偶因狂疾成殊類
“彼は怏々として楽しまず、狂悖の性は愈々抑え難くなった”
厭くことなく三文じみた日常を生きる工夫に、たとえばセックスがある。相変わらずの乱交狼藉ぶりに周囲の人間は引き気味なんだけど、自己肯定のリソースを他者に依存している人間にとって、こうした食餌は避けられない。結果、悪趣味なお遊びもエスカレートしがちになる。
その日、ドンキホーテで購入したるは金五千円也のリモコンバイブだった。嫌がるMに無理矢理金を渡してレジに並ばせた。細かい仕事にも手抜かりがない。開港150thの障害者用トイレにて装着してやることにした。作動半径は20mとのこと。粗悪な造りのためか電池の収まりがよろしくない。それはMade in China。
どうせ横浜市民の血税で贖われた障害者用トイレは無駄に広かった。下だけ脱がされたMがすみで所在なさそうにしている。不安そうな目だ。小さいバイブレータは、スイッチを入れてみると当たり前のように動き出した。挿入するタイプではなく、クリトリスに刺激を与えるものらしい。性具らしいピンクのシリコンはいかにも安物といった風情。
「これを付けるんですか…?」
「そうだ。早くしろ」
連れだって個室から出るときに訝しむような目を向けられた。なんか文句あるのかババア。さっそくスイッチを入れてみると強すぎたらしい。重力より早くMの腰が落ちる。
「あーごめんごめん。少し強すぎたかい?笑」
※↑マスオさんみたいな優しげな声色で
ババアは気分を悪くしたカップルだと思ったらしい。余計な親切でなにごとかと話しかけてくる。
「大丈夫ですよ。ちょっと気分が悪い(バイブを付けている)だけですから笑」ポチッと
ところでM。奇しくも表記までもMなんだけど要するにMである。宝塚じみた整った顔はどこか冷たそうな印象を抱かせないでもないけれど、エロスイッチが入ると途端に従順になる愛すべきsneg(それなんてエロゲ?)キャラクターなのだった。
恋人らしく親密に歩きながら、たまにスイッチを入れて愉しんだ。左腕を掴む力が時折強くなり、バイブが正しく作動していることが分かる。山下公園まで歩いたところで、スイッチを切らないで欲しいと懇願された。どうやらなにかを掌握したらしい。たこ焼きを食いながらバイブレータに巧みな強弱を付ける俺。休日の山下公園は空も青く、家族連れやカップルが芝生で寛いでいる。一方で、いよいよ呼吸も荒いM。不条理な青空だ。
ふと、どこか醒めている自分に気付く。
傍らに声を殺してしがみつくMを差し置き、『ああ、俺はもう、生きること自体に厭いているんだな』と、どうしようもなく唐突な気付きに立ち至った。
ついに達したのか、ぐったりした様子のM。陽気に包まれて昼寝をする様子にも見える。さっきから走り回っていたガキが横で転んだ。3歳児くらいか。あわてて、しかし笑顔でガキに駆け寄る母親。父親らしき男の笑い声が重なった。
なんというか、この世界は平和だろうと思う。
新型インフルエンザが猖獗を極めようと、遠く異国でむごい独裁が行われていようと、俺が知る小さな世界はどうせいつまでも平和だ。そしてこのクソったれの平和な世界で、俺だけがじわじわと膿んでいる。
なぜか─?
それは神さまがXXXXXX、XXXXからだ。
長く芝生に座っていたせいか少しケツが湿る。なるほど家族連れはビニールシートを用意していた。場所を変えるため、眠っているMをゆり起こす。そう言えばMの尻も少し濡れている・・・にしては濡れ方が尋常ではない。
やれやれ・・・。
小便失禁である。
==================
後半へ続く