自然農法物語 鈴木一正・渡辺明子
自分で種をまいて育てたお米や野菜は、きっと世界一の味がすることでしょう。
手をかけ、愛情をかけて育てるのですから当然ですよね。
―鈴木一正・渡辺明子
ファーム・ハーモニアへようこそ!
梅雨空の合間に、ときおり入道雲が顔をのぞかせる7月中旬、草花が朝露に濡れる畑に向かうファーム・ハーモニアのかずまさとあきこ。
まだ、湿り気を帯びている高原のひんやりした空気を胸いっぱいに吸いこんで、畑との対話をはじめます。
今日は、梅雨明け前の貴重な晴れ間。絶好の種採り日和です。
このタイミングで、大根やそら豆、絹さやえんどう、グリーンピース、わさび菜、小松菜など、春に花を咲かせた野菜たちの種を収穫するのです。
種は《いのち》
私たちは、自らを〈 種男(たねお)、種子(たねこ) 〉と呼ぶほどの種マニアです。種が大好き!
育てている野菜たちのなかで、特に生命力を感じる野菜、美しさを感じる野菜、ほれぼれする野菜…そういった野菜たちを見つけると、収穫して食べたり、出荷するよりも「種にしよう」と言ってしまうのです。〈 種採りは私たちの本能 〉と言ってもいいでしょう。
なぜ、わざわざ種を採るの? 買ってくればいいじゃない? そんな疑問がわくかもしれません。
今は、多くの農家が種を購入していますが、ひと昔前までは、みんな当たり前のように種採りをしていたんですよ。庭先で自家用の野菜を作っていた人たちも、ごく普通に種を採っていた。今は、種採りをしている人は、どのくらいいるのでしょうね。富士宮市の有機農家だと、種採りをしてい
るのは全体の1割ぐらいでしょうか。
種は本来、誰にとっても身近な存在のはずなのです。
日本人の主食のお米、これは稲の種です。 パンやうどん、これは小麦の種。お蕎麦はソバの種、お味噌は大豆と稲や大麦の種、醤油は、大豆と小麦の種。
種ばっかりでしょう?
だけど、知らない間に、種との距離ができてしまったのです。
これは、種を〈 いのち 〉としていただくことから、ただの食物や栄養素として摂取することに変わってしまった、とも言えるのではないでしょうか。
種をいのちとして捉えることができたら、野菜の捉え方が変わるかもしれません。そして、食べ物の見方も、ちょっと変わるかもしれません。
在来種・固定種・交配種
さて、種採りの次は、種まきです。今日は、お味噌作りのための大豆をまきます。種はもちろん自家採種したもの。
自家採種した種は、年々この地になじんでくるので、どんどんパワフルになるのです。
これも、種を採りつづける理由のひとつです。
ハーモニアでは、種採りができる、在来種や固定種と呼ばれる品種を栽培していますが、多くの農家では、F1と呼ばれる交配種の種をまきます。交配種は、種採りに向かないのです。種を作る機能が除去されている場合は、まったく種はできません。また、そうでない場合でも、その採った種をまくと、親の世代とは全然違う形態になってしまうのです。
なぜ、そういう種が圧倒的なスピードで市場を席巻したのでしょうか? 交配をすることによって、望むような野菜を作りだすことができるし、同じサイズの野菜が採れたり、全部がいっせいに育つという特性をメリットと捉えた人たちが多かった、ということ。大量に作って大量に出荷するの
に都合がよかったのです。
一方、種をいのちとして捉えたときにはどうでしょう。
いのちを感じ、いのちをつなぐ
F1は、いのちのリレーができない種、という見方になります。生き物が、全員同じスピードで育って、同じ背丈になるってどういうことでしょう?
私たちは、いっせいに芽を出さなくても、同じように育たなくても、「それが自然だものね」と思っています。F1で大量に作られる野菜は、なんとなく同じ規格の工業製品のように感じるので、それよりも〈 個の多様性 〉のある野菜を大切にしたいのです。
ハーモニアでは、耕さない不耕起という珍しいやり方で野菜を育てています。
種をまくときには、種をまくエリアの草を刈って、部分的に土を露出させてから行います。露出させた土には、たくさんの生き物が生息しています。目に見える虫たちから、目に見えない微生物まで。
土壌1gには、なんと数十億もの微生物がいるんですって! その種類は、数百万種類に及ぶそうです。たった1gにですよ! もう、それだけで小宇宙です。
耕さない畑で、手作業で種をまくという行為は、〈 効率 〉〈 量産 〉という観点からすると、とても非効率で考えられないことでしょう。けれども私たちは、〈 あえて手作業 〉を選択しているのです。時間をかけること、人の手でやること、それにより畑や自然との一体感が増していきます。
たくさんのいのちに囲まれた場所で、いのちたちが織りなすハーモニーを感じながら作業ができること自体が、とても喜ばしいことに思えます。人間と土とは、きりはなすことができない身土不二であること。人間も自然の一部であることを全身で感じるのです。
農場は、野菜の生産のための場所から、いのちを感じて、つながる場所へとシフトしはじめています。耕さない畑で起こりつづけている、いのちの営みを見たり感じたり、自分も自然の一部となって、種まきや収穫をしてもらうような体験プログラムも行っています。
大地とつながろうよ
野菜の声をきいてみようよ
いのちの種をまこうよ
自分で種をまいて育てたお米や野菜は、きっと世界一の味がすることでしょう。
手をかけ、愛情をかけて育てるのですから当然ですよね。
庭のある人は庭に、ない人はプランターに、一粒の種をまくところからはじめてみましょう。豊かな自然に囲まれた広い畑で体感してみたい方は、ハーモニアにお越しくださいね。
ハートが震える体験をしてみませんか。
Farm Harmonia(ファーム・ハーモニア)
富士山のふもと、静岡県富士宮市の標高600m にある小さな農場。脱サラをして東京から移住した、かずまさとあきこが営む。
耕さず農薬も肥料も使わずに野菜と米を育てている。
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