書くとき語彙力より大切なこと
文章教室をやっていると「私は語彙力がないから書けません」という方と出会います。
難しい熟語をたくさん知っている人こそ上手い文章を書ける、と思っている方は多いみたいです。
しかし実際には、読む人の心を打つ文章力と語彙力はあまり関係ないです。
有名な芥川龍之介の『蜘蛛の糸』、私はあの物語を読んだのは小学校4年生くらいだったと記憶してますが、何も難しい言葉が使われておらず、とても読みやすかったのを覚えています。
あえて文章を書くために必要なストックは何かと答えるなら、例え話やエピソードの量の多さではないかと思います。
例えば「自分を大切にすることが大事」という主張を書きたいとき。
使えるエピソードとしては
「飛行機事故では、まず酸素マスクを子どもではなく親御さんがつけるようにと言われています。これは親御さんが自分のマスクをつけないと、共倒れになってしまう危険があるからです」
などと、読者がピンとくるような話を持ってくることで自分の主張を自然と強くすることができます。
この自然とというのがポイントで、少しでも押し付けがましい感じがで描いてしまうと、読者はそこで読むのをやめてしまいます。読者は書き手が思うよりずっと繊細で時間がない方たちです。むしろ最後まで読了してくれたら奇跡くらいの感覚が良いでしょう。
エッセイを書くときも、例え話はよく使われます。
例えば冬の夜の海のことを「どす黒い冬の闇を、飲み込めるだけ飲み込んだような夜の海」と例えられた方がいました。こうした名文はいきなり出てくるものではありません。日頃どれだけ自分に響いた言葉をメモしているか、例えのストック量の差も大きいでしょう。
ストックとは「情報の質的・量的な蓄積」のことを指します。
釣りの世界でいえば潮流や地形への理解、魚の習性、餌や使う道具の知識、具体的な釣り方のコツなど。
経験に基づく気づきの集大成が、次の挑戦につながっていきます。
たまに「そんなに苦労しなきゃいけないなら文章は書きたくない」という方もいらっしゃいますが、誰にでも好きで好きでたまらないことや、仕事などで日常的に扱っていることの一つや二つは、誰にでもあると思います。それを書く。
便利グッズの発明者で圧倒的に多いのが、主婦(夫)の方です。解決すべき暮らしのニーズを他の誰よりも早く的確に見つけることができるのは、その世界の第一線で日々生きているから。
誰もが何かしらに接して生きています。「私には書くことがありません」という人にも、何時間も語れることはあるはずです。それを書けばいい。
文章に必要なのは語彙力ではなく、例え話やエピソードのストック。もっと言えば「これを伝えたい」という情熱こそが、書く起点になるのかもしれません。