ハーレーと物理の話
はんぶん酔いながら書いているから適当に読み飛ばしてくれ。
ひとことで書くとクマハチこと883アイアンをボアアップしたくなってきた、という話なんだ。ボアアップというのは、エンジンの排気量を上げるための加工や工作のことをいう。もちろん鋼鉄のシリンダーを素人がボーリング加工するわけにはいかないからプロに頼むことになる。簡単にいうと、それなりに金がかかるわけだ。道楽だよね。
いや、すこぶる調子がいいんだよ883アイアンは。小型のブルドーザーに乗っているような愉しさがある。先日は車体の右側についているエアクリーナーをわざわざメカメカしいスーパーチャージャー風のものに換えたりもした。アクセルの開閉によって吸気バルブが可動する仕組みだ。写真を探すのがダルいのでそのまま言葉で説明してしまうと、映画「ワイルドスピード」に出てくるような、エンジンがボンネットから飛び出した感じの車についているアレだ。もうすこし頑張ればミサイルくらい出せそうな存在感がある。
その飛び出した部分を過給機というんだけど、その過給機風のエアクリーナーがクマハチのエンジンにも取り付けられたわけだ。これが4万円くらいする。ほんとうに大満足の馬鹿野郎だと思った。歯磨き粉みたいな社名の海外メーカ製だったことは覚えている。
とはいえこの“エセ過給機風”なんだけど、正面の開閉バルブとは別に大きなエアスクープ(空気の通り道)も下側にあり、実際のところバルブが動かなくてもエンジンへの吸気にさほど影響はないと見える。ほとんどは見えない下側から吸気しているからだ。
要するにアクセルに連動してバルブが動く、それだけの機構である。雰囲気バイクと陰口を叩かれがちなハーレーにいかにもふさわしいギミックなんだけど、ダミーのバルブが動くほどの負圧はある──と、883ccの排気量に納得することもできる。
ところで、エアクリーナーを換えて何か変わったのか?
実は走行性能に関してはほとんど変わっていない。
一応“ハイフロー”フィルターなので吸気は微増しているはずだから、燃調が薄めになってエンジンが熱くなるカモよ、、、みたいな説明はある。では店で燃調までするかというと、ふつうはしない。誤差の範囲だからだ。その修正に数万を惜しまない猛者がいるのがハーレー沼なんだけど、ほとんどはマフラーを換えるときまで燃調は待つ。
ところで、さっきから燃調燃調と繰り返しているんだけど、さきに燃調のおともだちからご紹介すべきだった。燃調というのはご想像のとおり燃料調整のことで、現代のほとんどのバイクはガソリン噴射を電子制御している都合上、マフラーやエアクリーナーなど吸排気デバイスを交換するたびにバイクとパソコンをつないで再調整する必要があるんだ。ガソリンと空気には燃焼に最適な配合(理想空燃比)があるため、空燃比に影響を及ぼすカスタムはソフトウェア側にも調整を加えなければエンジンが失調するんだね。
もちろんこのメモリさえ自前でハックする強者もいるんだけど、ふつうはガスマスクを着用したプロのエンジニアがガレージ内でモニタの数値を睨みながらやる。というのも、ただの金属管のように見えてマフラーも選びもいろいろと複雑だからだ。音の問題だけではなく、排気抵抗に応じたガソリン濃度を再マッピング(=燃調)してやる必要がある。これをしないと回転数によって急にトルクが落ちたり、運転には面倒なバイクになる。まあ、変なところにトルクの山や谷があるバイクも面白いんだけどさ。
もっとも、世のハーレーおじさんたちがマフラー交換に手を染める動機の大半は動力性能云々だけではなく、たかが屁の音にもこだわる生粋のマニアたちだからだ。基本的にマフラーは直管に近づけば近づくほど排気抵抗が下がり、つまり音が大きくなる。その代わり馬力も出る。馬力とはエンジンが生み出すエネルギー量みたいなもので、このエネルギー量はほとんど騒音と比例している。これが「とにかく大きい音をだすほうが速い/強い」という生理感覚と一致するんだろうね。
厳密にいうとある程度の排気抵抗(サイレンサー)がないと低速のトルクが弱くなることも知られているんだけど、排気抵抗(サイレンサー)が少ない方が燃焼効率が向上するのは事実で、趣味に走ったバイクにはマフラーの爆音を尊ぶ信仰がいまだに残存している──ということもあり、わりと静かなカワサキに乗っていた俺にとってマフラー選びは少々悩ましい問題なのだった。もともとカワサキのバルカンSかW800を検討していたし、いわゆる「ハーレーらしい音」というのは求めていなかったんだよね。
とはいえ、クマハチのパワーを上げるためにはある程度“抜けのいい”マフラーに換装する必要はある。かといってクマハチがパワー不足かというと決してそうではなく、伊豆半島のアップダウンを豪快にのぼるトルクには独特の愉しさがあった。試したことはないけれど、最高速度も160km/hには届くらしい。ではなにが足りないかというと、「低速時のトルク」ということになる。
3000kmほど乗ると883アイアンはきわめて安全なバイクだと気がつく。250kgを超える車体の安定はさすがで、その質量を駆動するトルクも強力で、けれどもエンジンを常に回すような高回転向きではなく、どこかジジイ向けの三輪車みたいな長閑さにいい味わいがある。できるだけ低回転で、ダラダラ走りたい。
現状のクマハチは「4速なら1500回転はほしいよ…」と訴えてくる子熊めいた愛らしさがあるんだけど、吸排気のカスタムによってパワーが上がれば鷹揚な1500回転あたりで道を選ばずダラダラ走ることができそうな気はする。できるだけ低回転で走りたいのは、空冷エンジンはとくに低回転時の音が味わい深いからだ。そのために「低速時のトルク」が要るという理屈である。
実際、マフラーを交換するときに燃調をいじるひとはだいたいアイドリングも標準の1000回転から800回転程度に落としている。まえに乗っていたクマ鉄ことエリミネーター250SEは原始的なキャブレーター式のバイクで、アイドリングの回転数は手動で調整できた。というか、そうしないと交差点のたびにエンストするシビアなバイクだった。電子制御のクマハチにそういう手間はないんだけど、パワーと排気音をどこでバランスさせるかにはまだ答えが出ていない。
・・・・
結局選んだのはモーターステージの真鍮管だった。
すこし難しい話になるけど我慢して聞いてくれ。金属というか比重を持つ万物には固有の音響特性がある。わかりやすく言うと材質によって音色が変わるという話だ。マフラーの材質はステンレスにスチール、チタン、アルミ、様々なんだけど、そのなかには真鍮もあって、真鍮は銅と亜鉛の合金だったか、とにかく管楽器に使われている金属なんだ。そのせいか爆音で知られる他ブランドに比べるとマイルドな低音を聴かせる音色なのだった。
正直に白状すると、最初に気になったのはコブラの2イン1に分類されるレース用のマフラーだった。うるさいバイクは嫌いな俺である。ところが883ccを1200cc弱にボアアップしたコブラの爆音には圧倒されてしまったのだった。あれは狂気の音楽だった。極低音域の金属的な低音と、クラブサウンドのベースラインめいた低いノイズが、ハーレー特有の不等間爆発で独特のリズムラインを作っていた。しかし現実的な音量でないことはすぐにわかる。ほとんど直管である。調べたところ音圧を減じるバッフルも生産がないという。そうなるとボアアップとコブラの選択肢は見送りとなる。
というのも、さすがに車検のたびに店に出してマフラーを換えるのはダルいからだ。選択肢はスリップオンに絞られた。「スリップオン」というのはマフラーの先にあるサイレンサーだけを換装するやつだ。対する「フルエキ」はエンジンの根元から挿し換えるため少し手間がかかる。
ちなみに公然とまかりとおっている車バイク業界の闇を白状すると、マフラーなどの排気管を改造している車やバイクは、車検のたびにマフラーを交換することで車検をくぐり抜けている。これを「校則みたいですね!」といった女の子がいて、これにはうまいことを言うなと感心してしまったんだけど、厳密には「整備不良」に該当する違反である。
話が逸れた。ここからは固有名詞が続くからそこの部分は聞き流してくれ。まずバンスやクロームワークス、コブラ、この手の爆音管は除外である。車検規制の94dbに対して120db近い数値を出す。これがどのくらいの音圧かというと、エンジン始動で地面が轟くほどであり、半径10mの迷惑そうな視線を集めることはまず間違いない。回すとさらに天地を衝く咆哮となる。
しかしまあ、爆音管でもバッフルで減音することはできる。実際モーターステージの真鍮管も車検対応のバッフルから爆音まで幅広い取り揃えがある。そうなるとあとは音質の話に行き着くしかない。このあたりのマフラーの音質を語る語彙はとにかく豊富で、パルス音とか破裂音とか、「歯切れのいい音」とか「こもった音」とか、ふつうのひとにはほんとうにどうでもいい話で、正直俺にもよくわからない。
そこで行ってみた。
横浜のはずれにあるカスタムショップだ。
※イメージ
「おたくのところのボアアップ動画をみて感動してしまった、とはいえ現実的な音量ではないからバッフルをかますことはできないか?」という相談である。無理だと即答された。ならばボアアップは見送って真鍮管である。話は早かった。ところが問題が生じる。先日とりつけたばかりのエセ過給機風のエアクリーナーだと不都合なのだという。バルブの可動がエンジンの吸気にノイズを生じるためトラブルの報告が多い、とのことだった。せっかく取り付けたのにこれだ。エアクリーナーはノーマルに再換装して、なかのフィルターだけをハイフロータイプに交換することにした。ついでにイグニッションコイルの移設も検討したんだけど、タンクのリフトアップが不可避とのことで、これもボバー風のドラッガーをイメージしているクマハチとしては見送りとなった。
明細(なくした)としてはだいたいこうなる
・エアクリ交換 5万
・マフラー交換 10万
・謎のボルト交換 2万
・燃調 10万
懲りずにまた馬鹿みたいな買い物をした帰り、首都高を飛ばしていると微妙にクマハチの吹け上がりが良いことに気がついた。微妙にトルクも上がっている気がする。具体的にいうと、以前なら1800回転はないと使いものにならなかった5速が1600回転でもふつうに回せている感じだ。微差である。しかし体感としては分かる。来月には取り外されることがきまった“エセ過給機風”もそこそこ仕事をしていたんだな、という地味な納得があった。エアクリを換えただけで差を体感できるのであれば、マフラーを換えて燃調も入れたらまあまあ変わりそうな期待はできる。というのも、そもそもハーレーは国内規制に対応するためエンジンをデチューンする方向で出荷調整されているからだ。実をいうと燃調だけでも結構変わるらしい。
かといって、ノーマル仕様のクマハチが悪いかというとそうでもない。「低速のトルク」で知られているハーレーではあり、シフト操作であまり横着ができない日本向けの規制も味わいとして許容できなくもない。このあたりの機微については883アイアンのレビューがある。納車から1000kmくらい走らせたインプレッションだった気がする。
【満足しているところ】
ほんとうはカワサキのバルカンSを買うはずだったのに、気がついたらろくに試乗もせずにアイアンを買っていた。
満足している点を挙げるのは難しいんだけど、強いていうなら“佇まい”ということになると思う。
「とりあえずトルクの太い空冷Vツインだけ積んでおいたので、あとは自分でなんとかしてください」と言わんばかりの鷹揚さがある。原始的な工作機械を思わせる乗り味もいい。どのギアにも個性がある。
ハーレーという殿様ブランドにはそれほど興味はなかったんだけど、バイクではなく“ハーレーという乗り物”に乗っている独特の身体感覚は、結局のところ「乗ればわかる」としか説明のしようがない。
【不満なところ】
逆に不満な点をあげればきりがない。
重い、遅い、曲がらない、止まらない。これは本当だ。
とくに重さ。ある程度の体重がないと取り回しには苦労するはず。
遅さについては「飛ばす気にならない」というのが正確なところ。
排気量なりのトルクはあるし回せば速いんだけど、まえに乗っていた250ccのほうが加速は機敏だった。
あとはサスかな。相当固めに調整しておかないとなんでもない段差で思わぬ突き上げをくらう。タンデムで乗ることが多いひとはサスを替えたほうがいいかも。
【購入を検討しているひとへ】
試乗して感じるものがあったらノリと勢いで買ってしまえばいい。不満な点はきりがないんだけど、金さえ積めばどうにでもなる。というか、それがハーレーというビジネスモデルなんだろうね。よく言われるとおり、金持ちのジジイ向けのバイクだ。
883アイアンは“ハーレー界のレブル250”みたいな立ち位置だけど、これ見よがしにハーレーではないし、ハーレーのブランドに興味がなければ日常的に使うバイクとしてはこのくらいがちょうどいいところかも。
以上である。「金持ちのジジイ向けのバイクだ」と断じているあたりが率直で気に入っているんだけど、実際ハーレーのカスタムにはまあまあ金がかかることが分かってきた。どうでもいい外装パーツさえ数万円で、その最たるものがダービーカバーの類だ。ダービーカバーというのはハーレーのエンジンの下、クランケースに貼り付いている円盤で、わりとデザイン上のアクセントにもなっているんだけど、もともとは整備用の蓋だったダービーカバーをカスタムするのがハーレーおじさんのなかでは流行っているんだ。性能に影響はないので有料のアバターパーツみたいな感じだ。ダービーカバーのほかタイマーカバーやらアスクルカバーやら、ハーレーにはミニ四駆みたいな改造パーツが分厚いカタログが積み上がるほどあるんだけど、どれも数万円からのものがほとんどで、まさにこれがハーレーというビジネスモデルの妙味なんだけど、どうせ無駄遣いならワンオフのオリジナルパーツが欲しいところ。
とはいえ、もともと性分が雑な俺は先日ダービーカバーの塗装に失敗したばかりで、マスキングした「朧」を白抜き塗装しようとしたら塗料が定着せず、ダービーカバーにはデザインナイフの淡い疵だけを残して終わった。これはこれで味があるとしても、自分で作ったデザインをダービーカバーに加工してくれる業者がないか調べた。ふつうにあった。そこで作ってみた。
調子に乗ってクマハチのロゴまで作ってしまった。
パワポで10分で作ったわりには可愛い。
実は相互フォロワの豪さんにもプロの技でロゴを作ってもらったんだけど、ちょっとケンカが強そうな感じのサングラスのクマで、イメージとしては子熊だったクマハチなので、サングラスのクマはクマハチのTシャツの柄として活かそうかな、とか考え込んでいた。
ちなみに即席のキャラ設定まである。
兄貴分のサングラスのクマ(1200cc)に憧れるクマハチ(883cc)が、あこがれのキャラのTシャツを着てカスタム道に精進している、という絵だ。とはいえ、これをそのままデザインに反映すると情報量が多くなり、むずかしい。
ちなみに、ボルトオンキットで883を1275ccまでボアアップすると50万程度するらしい。これもまたむずかしい話だ。とはいえ、上位モデルの1200ccを上回る排気量は大いに馬鹿馬鹿しくも小気味よくはあり、実際クソ速いらしい。いつかやりそうな気はしている。
ロゴといえばもうひとつある。まえにバイクで左肩を粉砕骨折したときにヒマな入院病棟でつくったものだ。
当初は怪我の記念にタトゥーで彫ろうかと思っていた。バイクに乗っていてすこし助かるのは、カスタムで満足しておけばタトゥーを増やさずに済むことかもしれない。怪我は増えるとしても、だ。
次回は上記デザインのデカール貼りの話になると思う。