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4.Bメロ ー 翔

撤収完了。また静かな空間に戻った。機材が一切なくなり、空っぽになったステージのように完全燃焼した俺の心も空っぽだ。達成感と空虚感が押し寄せるこの瞬間が、たまらなく好きだ。ホール側にあいさつをして、真人たちのいる打ち上げ会場へと足を向けたときだった。

 「翔。」

 ケイトだった。車の窓を開け、乗れと合図していた。来ていることを真人から聞いていたが、すっかり忘れていた。とはいえ、いまさら話すことなどない。

 「おつかれさま。相変わらず、センスのいいライトだよね。」
「ごめん、急いでるんだけど。用件、何?」
「そうよね、打ち上げあるものね。…誤解なの。翔以外に男なんていない。」
「なら、キスして抱き合ってた相手が友達だとでもいうのかよ。」
「そうじゃなくて、彼にとってはたくさんの女の中のひとりに過ぎないの。要は、遊びなのよ。」
「だとしても、俺以外の男と関係を持ったのは事実だ。」
「だから、謝るって。どうしても断れなかったの。」
「もう遅いよ。」
「あのとき別れようっていったのは、あなたを試しただけよ。」
「俺は決めてたから。…もういいだろう。」
「ちょと待ってよ、翔」 

引き止める手を振り払って、車を降りた。これでいいんだ。彼女の女優人生を考えれば、相手が大物であるほうが彼女のためなのだ。真人に全て終わったと連絡して、速足で打ち上げ会場へ向かった。 

線路沿いを走っていくと、並んで歩いている真人と朱里が見えた。呼吸を整えながらゆっくりと二人のほうへ歩いた。

 「わりい、遅くなった。」
「意外と早かったな。じゃ、あとはよろしくー。朱里ちゃん、気をつけてね。」
「ありがとうございました。」
「電話しろよ、そろそろ場所変えるから。」
「おう、サンキュ。」

 

 

「体、もう大丈夫なのか。」
「もうすっかり。先輩のおかげです。ありがとうございました。」
「いや、俺はなにも。」
「緊張すると、目の前が暗くなってきて耳も聞こえなくなるんです。もう、ずっと、何年もこんな感じで。薬、飲んだから大丈夫だと思っていたのに、やっぱりだめで。こればっかりは治りそうになくて。」
「中学の時からだろう、それ。…もっと正確にいうと、俺が卒業してから。」
「えっ、なんで…。」 

驚いた朱里は歩みを止めた。数歩先でとまった俺は、彼女の顔を見るのが怖くて、進行方向を向いたまま、話続けた。

「高校のとき、真人と付き合ってた子が朱里と同じバレー部のやつだったんだ。3年になってから頻繁に体調崩したり休んだり、いつも一人で静かになっちゃったって聞いて。完全に俺が原因だよな。」
「先輩のせいじゃ…」
「いいや、俺がいけなかったんだ。俺が苦しめたんだ。」
「違う、これは私の問題。周りの空気が読めない自分がいけなかったの。」「お前にグラウンドの階段で話しかけた日があっただろう?実は更衣室から飛び出して行くお前を見て、あとを追ったんだ。」
「えっ。」
「本当に偶然だったんだ。俺と仲が良いってだけで嫌がらせなんて、正直信じられなかったよ。だから余計お前を守ってやりたいって思って、毎日あの階段で待ってた。でもそれがまた噂になって、靴がなくなって。無力さに気づいた。俺がいなくなれば元通りになると思って卒業してからは連絡しなかったんだ。だから何もできなかった俺のせいなんだ。」 

振り返ると、朱里は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。そしてしゃがみこんだ。俺は彼女に歩み寄り、そして腕いっぱい抱きしめた。

「ごめん、本当にごめん。今さらだけど、でもきちんと謝りたかったんだ。
大丈夫だ。もうどこへもいかない。俺がついてる、側にいるから。遅くなってごめん。朱里、もうひとりにしない。」 

朱里は声をあげながら泣いた。俺の胸に体を預け、そして上着をギュットにぎりしめながら、しばらく泣いていた。少し落ち着き始めたところでタクシーに乗せ、部屋まで送った。ただの自己満足である告白に後悔はない。朱里は二度と顔を合わせなくなるかもしれないという不安がよぎった。それも一つの恋の終わりなのだろう。玄関を出てアパートの階段を降りながら真人に電話した。

 

「今度は意外と遅かったな。」

合流して早々、真人に食いつかれた。

「家まで送ってきた。」
「なるほどね。で、ちゃんとケリつけられたのか。」
「謝った。」

シガーを取り出して火をつけ、ひと息ついた。

「それだけ?」
「ああ。」
「マジでそれだけか?」
「…外、出ないか。」 

雰囲気に乗れず息苦しさを感じ、真人を外に連れ出した。

「本当に謝っただけか。」
「知ってて黙ってたこと、全部話したんだけど、泣かれた。」
「予想の範疇だろ、それは。」
「さすがにはっきりは言えなかった。」
「朱里ちゃんはともかく、もうひとりのほうはどうなんだよ。」
「終わらせた。どう考えても、それが最善だろう。」
「よくやった。これで俺もケイトさんの誘いは断れる。」
「お前がけりつけろって言っただろうが。」
「でも朱里ちゃんに関しては…。お前さ、愛情と責任感、取り違えてないよな。」
「はぁ?訳わかんね。全然違うものを並べてどうすんだよ。」
「なら、いいんだけど。」

 

あの時、彼女を守れなかったことには後悔している。でも違う。責任ではなく、彼女を想っている。だから昔のように笑っていてほしいし傍にいたい、それだけだ。


ーーーつづくーーー



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