれていく。
物語は三部構成となっており、早織、保利、湊の視点から同じ時系列を追っています。
このノートでも早織、保利、湊、三人の視点から感想と考察を述べていきます。
①早織視点
洗面台に散らかる髪の毛の束、片方のスニーカーの紛失、水筒の中から出てくる泥、争ったように汚れた服。ひとつずつ増えていく息子の異変。
早織は表情に不安の色が見られるが核心的な質問はせず、極力明るく振る舞いしつこく干渉もしない。しかし、これは言い換えると真実を知るのが何より怖いのです。核心に触れる勇気がないから、亡くなった父親の誕生日を利用して本音を聞き出そうとしているのです。
さらに言うと、湊の帰りが遅く耳を怪我した日。帰りの車中で「お父さんに約束してるんだよ、湊が結婚して家族を作るまでは頑張るよって、どこにでもある普通の家庭で良い」という言葉が私にはとても身勝手に思えてならなかった。『結婚して家族を作る』別に作らなくてもいいし作ってもいい。約束を結んだのはあなたであって湊ではない。ましてや普通の家庭とは。普通というものさしは存在しないのに。と早織に対してモヤモヤを感じました。ですが、物語の中でこの早織のセリフはとても重要な役割をしており、絶対に欠かせないものです。モヤモヤするように作られているのです。(湊視点で重要な役割を果たしています)坂元さん本当にすごい……
ここまで読むと早織が嫌いなのかと誤解を生みそうですが、私が母親でも、早織と同じように息子の異変の核心に触れることはできないと思います。また、学校へ抗議に行き職員の謝り続けて押し倒そうとする態度にもあくまでも冷静な対応を心掛けているように感じました。写真立てを倒した時も「すみませんでした」と素直に謝罪しています。他人を責めるばかりではなく、自分の至らない点は素直に認めています。母親としても人としても好きです。
そんな早織も怪物の一面を持っています。
知り合いから聞いた『ガールズバーに保利先生が居た』という噂。ただの噂と保利の発言を歪曲し「ガールズバーに行ってるんでしょ、あーわかった。あんたが放火したんじゃないの?頭に豚の脳が入ってんのはあんたの方でしょ」と妄想と偏見を言い放つ。
②保利視点
恋人の広奈とのデートの帰り、燃えているビルを見つめていると担当クラスの子ども三人組に出くわし「お持ち帰りだ〜」と笑われる。このシーンがまさに保利がガールズバーに出入りしていたという噂が広まった原因である。そう噂でしかないのだ。
保利は誤植を見つけ出版社に手紙を送る趣味と、笑顔が怖いという特徴から広奈に転覆病にかかった金魚に似ていると言われる。
対して保利は「僕は、かわいそうじゃないよ」と言う。
湊も母親に対して「僕、かわいそうじゃないよ」と伝えている。『かわいそう』は不幸の搾取です。
暴れる湊を止めに入り鼻から流血させてしまったこと。
湊と依里の怪我を報告をしなかったこと。
湊が誰にも言えない秘密を守るため嘘をついたこと。
保利の目つきの悪さ、感情のコントロールが下手なことこれらが要因にとなり、保利は児童に虐待をした。とメディアまでを巻き込み疑いをかけられる。
広奈に「大変なときこそ肩の力を抜かないと」と口に押し込まれた飴を思い出し、早織からの抗議中気持ちを落ち着かせるため飴を食べてしまったこと、上手く説明ができず話を聞いてもらえないこと。良かれと思ってした行動が全て裏目に出る。「僕はそんなことしてません」と何度伝えても信じてもらえない。
広奈に言われた「保利くん、転覆病の金魚みたい」は『世の中のはみ出し者』というメッセージだ。
早織と同じく保利にも怪物の一面がある。
湊の切り取られた行動の数々から依里をいじめてるのではないかと疑いをかけてしまうのだ。
③湊の視点
湊は依里と同じ音楽係。楽器の片付けをキッカケに話をする仲になる。しかし、同じクラスの大翔は依里をいじめのターゲットにしていたので「友達は友達だけど…みんなの前では話かけないで」と依里に伝えてしまった。
依里は「今度のクラスでも友達できないと思ってた」と話しながら、湊の長くうねった髪をそっと撫でる。
湊は依里に触れられた髪に自身の変化を覚え不安を感じたのだと思います。不安を掻き消すように衝動的に洗面台で髪の毛を切ったのかもしれません。
早織が洗面台で見つけた髪の毛の束は湊の感情の変化を表しているのです。
湊はこの日を境に自身の変化に気付き始める。
秘密基地である鉄道遺地で「おばあちゃん家に引っ越すみたいなんだよね」と話す依里。「お父さんに捨てられるんだ、ウケる」とわざと明るく返す湊に対し「そうかもね」落ち込む様子の依里。
その様子に「違うよ、わざと明るく言ったんだよ。居なくなったら嫌だよ」と思わず依里に駆け寄る。
顔の距離が近くなり、依里が湊の身体を引き寄せる。
湊は自身の身体に変化が起きていることが怖くなったのだと思います。依里の身体を押し退け逃げていく。
図工の時間、いつものように依里をからかう大翔のノリに乗らずにいると「星川くんとラブラブなの〜?」と茶化される。身体の変化に驚いていた湊は大翔の言葉にムキになり依里に掴みかかり取っ組み合いになってしまう。
下校後、秘密基地へ向かう湊。不安そうな表情を浮かべ誰かに連絡をしている。きっと依里だろう。表情が変わり嬉しそうに暗闇の中「怪物だ〜〜れだ」とトンネルの中でライトを振る湊。その先に現れたのは早織だった。
そしてその奥に依里が見えたが歩き去っていく。
帰りの車中、早織に「ごめん、僕お父さんみたいになれないかも」と話しかけたが対向車の音にほぼかき消され早織に「お父さんのように普通に結婚して家庭を持ってほしい」と言われてしまう。
その"普通"が湊にとっては苦痛なのだ。
湊は依里に対して恋愛感情を抱いている。
そして、それを誰かに悟られたくない。秘密にしておきたい。「誰にも言えないから嘘をついてる、幸せじゃないってバレたくないから」と湊は校長に話しています。
湊は湊自身が「怪物」ではないかと恐れていたのだと思います。人と違うから、違うと幸せにはなれないから。と自身を苦しめながら。言えないことは誰にでもある。自分語りになりますが、私もそれは幸せじゃないと他人に判断されたくないから誰にも言えず嘘をついていることがありました。その中での悲しいこと苦しいことは言えば話のネタにされる、不幸話は当人以外にとっては面白いネタになるのです。だから、辛いとか悲しいとか、苦しいとかそういう姿を誰にも見られたくなかった。
「幸せじゃないとバレたくないから」という表現が心の中を透けて見られたようで恥ずかしくでもなんだか嬉しくて涙が止まりませんでした。
湊の隠したい秘密は怪物でもなんでもありません。
彼を怪物にさせるものは、偏見や差別です。
④まとめ
早織も保利も城北小の教員も怪物であり怪物ではないです。
反対に湊や依里のように自分が怪物かもしれない。と恐れているひとたちもいます。
どのひとも、一部の面だけを見ても語ることはできません。良い部分も悪い部分もどちらも持っています。片方だけの人なんて居ないと思っています。見えている部分より見えない部分にこそ知りたいことは隠れています。
私はまわりの人の言葉を簡単に鵜呑みにして仲の良かった人に疑いをかけたことがありました。それが全くの冤罪だと知ったときはひどく後悔した。そしてその行動がまた新たな誤解を生み、私のある発言に対しあなたは〇〇だと決めつけられる。あまりのショックに言葉が出てこない。図星だったらまだ良かった。それと同時に疑いをかけられたときこんな気持ちだったのか。と思い知る。私は決して許されないことをしたのだと思いました。
脚本家の坂元さんは「生活をしていて見えないことがある。自分が被害者だと思うことには敏感だが、加害者だと気付くのは難しい。どうしたらできるか…この10年考えてきた、1つの描き方として、この描き方を選んだ」と『怪物』への思いを語られています。
坂元さんは昔のインタビューで溢れた人たちに向けて作っていると言われていました。わたしのようなはみ出し者の気持ちを変じゃない。大丈夫だ。と聞いてもらってるような感覚になります。そういうのってほんとなかったから、変なものは変なままだし。だけど見つけてくれるだけで嬉しかったんです。今まで何度坂元さんの言葉に救われてきたかわかりません。間違いなく生きる糧になっています。
坂元さんだけでなく、是枝監督の作品も必ず追いかけるようにしていて。是枝監督は子どもの映し方が印象的です。今回、湊役の黒川くんの「身体のどこかの部位に変えて表現してみる。例えばその楽しさは、寒いのにお腹がポカポカしてくるような楽しさ。その寂しさは指先がちょっと痛くなるような寂しさなど。表現方法について監督からお話してもらったというエピソードがとくに好きです。
坂本龍一さんの音楽もぜひ劇場で聴いてほしいです。
音楽と子どもたちの純粋無垢な表情がぴったりハマって複雑な感情がより繊細に伝わってきます。
昨日、観てからずっと感想を誰かに話し続けてるくらい大好きです。迷っている人が居たら勿体ないです。見てほしい。でもこれはネタバレ感想なので観てない方はは読んでないと思いますが、一人でも多くの人がこの作品に出会えますように。と願ってます。